イギリスで恐竜の新種 全長8m「地獄のサギ」の素顔は

美しい風景が広がる英国南部ワイト島の沿岸部。1億2500万年以上前、ここは川と氾濫原に囲まれたサバンナのような谷間で、新たに発見された2種の大型恐竜の生息地としてふさわしい場所だった。
この島で発見された化石がスピノサウルス科の2つの新種であることが、2021年9月29日付の学術誌「Scientific Reports」に発表された。スピノサウルス科は、ワニのような顔で知られる大型の肉食恐竜のグループだ。いずれも、頭から尾までの長さが約8メートル、腰の高さが約2メートルもあった。
科学者たちは彼らにふさわしい名前を付けた。「Ceratosuchops inferodios(ケラトスコプス・インフェロディオス)」は、「角のあるワニ顔をした地獄のサギ」という意味。スピノサウルスは現在のサギのような川岸の捕食者だったという説にヒントを得ている。「Riparovenator milnerae(リパロヴェナトル・ミルネラエ)」は、英国のスピノサウルス専門家アンジェラ・ミルナー氏にちなんだもので、「ミルナーの川岸ハンター」という意味だ。
両種の化石は断片的ではあるが、解明が進んでいないスピノサウルス科に多様性をもたらす点で重要だ。
グループ内での位置づけがわかれば、スピノサウルス科の進化の起源を解明することにもつながるだろう。それは、アフリカ北部のスピノサウルスたちを研究する古生物学者の助けにもなるだろう。
論文の筆頭著者である英サウサンプトン大学博士課程のクリス・バーカー氏は、肉食恐竜に魅せられた人生を送ってきた。今回の研究はその集大成と言える。幼い頃、ロンドンの自然史博物館をしばしば訪れ、バリオニクスの化石を見つめていたという。スピノサウルス科のなかでも、今回発見された恐竜に近い恐竜だ。
「子供の頃に憧れていたものを研究できるなんて、本当に恵まれていると思います」と同氏は言う。
今回の発見は、見つかっていないものがまだ多いことも意味している。ケラトスコプスとリパロヴェナトルが見つかった地層、ウェセックス層は、1800年代から古生物学者が調査を行ってきた場所なのだ。
「古代恐竜の多様性に関する我々の知識は、多くの意味で初期段階です」と話すのは、米メリーランド大学の古生物学者であるトム・ホルツ氏。今回の研究には参加していないが、スピノサウルスの専門家だ。「研究が進んでいると思われている地層についても、まだまだなのです!」
明らかになってきたスピノサウルス科の実像
スピノサウルス類の化石は100年以上前から知られていたが、その実像が明らかになるまでには長い歳月を要した。スピノサウルスの最初の化石は第2次世界大戦で破壊されるなど、化石が希少で、断片的なものが多かったからだ。
1986年、英国の古生物学者であるアラン・チャリグ氏とアンジェラ・ミルナー氏がイングランド南東部で、約1億2900万年前から1億2500万年前に生息していたスピノサウルスの仲間をほぼ完全な形で発見したと発表した。バリオニクスと名付けられたこの化石のおかげで、スピノサウルスの仲間がワニのような顔をもち、大きな爪や細長い首をもっていたことが明らかになった。
現在では、スペインやブラジル、タイ、モロッコ、ニジェール、オーストラリアなどでもスピノサウルス科の恐竜化石が見つかっており、このグループの研究が進められている。
一方、イングランド南部のスピノサウルス科がバリオニクスだけでないらしいことも、その後明らかになってきた。例えば、この地域で見つかるスピノサウルス科恐竜の歯は、様々な形をしていた。単なる個体差かもしれないし、複数の種である可能性もあった。
今回の化石は、チルトン・チャインという古代の砂岩の崖に囲まれた海岸の小峡谷で発見され、ワイト島にあるダイナソー・アイル博物館が入手したもの。サウサンプトン大学の進化生物学者、ニール・ゴスリング氏がその情報を耳にし、2019年、バーカー氏が同氏のもとで博士研究を開始した際、研究のためにこの骨を引き受けることになった。
バーカー氏は数年かけて、化石骨の特徴を注意深く記し、既知のスピノサウルス科の特徴と比較した。コンピューターモデルでデータを分析したところ、化石は2種のスピノサウルスであること、ともにバリオニクスやスコミムス(ニジェールのスピノサウルス類)の近縁種であることがわかった。
プロジェクトの終盤、バーカー氏、ゴスリング氏、そして共同研究者たちは、新しい恐竜の名前を決めるためにメールのやりとりをした。英国の自然史博物館で優れた業績を残したミルナー氏が、8月に73歳で亡くなったばかりだった。チームにとっては、ミルナー氏を称えることが「正しいことのように思えた」とゴスリング氏は話す。「彼女のおかげで、スピノサウルス類は多くの人の知るところになったのです」
ヨーロッパからアフリカへ2度移動?
今のところ、ケラトスコプスとリパロヴェナトルが同時代に生きたのか、そして両者の時代がバリオニクスの時代と重なっていたのかは不明だ。骨の年代を正確に推定するにはどの岩層に埋まっていたかという情報が必要だが、これらの化石は露出した崖から落下したため、そうした情報が存在しないのである。およそ1億2900万年前から1億2500万年前の白亜紀初期に生息していたと推定されている。
それでも、今回の研究は、スピノサウルスの仲間が太古の地球上を大移動していたことを示している。バーカー氏らがスピノサウルスの最新の系統樹を作成したところ、初期の種のほとんどが、現在のヨーロッパに生息していたことがわかった。
この発見は、スピノサウルス科の祖先の故郷が北半球、おそらくはヨーロッパにあったという説を強めるものだ。そうすると、スピノサウルスの仲間は少なくとも2度、現在のアフリカに移動したということになる。1回目に移動した系統からニジェールのスコミムスが生まれ、2回目に移動した系統からスピノサウルスや北アフリカの近縁種が生まれた。
しかし、スピノサウルス科がヨーロッパで誕生したとすると、謎は深まる。恐竜時代の多くの期間、ユーラシアと北米はつながっていた。ヨーロッパやアジアでスピノサウルス類の化石が発見されている一方で、北米では明らかにスピノサウルス類と言えるものは見つかっていない。
この時代、他の恐竜グループは北米とアジアを行き来していたことがわかっている。太古の北米にはスピノサウルス類が生息していたような環境もあった。「スピノサウルスがいなかったと考えられる特別な理由は何もないのです」と、ホルツ氏は言う。「歯が1本、発見されるだけでよいのですが」
バーカー氏とゴスリング氏によるワイト島のスピノサウルス類の研究はまだ始まったばかりだ。バーカー氏によれば、ケラトスコプスとリパロヴェナトルの化石には脳頭蓋の一部が含まれており、将来的に化石をスキャンすることで、彼らの脳の形状に関するデータが得られる可能性があるという。
ワイト島には、まだこれから調査が行われるスピノサウルス類の化石もあるという。これらも、ケラトスコプスとリパロヴェナトルとともにダイナソー・アイル博物館に保管されている。この博物館は、科学の場であり、ワイト島の文化的なランドマークだ。
「ワイト島の恐竜にとって、この島にきちんとした恐竜博物館があることがどれほど重要か、いくら強調しても足りません」とゴスリング氏は語る。「世界のどこかに送られてしまうのではなく、発見された土地にあるのですから」
(文 MICHAEL GRESHKO、訳 桜木敬子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年10月7日付]
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