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「人権」が財務リスクに サプライチェーン見直し急務

Earth新潮流 日経ESG編集部 藤田香

NIKKEI BUSINESS DAILY 日経産業新聞日経産業新聞 Earth新潮流

ロシアのウクライナ侵攻、ミャンマーのクーデター、中国新疆ウイグル自治区での強制労働など、企業が人権リスクへの対応で事業や原材料調達を継続するか否かを迫られる例が相次いでいる。

英石油大手シェルはロシアのウクライナ侵攻が始まった2月下旬、石油・天然ガス開発事業「サハリン2」からの撤退をいち早く表明した。ベン・ファン・ブールデン最高経営責任者(CEO)は人命を奪う侵攻を強く非難。そこには人権侵害を行う国に利益を供与する事業には参加できないという思いがにじみ出ていた。

同社はロシアの事業で約30億ドルの非流動資産(2021年末時点)を保有していたが、撤退により減損損失が発生すると発表した。

キリンはミャンマー撤退

22年2月にはキリンホールディングスがミャンマー市場からの撤退を発表した。合弁相手と関係の深い国軍がクーデターを起こし、住民弾圧を行っていることに対し、磯崎功典社長は「当社のビジネス規範や人権方針に根底から反する」と抗議して合弁解消と撤退を決めた。キリンは21年12月期におけるミャンマー事業の減損466億円を計上した。22年6月までに株式の売却を目指しているが、買い手がつくかは不透明だ。

シェルもキリンの例も、ひとたび人権問題が起きれば有望な事業も経済価値を失い「座礁資産」となることを示している。人権問題が財務リスクになる時代がやって来た。

かつて人権問題は、非政府組織(NGO)からネガティブキャンペーンを受けるという評判リスクが中心だった。11年に国連で「ビジネスと人権に関する指導原則」が採択されると、企業に人権尊重の責任があることが明記された。企業には人権リスクを評価して軽減する「人権デューデリジェンス」の実施が求められるようになり、ESG投資家も人権配慮を企業の格付けに組み込むようになった。

米国と欧州が規制

そして、ここにきて表面化してきたのが規制や制裁のリスクだ。禁輸措置や経済制裁が発動され、企業に財務リスクが生じるようになった。「人権が目に見えるビジネスリスクになった。多くの企業が気候変動問題に次ぐサステナビリティの重要課題だと認識するようになった」とLRQAサステナビリティ代表取締役の冨田秀実氏は指摘する。

企業には米国と欧州の規制がのしかかる。米国は強制労働で生産された商品の輸入を禁止する改正関税法を施行し、21年末時点で綿やシリカ関係製品など912件に保留命令を出している。22年6月には新疆から調達された全製品の輸入を原則禁止する新しい法律を施行する予定だ。「日本企業もサプライチェーンを通じて強制労働がないか確認が求められる。保留措置を受ければ、解除のためにサプライチェーンを遡って詳細な資料の提出が求められる。注意が必要だ」と弁護士の高橋大祐氏は警告する。

欧州も規制を強化している。各国が企業にサプライチェーン上の人権デューデリの報告を求める「現代奴隷法」を次々制定・施行している。

22年2月には欧州委員会が人権・環境デューデリを企業に義務付ける新たな指令案を発表した。バリューチェーンに関わる企業に人権デューデリを義務付けるもので、EUで事業を行う日本企業はもちろん、バリューチェーンで関係する日本企業にも影響が及びそうだ。

こうしたなか、日本の産業界も対応を迫られている。人権デューデリがまだ手付かずな企業に向けて、経団連は21年12月、「人権を尊重する経営のためのハンドブック」という人権デューデリの指南書を発行した。

国も人権問題は経済安全保障に直結すると認識し、21年11月、経済産業省に「ビジネス・人権政策調整室」を設置した。今夏には人権デューデリに関する政府のガイドラインを策定する予定だ。

サプライヤー情報を管理

個々の企業も人権対策を強化している。ファーストリテイリングは、19年から人権デューデリを実施しているが、最近トレーサビリティの強化に乗り出した。生産部とサステナビリティ部で100人規模のチームを結成し、農業や牧畜のトレース(産地追跡)プロジェクトを始めた。ウール、綿、カシミヤ、ポリエステルなどの原材料がどこで調達され、糸にされ、縫製されたかという追跡情報や監査の情報を管理する。

きっかけとなったのは21年、ユニクロの綿製シャツが米国で保留措置を受け輸入を差し止められた一件だ。実際は新疆綿を使っていなかったが、証明が不十分だとされ、保留措置が覆らなかった。

「トレースだけでなく、そのトレースが適切か第三者に監査・証明してもらう仕組みを導入する。そこまでやらないと市場が受け入れてくれない」とグループ執行役員の新田幸弘氏は強調する。

花王は膨大なサプライヤーの人権情報を管理するため、サプライヤー情報を管理する国際的な共同プラットフォーム「Sedex」を活用している。Sedexは労働、安全衛生、企業倫理、環境に関する質問から成り、サプライヤーがオンラインで回答するとバイヤー企業が確認できる仕組みだ。

花王の42の工場と57のグループ会社に加え、グローバルの取引金額ベースで83%のサプライヤーが、Sedexか花王独自の質問書に回答している。

広くサプライヤーを管理する一方で、洗剤の原料であるパーム油については人権リスクが高いとして、農園まで遡って深掘りした人権対策を行っている。パーム農園には小規模農家が多く、児童労働リスクが高い上、大農園の下請けとして不当な労働を要求される例もある。

花王は25年までに小規模農家までのトレーサビリティ確認完了を目標に掲げる。21~30年にインドネシアの約5000の小規模農家に認証取得や生産性向上を支援し、貧困問題や人権問題の解決を目指している。小規模農家がスマートフォンを活用して人権侵害を訴える苦情処理の仕組みも今夏以降導入する予定だ。

人権問題が企業の財務リスクとして顕在化し始めた今、サプライチェーンを再点検する作業が急務になっている。

[日経産業新聞2022年4月15日付]

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