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5G×「エッジ」で加速する世界のスマート工場

CBINSIGHTS
デジタル技術で生産性を高める「スマート工場」が本格的な普及期に入ろうとしている。高速通信規格「5G」と、利用者に近いところでデータを処理する「エッジコンピューティング」により、製造現場の様々な課題により柔軟に対応できるようになってきたためだ。大手企業の提携も相次いでおり、米IBMとシンガポールの通信大手M1、韓国サムスン電子は共同でセンサーと人工知能(AI)を使って故障の検知などの問題に対処。独シーメンスと米グーグルはクラウドを使った製造業向けサービスを提供する。

新型コロナウイルス禍に揺れる製造業は、自動化と作業員のスキル向上を最優先することで素早く立ち直ろうとしている。

日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週2回掲載しています。

デジタル化やセンサー、データを駆使する高度に自動化された「スマート工場」という概念は、コロナ前から既に広がりつつあった。だが、人手不足から効率的なスマート工場への移行が改めて急務となっている。

工場のデジタル化を加速するカギとなるのは2つの新たなテクノロジーだ。大量のデータを処理できる高速通信規格「5G」と、データを生成するセンサーの近くで処理できる分散システム「エッジコンピューティング」だ。

企業幹部は既に製造業での5Gの可能性に注目している。韓国通信大手KTの幹部は決算発表で5Gの採用状況について尋ねられ「真の最前線は5Gスマート工場だ」と答えた。

決算発表での「5G」への言及回数 (2016年4~6月期から21年1~3月期)

一方、エッジコンピューティングの商用化が進んでいることを背景に、20年のこのテクノロジーを手掛ける企業への出資額は過去最高に達した。

今回のリポートでは、製造業各社が5Gとエッジコンピューティングを活用していかにロボットを展開し、作業員の効率を高め、機器をモニタリングしているかについて取り上げる。

主なポイント

・デジタル化されたスマート工場では柔軟性と可視性が高まる。どちらも買い手(製造業)にとって重要になりつつある。工場での追跡や監視の必要性は一段と高まっており、各社は予知保全などを可能にするために5Gとエッジコンピューティングの導入に乗り出している。

・熟練作業員の不足により、工場は作業員のスキル向上策を求めている。コロナ禍でリモート作業の利用が加速しており、5Gを導入すれば拡張現実(AR)など大量のデータをやり取りするツールを使ってオンラインでのサポートや追跡、訓練システムを提供できる。

・自動化とリショアリング(生産の国内回帰)により産業ロボットの購入が増えている。エッジコンピューティングでロボットの展開や制御が簡単になり、ロボットが人間の労働者と安全かつ効率的にやり取りできるようになる。

なぜ製造業なのか

自動化とデジタル化により製造業の生産は増え、柔軟性も高まるが、データ量とネット接続機器が増えることで実務的な問題も多発している。こうした状況は5Gネットワークとエッジコンピューティングにとって大きなチャンスになっている。

例えば、製造業の工場ではセンサーやロボット機器が密集している。従来の無線LANでは干渉や遅延などの問題が生じる一方、有線ネットワークでは維持や拡張が難しかった。エッジコンピューティングを使えばネットワークの負荷が軽減され、5Gを使えば性能を損なわずに新たな機器を追加しやすくなるため、柔軟で円滑に運営できる広大なデジタル工場が可能になる。

しかも、ロボットは人間の作業員の脇で確実かつ主に自律的に作業をこなさなくてはならない。5Gとエッジコンピューティングで実現する高速低遅延ネットワークの工場では、新たなコマンドを素早く出し、ロボットが新しい状況に的確に対処できるようになる。

産業用IoTネットワーク

5Gネットワークの主な利点の一つは、性能や信頼性を損なわずに多数の接続に対応できることだ。つまり、もっと多くのセンサーを設置し、メーカーにより多くの情報を提供できるようになる。

各社は産業用IoT(IIoT)センサーで稼働状況を追跡し、保守管理の必要性を予測するのに有利な5Gネットワークを活用するようになっている。例えば、日立製作所は5Gネットワークを使って動画やセンサーのデータを収集し、ロボットアームの故障を検知している。これにより故障の修理にかかる時間は約半分に減った。フィンランドの通信機器大手ノキアはブラジルの製造大手WEGと提携し、予知保全を改善するためのネットワークを展開している。

(出所:ノキア)

この分野を対象にしたスタートアップも登場しつつある。例えば、米ポルテ(Polte)は5G対応の位置情報を検知するネットワークの開発資金として、シリーズAで1250万ドルを調達した。米NFウエア(NFWare)は工場のセンサーなどによるネットワークの負荷を管理するために390万ドルを調達した。エッジコンピューティングに特化したサービスでは大企業が優位に立つが、イスラエルのサグナ・ネットワークス(Saguna Networks)など一部の中小勢は5G対応のエッジコンピューティング製品を出荷している。

製造業全体にこのテクノロジーが広がるのに伴い、提携が相次いでいる。3月にスタートした米IBM、シンガポールの通信大手M1、韓国サムスン電子による「IBMインダストリー4.0スタジオ」は、IoT製品と人工知能(AI)を使って故障の検知など製造業の問題に対処する。一方、独シーメンスと米グーグルのクラウドサービス「グーグルクラウド」が最近発表した製造業向けサービスなど、中央でのデータ処理プラットフォームに加えてエッジコンピューティングを展開するために提携に力を入れている企業もある。

一部の既存企業はIIoTネットワークの一端を担う市販のセンサーとツールキットを5Gに対応させることに注力している。例えば、米半導体大手クアルコムは信号処理プロセッサーを搭載したロボットビジョンシステムなど、5Gセンサーを搭載した追加センサーキットを出荷し始めている。

AR(拡張現実)

大容量データを処理できる5Gにより、大量のデータをやり取りするARの新たな用途が開けるだろう。

工場での用途にはライブ動画を介した製品の評価、専門家とリモート接続しながらの現場での修理、技術者の手順完了に伴うリアルタイムでのチェックリスト作成などがある。コロナの影響や作業員の高齢化などにより製造業での熟練人材の不足は悪化しているため、こうした用途でのARの利用が増えている。

例えば、スウェーデンの通信機器大手エリクソンは電子基板の工場でARを使ったトラブル解決を試している。米マイクロソフトのホロレンズのようなAR端末と5Gネットワークを使い、離れた場所にいる技術者が協力しながら故障回路の問題を解決できる。

(出所:エリクソン)

ARシステムを使えば新しい作業員にリアルタイムで作業を指示し、素早く訓練することも可能だ。リモートでの支援や訓練を手掛ける米タクタイル(Taqtile)は、米コンサルティング会社のブーズ・アレン・ハミルトンや米国防総省と協力し、技術者の訓練プログラムに5Gをとり入れている。

大企業は5Gやエッジコンピューティング機能を活用したAR製品の展開でも提携している。サムスン電子とIBMはエッジコンピューティング向けのローカル5Gネットワークで提携し、この分野の進歩は有意義なAR作業に不可欠だとしている。

5G対応ARのこうした産業界向け応用の大半はまだ試行段階だが、5Gの普及に伴い導入は加速するだろう。5G対応のARツールを開発する企業も利用拡大に貢献する。例えば、ARツールの開発ソフトウエアプラットフォームを手掛ける米アップスキル(Upskill)は、米ボーイングが生産時間を短縮し、生産段階でのミスを減らすため、既に自社のプラットフォームを使っていることを明らかにした。

ロボット制御

5Gとエッジコンピューティングによりネットワークの接続性が向上することで、工場ではクラウド経由でロボットを制御できるようになる。

この手法により、メーカーは低コストでロボットを展開できるようになる。コストの高いローカル展開のシステムではなく、集中管理するソフトウエアを通じて制御できるようになるからだ。

各社は工場に導入するロボットを増やそうとしているが、ロボットが人間の操縦者の脇で安全に作業できるようにすることが依然として課題だ。だが、制御システムへの接続が高速・高信頼になれば、ネットにつながったロボットは衝突を避け、人間の労働者に適応できるようになる。

中国テレビ大手TCLの国内工場では、5Gのおかげで中国のフォワードX(ForwardX)製ロボットが新たなコマンドに迅速に対処できる。同様に、エリクソンは米テキサス州の5G対応工場で自律走行ロボットを展開している。米特殊ガラス大手コーニングは米アマゾン・ドット・コムと米通信大手ベライゾンと提携し、工場の一つでローカル5Gネットワークを展開する。この工場ではセンサーで収集したデータを活用する「センシング・アズ・ア・サービス」により、ロボットが互いの動きを調整する。

移動ロボットや人間と協働するコボットは倉庫や建設現場などの関連分野で利用されるようになっている。5Gネットワークやエッジコンピューティングの台頭により、工場のロボットを管理するインフラは改善し続けるだろう。導入率も上昇しつつある。21年初めの時点ではエッジコンピューティングを導入しているメーカーは4分の1ほどだったが、半数以上が2年以内に導入する方針だ。

次の動きは

製造業での5Gの用途の多くは有望だが、このテクノロジーはまだ導入初期の段階にあり、こうした用途を完全に実装するために関連センサー、ロボット、ネットワークを導入しようとすれば多額の費用が必要となる。例えば、米ゼネラル・モーターズ(GM)のファクトリーゼロ工場は総工費22億ドルをかけて電気自動車(EV)専用工場に改装される。この投資には5Gやエッジコンピューティング、センサーの設置も含まれる。

さらに、スマート工場が増えるとサイバー攻撃のリスクも高まる。現時点ではIoT通信の推定98%が暗号化されていない。ローカルネットワークの安全性はいくぶん高いが、サイバー攻撃の脅威に対処するIIoTセキュリティー製品が登場しつつある。

それでも、コロナの影響に揺らぐメーカーは、デジタル化を加速するメリットに抗えないだろう。人手不足のせいで、デジタルトランスフォメーション(DX)によりライバルとの差を縮めるのは一段と難しくなっている。一方、ある調査では製造業の62%がコロナ禍で露呈したライバルの弱みに付け込んで市場シェアを伸ばしていることが明らかになった。5Gとエッジコンピューティングに早々と投資すれば競争力が高まり、莫大な利益を生み出せる可能性がある。

工場でのネットワークインフラの実装はもっと簡単になるだろう。米ブレイズ(Blaize)のように自動運転車など近隣業界のエッジコンピューティング企業が成長することで、この技術の導入コストが下がる可能性がある。さらに、5Gは一部のセンサーを稼働させるために展開されるようになるかもしれない。そうすれば設置はもっと簡単になり、さらなる用途が開ける。

デジタル化する工場が増えれば、対応ネットワークは製造業の最優先事項としてますます高速大容量になるだろう。

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