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Amazonが独禁調査で嘆願 企業は規制を変えられるか

ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説

法学者のカーン委員長はアマゾンの競争法上の脅威について警鐘を鳴らしてきた

米アマゾン・ドット・コムが米連邦取引委員会(FTC)の反トラスト法(独占禁止法)調査に関連して、リナ・カーン委員長を除外するよう嘆願するという非常に珍しい動きをしたことが話題になりました。14日には米フェイスブックも同様の嘆願書をFTCに提出しました。こうした動きについて、グロービス経営大学院の嶋田毅教授が「PEST分析」の観点で解説します。

経営環境を網羅的に分析

経営戦略論の著名な枠組みに「PEST分析」があります。これは、企業や業界を取り巻くマクロ環境を、Politics(政治・規制)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)の4つの視点から分析することで、商機の発見や、戦略の再構築のヒントにしようというものです。最近ではこれにEnvironment(環境)を加えてPESTE分析と呼ぶこともあります。

PESTはまんべんなく見ることも必要ですが、特に自分たちの業界に影響を与えるポイントを慎重にウオッチし、分析することが必要です。たとえば建設業界であれば、やはりP(政治・規制)やE(経済)に特に注目すべきでしょう。新聞業界であればIT(情報技術)との融合が叫ばれるなか、T(技術)の重要度が増します。また、人々の情報の収集方法や、新聞という媒体に対する見方が変わってきていることも重要ですからS(社会)も要注目でしょう。

PESTは所与のものか

多くの企業、特に中小企業にとって、PESTは自らの企業努力では変えられない所与の条件となるのが一般的です。例えば一般の飲食店が経済(E)に大きな影響を与えることはできませんし、人々の意識(S)を変えることも普通はできません。技術的なインパクト(T)をもたらせる企業も限られるでしょう。業界団体を通じた陳情などで、多少は政治(P)に働きかけることは可能かもしれません。しかし1社の力は微々たるものです。

ただし、ある程度の規模や存在感を持つ企業になると、様相は変わってきます。PESTに働きかけることで、自社を有利な方向に導くことも可能となるのです。例えば技術(T)であれば、先端的なIT企業などはTそのものを変える力を持ちます。今回の主役のアマゾンはいち早くクラウド事業に投資し、そこで地位を確立しました。クラウドは企業や個人に大きな便益をもたらし、今やクラウド無しの世界は考えられません。社会(S)についても、例えば米フェイスブックなどはSNSを通じて人々の時間の使い方や、人間関係、情報収集のあり方を劇的に変化させました。

アマゾンは多くの消費者にとってなくてはならない存在になりつつある(ニューヨーク)=ロイター

経済(E)はさすがに中央銀行でもない限り1社のみで影響を与えることは難しいですが、政治・規制(P)については、ロビー活動などで影響を与えることも可能です。製造業であれば規格の設定を当局に働きかけることで、国際競争で優位に立つことも可能です。東南アジアでは配車サービスでシンガポールのグラブが米国のウーバーテクノロジーズより優位に立っている国が多いですが、これはウーバーが各国のロビー活動で必ずしも良い結果を出せなかったからだとの見方もあります。

ロビー活動はややもすると「癒着」と誤解されることもあります。しかし、正当なやり方で当局に働きかけることで法律づくりに影響を与え、消費者に便益を提供したり、国際競争力を増したりすることは、国と企業の双方にとって好ましいことです。

独禁法は本当に「正義」か

今回の記事のテーマは独禁法です。独禁法には様々な要素がありますが、趣旨を端的に言えば、特定企業が圧倒的なシェアを持つことで価格やサービスが消費者の不利益にならないよう、公正な条件の下で競争を促すというものです。談合による価格協定なども禁止です。一義的には消費者の利益を確かなものにし、業界の健全な発展を促すための法律と言えるでしょう。

例えばもしビールを扱う会社が日本に1社しかなかったらどうなるでしょう。おそらく、価格は今よりも数十%は高くなったでしょう。1980年代に当時市場の約3分の2を握っていたキリンビールが独禁法による企業の分割を懸念し、さらなるシェア拡大よりも多角化に力を入れたというのは有名な話です。

米国は日本に比べても独禁法の適用が厳しいとされ、FTCに目をつけられることは企業にとっては脅威でした。日本のかつてのNTTに相当する通信会社大手のAT&Tなどは実際に分割されました。ただ、この分割は、結局は消費者にとってプラスに働いたと評価されており、独禁法の妥当性を示す例にもなりました。

ITビジネスとの相性に限界

ただ、独禁法にも限界はあります。それはITビジネスとは必ずしも相性が良くないということです。ITビジネスは、すべてではないですが、「数が数を呼びユーザーの便益が高まる」というネットワークの経済性が働くことが多く、それゆえ独占や寡占になりやすいという土台があるのです。また、企業の盛衰のスピードが速く、昨日までのスタートアップがあっという間に巨大企業になるという特性もあります。

独禁法とITビジネスは相性が悪いとの見方も(米ワシントンのFTCビル)=AP

アマゾンやグーグルと並んで分割論の対象となっているフェイスブックなどは創業20年未満の会社です。スタートアップはそもそも独自の市場を作り出す存在ですから、一時的に大きなシェアを握ることは珍しいことではありません。それを「新興企業とはいえ規模が大きくなったから」という理由で分割しようというのは乱暴だという見方もあるのです。

もう1つ大切なポイントは、いわゆるGAFAMの「独占」が、顧客に不利益を与えているという確たる証拠に欠けるという点です。GAFAに先駆けて独禁法の標的になったM(米マイクロソフト)は、かつてその点を強調してロビー活動を行いました。「基本ソフト(OS)の市場で圧倒的なシェアは持っているが、不当に高値で売ってはいない。むしろ、そこで得たキャッシュを新製品開発に投資し、消費者の利便性を高め続けている」というのが同社の主張でした。結局、ロビー活動は奏功し、分割されることなく、時価総額2兆ドル規模の企業として今も君臨しています。

けん制球か宣戦布告か

アマゾンも当然ロビー活動はしているのですが、今回のカーン委員長外しの嘆願はどう考えればいいのでしょうか。カーン委員長は「物流網の独占や膨大なデータにより競合相手を圧倒するアマゾンのやり方は小規模ビジネスや社会全体に損害を与える。たとえ低価格を実現していても規制すべき」だという根っからのアマゾン規制論者です。今回のアマゾンの嘆願は、まずはけん制球を投げて政府の様子をうかがうものという意見もあれば、何らかの法的手段も検討しているというファイティングポーズを示したとみる向きもあります

アマゾンの最高経営責任者(CEO)を退任したばかりの創業者ジェフ・ベゾス氏の胸中は……=AP

アマゾンとしては純粋なロビー活動だけに頼るのはもはや難しいかもしれません。そうなると、社会(S)に働きかけ、米国民の意識を「やはりアマゾンがあるっていいことだ」あるいは「カーン委員長はやりすぎだ」「国際競争力を維持するためにもアマゾンのような存在が必要だ」といった方向にもっていくことが必要でしょう。

もともとGAFAは規制の「グレーゾーン」をうまく捉え、圧倒的な利便性で消費者を納得させ成長してきたという歴史があります。今回もそれができれば、分割などは当面回避できるかもしれません。アマゾンの武器としては創業者のジェフ・ベゾス氏が有力紙ワシントン・ポストのオーナーであるという点があります。それは最大限活用してくるでしょう。

対「中国IT覇権」の視点も

もうひとつの武器は中国とのIT競争という背景です。仮にアマゾンが分割されてもそのビジネス自体を中国企業がすぐに奪うわけではありませんが、アマゾンが米国のITの発展の一翼を担っているのは間違いありません。アマゾンに限らず、GAFAMを分割することは国家のIT覇権を考えたときに「敵に塩を送る」行為だと訴えれば、実際に便益も得ている消費者は目くじらを立てないかもしれません。

政治家は結局は有権者の声を気にするものです。社会(S)を味方につけることは結局、政治(P)にも影響を与えるのです。そのためにもさらにユニークな技術(T)をどんどん出していくことも必要になるでしょう。

マイクロソフトの分割騒ぎからおよそ20年。巨大化したプラットフォーマーに対して米国民がどのような判断を下すのか、そしてアマゾンをはじめとするGAFAMがいかにPESTを変容させていくのか、注目されるところです。

しまだ・つよし
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。88年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修

「PEST分析」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/b348e62c (「グロービス学び放題」のサイトに飛びます)

ビジネススキルをもっと学びたい方はこちら

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