初潜入、SUMCO半導体ウエハー工場 奇跡の現場

半導体ウエハーは円筒状に成長させた単結晶のシリコン(ケイ素)を円盤状にスライスした材料。半導体メーカーはこれを仕入れて、ウエハー上に微細な電子回路を描いたり電極を形成したりして最終的にチップとして切り出す。
まずはSUMCOの主力製品である直径300ミリメートルウエハーがどれだけ精密か、例えを用いて説明しよう。まず、ウエハーの平たん度だが、直径300メートルの競技場の大きさに拡大したと仮定すると、地面の高低差はわずか0.1ミリ以下でしかない。
また、ウエハー表面には20ナノ(ナノは10億分の1)メートルの微細異物が数個しか許されない。これは直径300キロメートル(北九州市と鹿児島県指宿市のおおよその直線距離)の円形の土地(約7万平方キロメートル、ほぼ九州2個分の面積に相当)に1円玉が数個転がっている程度の異物しか存在しない、といえば分かりやすい。
足元では、回路線幅3ナノの最先端ロジック(演算)半導体向けにさらに精度を高めているとみられ、顧客が要求する品質水準は一段と高まっている。
台湾の台湾積体電路製造(TSMC)、米インテル、韓国サムスン電子など、世界の有力半導体メーカーからパートナーに選ばれているのは、この品質の高さゆえだが、実際、伊万里工場ではどのようにウエハーが量産されているのか。現地に向かった。
シリコンの置き方にも秘密

まず、足を踏み入れたのは、単結晶シリコンのインゴット(塊)を製造する工程だ。SUMCOにとっての最終製品といえるシリコンウエハーは円盤状だが、それはスライスされた後の形状。切る前のインゴットは断面の直径が300ミリ強、全長が約2.5メートルの円筒形の塊だ。では、どうやってインゴットを製造するのか。
工場の1、2階は吹き抜けで、シリコン結晶を成長させて引き上げる専用炉が数十本縦横に並んでいる。この炉の下には石英のルツボがあり、ここに原料の多結晶シリコンを積んで融解させる。多結晶シリコンはケイ石を精錬した金属で石ころのような形状をしている。ちなみにケイ素は地球上で酸素に次いで2番目に多く存在する元素だ。
中でもSUMCOで使われるシリコンは純度が驚きの99.999999999%。不純物の割合は限りなくゼロに近い。まずはこれを融解するわけだが、さっそくアナログ技術の出番だ。「(ルツボの中での)シリコンの置き方や積み上げ方が極めて重要」(九州事業所佐賀工場の藤原秀樹次長)なのだという。
砕いたシリコンをロボットや機械でまとめてがらがらと投入すればいいといった類いの作業ではない。担当者が手作業で隙間を計算して積み上げていく。隙間が多ければ品質に影響を与えるとあって、この道一筋の熟練作業者がいるほどだ。門外不出の置き方は「中国メーカーにはマネできない」(同)といい、極秘扱いで継承されている。

「奇跡の工業製品」
シリコンはセ氏1420度で溶かすが、その際、半導体の電気特性を左右するホウ酸やリンをどれくらい混ぜ込むか、酸素濃度をどうコントロールするか、といった加工条件も品質を左右する。
溶けたシリコンの液面に種となる結晶をつけて回転させながらゆっくり引き上げるのだが、成長中の温度管理やガスの流量などにも細心の注意を払う。藤原氏は「たらいの水から氷の結晶を引き上げていくくらい難しい作業。工業製品としてはちょっとした奇跡」と胸を張る。
インゴットは完成まで1週間もかかるとあって、品質管理の道は長く険しい。この品位なくして半導体の母になる資格はないのだ。
製造されたインゴットは、数等分の円筒に切り分けられた後、別の棟に運ばれる。「ワイヤソー」と呼ばれる装置にセットされた後、砥粒(とりゅう=微細な砥石)入りのオイルをかけながら、ピアノ線で厚さ1ミリ強の円盤にスライスしていく。1つのインゴットをすべて円盤に切り分けるのに24時間かかるという。

これでウエハーの原型が出来上がるが、この段階では表面の手触りはざらざら。ここからは両面を極限まで平らにするため、これでもかというほど磨きをかけていく。両面を平行にそろえることで、厚みを均一にするラッピング(粗研磨)という工程では、一度に20枚のウエハーを装置にセット。装置に取り付けられたギアの回転数や回転力を調整しながら、同時に研磨していく。
次に待つのが、やわらかい砥石で研磨する「面取り」という作業だ。面取りにも専用の装置が用意されており、ウエハーの幅、厚み、縁の丸みまですべて顧客の要求通りの条件にそろえなければいけない。
だが、すべての条件を満たす面取りは言うは易く行うは難し。例えば幅を条件通り出そうとすれば、縁の丸みが所定の条件に収まらないといった「トレードオフ」が頻発する。顧客の要求は千差万別でその都度、絶妙な条件を設定しなければいけない。その演算はアナログの頭脳から導き出されるといい、一人前にできるようになるには何年もかかる。面取り工程にもこの道を極めたマイスターがいる。
「だし」「素材」を操る一流料理人
面取り後、ウエハーはいよいよクリーンルームの領域に入る。記者も専用の防塵(じん)服を手渡され、全身をすっぽり覆って足を踏み入れた。
「どの工程も大事ですが、ここが最も肝要です」(加藤健夫常務執行役員)。前工程の粗研磨や面取りによって平たんにはなるものの、そこは工具を使った機械加工。ウエハーには「ダメージ」と呼ばれる小さなひびやしわが多く残っている。
そのダメージを取り去るのが、「ポリッシング」という精密研磨の工程だ。このプロセスでSUMCOの伝家の宝刀といえるのが、化学(ケミカル)と機械(メカニカル)な特性を併せ持った独自の「ケミカルメカニカル」技術だ。
アルカリ成分の化学品と砥粒を混ぜた溶液によって、先ほど説明したダメージが入った部分を溶かしながら、砥石で磨き上げていく。いくら研磨装置が優れていても、この溶液の成分や投入量やタイミングを誤れば、ナノレベルに磨き上げられた鏡面のウエハーにはならない。
溶液も専業メーカーと純度や成分を厳密に調整した共同開発品で、市販品には目もくれない。SUMCOはこの工程で使っている研磨装置も自社開発・製造しており、決して装置メーカー任せにはしない。ここでもブラックボックス化されたアナログな手法が強さの秘訣になっている。
日本料理に例えるなら、料理人である装置が、秘伝のだし(溶液)を使って、素材であるウエハーを誰もマネできない一品に調理するといった所だろうか。

ナノレベルの精度に磨き上げられたウエハーは専用水で洗浄後、目視や装置での外観検査を経て梱包され、世界各地の半導体工場へと出荷される。クリーンルーム内には搬送装置の雄、ダイフクのウエハー自動搬送機が無数に配置され、ウエハーを抱えて天井を縦横無尽に動き回っていた。
数多くの搬送機が休むことなく工程間を行き来している光景は、SUMCOのウエハーに対する需要がいかに旺盛かを物語る。自動車メーカーや家電メーカーを悩ませている世界的な半導体不足の一端がここに表れていた。
AIが職人技を再現
活況を呈する半導体市場を背景に、SUMCOは2022年から、約2000億円を投じて伊万里工場に新たな生産棟を増設する工事にも着手した。増え続ける注文を着実にさばくための生産能力の拡大とともに力を入れるのが、時間当たりの生産枚数の引き上げや1枚当たりの生産コスト削減などデジタル化を通じた、より稼げる工場への衣替えだ。
例えばウエハーの外観検査。不良品につながる大量のデータをAIに読み込ませて合否を自動判定させる。これまで人がストレスを感じながら時間をかけてやっていた検査をAIに委ねることで時間当たり処理数は格段に上がった。検査員は自動検査装置の管理やAI開発など、より付加価値の高い業務に専念するようになっている。
インゴットの製造工程でもAIが活躍し始めている。先に説明したように高純度の単結晶に成長させるには、温度や酸素濃度、吹き込むガスの流量、結晶を引き上げる際の回転数など数多くのパラメーターを最適制御しなければならない。これまではすべて職人技に頼っていたが、22年に入り試験的にAIに一部を任せるようにした。
こうしたAIを用いた生産性改善のプロジェクトは数十が進行中だという。AI推進本部長を務める加藤氏は、「最大の数量を追いながら、生産性改善を通じた最大の余力を生み出す工場へと変身させていく」と語る。加藤氏は経営幹部ながら自らプログラミング言語を操り、AIエンジンも開発する。データ分析にも長けておりさながらデータサイエンティストだ。

カイゼンで投資300億円以上抑制
このAI推進本部は約300人からなるカイゼン請負組織になっており、生産部門と一体化して現場にデジタル化のメスを入れている。AIなどデータサイエンスだけではなく、装置に1台ずつセンサーを取り付け、ライン全体でどこがボトルネックになっているかを早期発見するほか、各装置の稼働状況をリアルタイムで監視しながらどういったタイミングで止まりやすいかを割り出している。
秒単位でそれぞれの装置の稼働状況を加工ステップごとに追跡。どこで停止しているか時間を解析すれば、モーターやシリンダーなど何が不調の原因かをすぐに明らかにできる。不調の原因を潰せば装置ごとの稼働のバラツキは最小限に抑えられ、ラインの流れとしても安定する。
伊万里第二工場長の田尻知朗常務執行役員は、世界的な半導体不足も踏まえた上で「トラブルがあった時にも、受注量が変動しても、追随して安定操業できる工場を目指している」と力を込める。
「考える工場」の実現により、21年夏には主力の300ミリウエハーの月産枚数を20年の同じ時期に比べ10%以上向上させた。改善効果は投資抑制分として300億円以上、収益効果としては年40億円以上に相当するという。「これまでは最先端品向けの技術開発や増産に次ぐ増産で収益率は後追いになっていた。だが、これからは車の両輪にする」と加藤氏は腕まくりする。

「デジタル化が生きるのも他の追随を許さないアナログ技術があるからだ」(加藤氏)。アナログの競争力がゼロなら、いくらデジタルを掛け合わせてもゼロ。日本の半導体産業は世界的に劣後する結果となったが、半導体材料はブラックボックス化できる「アナログ×デジタル」の二刀流で、グローバルに成長できる余地はまだ十分ある――。
新工場建設のつち音が響く伊万里市をあとに、こんな感想を抱かずにはいられなかった。
(日経ビジネス 上阪欣史)
[日経ビジネス電子版 2022年7月12日の記事を再構成]
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