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鉄道ファンに向け企画 全社員で稼ぐJR西日本岡山支社

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日経ビジネス電子版
2022年7月から9月まで行われている大型誘客企画「岡山デスティネーションキャンペーン」。観光地のアピールだけでなく「おか鉄フェス2022」と題した鉄道ファン向けの企画が次々と実施されている。営業部門任せにせず、現場を含む支社スタッフ総出で知恵を絞り、鉄道という資産を最大限活用して稼ごうという意識が浸透し始めた。

「2人をいじめるつもりで、ルールには従わずに想定外の行動を取ってください」

6月24日、インターネット上に集まった社員たちにそんな不思議な指示 を出したのは、JR西日本岡山支社の小林敏博経理課長。この日、岡山支社の会議室では、9月10日に開催予定の「おか鉄!ザ・鉄道中古物品ネットオークション」のリハーサルが行われていた。本番では、どんな質問が飛んでくるか分からず、ルール通りに入札されるかどうかも分からない。しかも、進行役を務めるのは岡山駅の駅長と駅員の2人。運営も全てJR西の社員で、ネットオークションの経験はゼロ。そこで社員20人に参加者役を依頼して、本番さながらのリハーサルに臨んだのだ。

案の定、課題が次々と見つかった。「入札時間は5分とあるが、残りが何分なのか分からなかった」「チャットに書き込まれた質問に回答がなかった」「質問を打ち切るタイミングが難しいね」――。どうすればスムーズにオークションが進行するのか、活発な議論が交わされた。

岡山県と広島県東部(備後地方)にまたがる岡山支社エリアでは、この7~9月、「こころ晴ればれ おかやまの旅」と題した岡山デスティネーションキャンペーン(DC)が実施されている。DCは旧国鉄時代から続くJR6社共同の大型誘客キャンペーンで、3カ月ごとに全国各地を回る。岡山支社のエリアが舞台になるのは、16年以来6年ぶりのことだ。

冒頭で紹介したネットオークションは、DCに合わせて岡山支社が企画した「おか鉄フェス2022」という鉄道ファン向けのイベントの1つ。大型キャンペーンなのに、なぜ鉄道ファン向けなのか? そして誘客をうたうのにインターネットで開催する理由は? どうして営業部門ではない経理課長が仕切っているのか? 数々の疑問が浮かぶ。

奇抜なイベントを実施する背景には、新型コロナウイルス禍による業績の急速な悪化がある。

16年に開催された前回の岡山DCでは「ラ・マル・ド・ボァ」という観光専用車両が製作され、キャンペーンに花を添えた。座席はリクライニングシートになり、床は木製のフローリングに。自転車を積み込めるスペースを用意するなど、通常の車両からは大きく改装されていた。

一方、今回は「SAKU美SAKU楽」という車内で特製弁当を味わえる観光列車を仕立てた。外観こそ桜をイメージしたラッピングがされているものの、車内の座席配置などは通勤・通学輸送に対応した従来のままで、特別感は薄い。コストのかかるハード面の改造を抑え、食事や接客などソフト面でなんとか魅力を出そうとしている。

これまでのDCは、JRの営業部門と関係自治体が主体となって取り組む傾向が強かったという。客を迎え入れる立場である支社の現場は、与えられた指示をこなしていればよかった。しかしコロナ禍で割ける経営リソースが限られる中、現場の創意工夫が求められるようになった。

岡山支社では、20年11月頃から岡山DCに対してどう取り組むべきか検討が始まった。結論は「一過性の観光キャンペーンに終わらせず、その後の収益回復に向け、岡山支社一丸となって取り組むべきだ」というもの。そこで21年夏、各職場からDCに向けた企画を集めることにした。

もっとも、「大半のアイデアは目新しいものとは言えなかった」と岡山 DCの企画を取りまとめた岡山支社企画課の藤田祐也氏(当時。7月から本社の経営戦略部に異動)は振り返る。例えば駅なら「ノベルティー(記念品)を作成して乗客に配る」、保線現場なら「景色がよく見えるように線路際の雑草を刈る」といったものだ。

それでもいくつか目新しいものがあった。「倉庫に眠っている備品を売ったらどうか」「鉄道の職場を有料で体験させたらどうか」。いずれも鉄道という自らの価値を見直し、収益につなげられないかという提案だ。今までのDCのように地域の観光だけでなく、鉄道も売り込もうというわけだ。

岡山は山陽・山陰・四国の結節点という交通の要衝で、旧国鉄時代から岡山鉄道管理局が置かれてきた。1988年の瀬戸大橋開通によりJR四国からも特急列車などが乗り入れるようになり、在来線を走る車両のバラエティーは全国随一と言っても過言ではない。

しかもJR西の厳しい台所事情もあって、旧国鉄から引き継いだ旧式車両が主力として走り続ける全国でも珍しいエリアでもある。正直、多くの利用客にとっては歓迎すべきことではなく、弱みと捉えられてきた。ただ、23年に普通電車、24年に特急「やくも」(岡山~出雲市間)にようやく新型車両を入れるめどが立ったこともあり、弱みを逆手に取って「国鉄型車両の聖地 岡山」と打ち出すことにした。

具体案を練るため、支社内にはワーキンググループ(WG)を設置。約100人の社員が「観光・イベント列車WG」「素材発掘・販促WG」「グループ収益創出WG」「アセット活用WG」「安心・快適提供WG」「考動促進WG」の6つに分かれ、駅員や運転士、車掌、保守スタッフなどを含む支社全員2000人を巻き込みながら、施策を検討していった。

鉄道の職場体験や物品販売は、アセット活用WGの担当分野。そして責任者になったのが経理課長の小林氏だった。所有している物品を売って収益を上げれば経理処理が必要になるという実務的な理由もあるが、それ以上に「お客様から一番遠い部署にも収益創出に関わってほしいという狙いがあった」と元企画課の藤田氏は話す。現場だけでなく間接部門も一丸になって取り組む象徴としての役割を担わせたのだ。

実際、前例のない企画が多く、実現までにはさまざまな調整が必要となった。例えば7月17日と18日に開催された「おか鉄!ザ・鉄道体験 in 和気訓練線」は、小学4年生~中学3年生が本物の電車を運転体験できるのが売り。若手社員の集まりで提案された。しかし訓練用のシミュレーターを体験してもらうのとはわけが違う。運輸局にも相談し、営業用の線路ではなく訓練用の線路で行うことで実現にこぎつけた。参加費は1人1万5500円と高額だが、他ではなかなか体験できない内容であることから1日20人の枠はほぼ埋まったという。

こうした鉄道体験の定員は、コロナの感染防止も考慮して1日20人と少なく、岡山DCの誘客効果に与える影響はわずかだ。9月に企画しているネットオークションに至っては、現地に足を運ぶ必要すらないことから、誘客効果はゼロとも言える。しかし、鉄道をきっかけとして岡山・備後エリアに関心を持ってもらい、岡山DC終了後も足を運んでもらう狙いがある。岡山支社内では「再びお客様に選んでいただける岡山・備後へ」がスローガンになっているという。

8月1日、JR西は岡山支社の事実上の解体を発表した。10月1日付けで間接部門の社員の大半が、岡山支社・広島支社・米子支社を統合して新設される中国統括本部(広島市)に異動する。岡山支社の名称は残るものの、間接部門の社員は現在の約190人から約40人へと、5分の1に減る。

岡山DCを機に心が1つになった現場と間接部門が、再び切り離される懸念もある。しかし、岡山での経験を中国地方全体に広げるチャンスと捉えることもできるだろう。地域や職種に関係なく、社員一人ひとりが「稼ぐ」意識を持ち続けることができるか。業績が回復基調に入ってきた今こそが正念場と言える。

(日経ビジネス 佐藤嘉彦)

[日経ビジネス電子版 2022年8月10日の記事を再構成]

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