東武鉄道やJR西日本、農産物を客室輸送 在来線生かす

どんなに大きな荷物でも、運賃は子供料金と同額――。これが、東武鉄道の結論だった。
東武鉄道は2021年8月2日から「有料手回り品料金制度」を導入した。事前に承認を受けた特定の企業・団体などの関係者がこの料金を支払えば、無料手回り品の枠(3辺の和が250センチメートル以内、重さ30キログラム以内の手荷物2個まで)を超えた荷物類を客室スペースに持ち込めるようにした。
料金は1回につき、持ち込む区間の子供運賃相当分となる。1カ月単位で利用でき、この場合は子供の定期券相当分とした。以前にも有料手回り品料金は存在し、大きな荷物やペットなどを持ち込む際に1回290円を徴収していたが、現在は無料となっていた。
制度を復活させたのは、鉄道による農産物の輸送を始めることにしたためだ。
直売所から売れ残りを東京へ
21年3月と6~7月に、東武東上線の列車を使って森林公園駅(埼玉県滑川町)から池袋駅(東京・豊島)へと農産物を運び、販売する実証実験を実施した。
売れ残った食品の情報を掲載して食品ロス削減につなげるアプリ「TABETE(タベテ)」を運営するコークッキング(東京・港)が中心となり、埼玉県東松山市周辺の農産物直売所で売れ残った農産物を、池袋駅で夕方以降に格安販売する取り組みだ。8月から毎週月・水・金曜日に定期的に実施することになった。
東武は03年に貨物事業を廃止しており、JRのように荷物輸送を事業申請するのはハードルが高いと判断。旅客輸送の範囲内で実現すべく、手回り品制度を用いることにした。
どんなに大きな荷物でも子供1人分と同じというのは安すぎるようにも思えるが、池田直人・営業統括部長は「もともと1回290円だったこともあり、国土交通省とも相談した結果、子供料金が適正だろうと判断した」と話す。
森林公園駅から池袋駅までは1回370円、1カ月8850円だ。荷物輸送には関係者の同乗が必要なのでさらに、1人につき1回740円、1カ月分の通勤定期券であれば1万7690円が東武の収入になる。
森林公園駅からの農産物輸送では、地元の大東文化大学の学生がスタッフとして同乗している。「荷物を置くスペースが必要なだけで、当社の手間はかからない」(池田氏)
もっとも、新幹線と違って荷物の専用スペースはなく、客室の一部を荷物用に使っている。荷物を載せるのは混雑していない時間帯であることが条件になる。この点、21年夏から始めた農産物輸送は、平日夕方に森林公園駅から池袋駅へ向かう列車に載せるため帰宅ラッシュと逆方向。クリアできている。

東松山市から都心までは約50キロメートル。トラックでも約50分で、列車で運ぶ場合と所要時間はそう変わらない。ただ、トラックの場合、渋滞に巻き込まれることもあり、到着時刻が読めない問題がある。コストの面でも、高速道路の通行料金より鉄道のほうが安い。
今回の取り組みは食品ロス削減という社会課題の解決に一つの狙いがあるが、収益性がなければ継続は難しい。その点で、鉄道を使う意義がある。
普通列車による輸送でローカル線を支えたい
同様の取り組みはJRでも始まっている。JR西日本は21年7月29日、伯備線の備中高梁駅(岡山県高梁市)から岡山駅(岡山市)へ毎週木曜日、農産物の輸送を始めた。東武とは異なり、同乗者なしで運ぶ。
伯備線には特急「やくも」が走っているが、この農産物輸送ではあえて普通列車を使っている。
その理由について、輸送を企画した岡山支社企画課ふるさとおこし本部の二反田陽介氏が説明する。「岡山支社のエリア内には特急列車が走っていないローカル線が多い。伯備線以外の普通列車も使って事業を展開し、乗客数の減少を少しでも補いたい」
特急列車と比べると、普通列車での荷物輸送は3つの点でハードルが高かった。
1つ目は東武の農産品輸送と同じく、特急列車のような車内販売用のスペースがないため客室に荷物を置く点だ。
21年1月から4回の実証実験を行ったが、そのうち2回は安全性の確認に費やした。荷物を載せた台車はバンドで壁面に固定するようにしているが「急ブレーキを想定した衝撃を与えて、何センチ動くかチェックした」(二反田氏)。同乗者なしで荷物を運ぶため、安全性の確保が最重要課題だった。

2つ目は、客室の混み具合の予測が難しいことだ。
普通列車は通勤・通学といった日常の利用で使われているため、特急列車と比べると日々の乗客数の変動が大きいという。例えばいつもは空いている時間帯でも、沿線の学校の下校時刻が早まると想定外の通学ラッシュになることがある。車掌から報告される乗客数のデータ、自動改札機の通過データなどを分析しながら、荷物を載せても乗客に迷惑をかけない時間帯を見定めた。
3つ目は、さまざまな車両が使われており、車内設備がバラバラという点。伯備線の普通列車には大きく分けて115系、213系という2種類の車両が用いられているが、その中にもいくつかのタイプが存在し、座席の位置などが異なっている。
どの列車にどのタイプが使われるかは運行ダイヤである程度決まっているが、ダイヤの乱れなどで変わることもある。荷物を積み込むスペースがない車両が来れば、輸送自体を取りやめるしかない。
3つの条件をクリアして設定されたのが、この農産物輸送だった。
「初期投資を全くしない」
JA晴れの国岡山(岡山県倉敷市)の農産物直売所「高梁グリーンセンター」には毎週木曜日の午後1時前後にヤマト運輸のトラックがやってくる。直売所で販売している野菜や果物など、約15種類150~180点が箱詰めされてドライバーに引き渡され、備中高梁駅へと運ばれる。
ただ、このトラックには農産物以外の荷物も載せられている。実は、二反田氏がこだわったのが「ビジネスとして成立するよう、初期投資を全くしないこと」。ヤマトの既存の集荷ルートを活用することでコストを抑えている。
ヤマトのドライバーは午後2時過ぎに備中高梁駅のホームまで出向き、普通列車が折り返す約10分の間に台車を最後部の乗務員室前のスペースに載せ、バンドで動かないように固定する。ここからは同乗者なしで岡山駅まで運ばれる。所要時間は約50分だ。

11月、荷物を運ぶ列車に乗ってみた。昼下がりの列車の乗客は少なく、各駅での乗り降りもほとんどない。岡山県第2の都市にある倉敷駅(倉敷市)からは乗客が増えたものの、それでも立っている人は皆無だった。この程度の乗客数なら、荷物に一部を占拠されていても何の支障もないと納得した。
午後3時19分に岡山駅に到着した荷物は、10分間の停車中に売店などを運営するジェイアールサービスネット岡山(岡山市)の係員の手によって降ろされ、午後4時ごろから改札横の売店で販売される。
輸送費とJR側の販売手数料が加算されるため、農産物直売所の価格と比べると1点につき数十円ほど高くなるが、それでも岡山市内のスーパーで売られるものに比べると割安。しかも「朝どれ」で新鮮とあって、毎週ほぼ完売する人気ぶりだという。

高梁グリーンセンターの小見山悟氏は「岡山市内に新鮮な農産物を送れるようになり、『きょうはこんなに売れとるわ』と喜ぶ生産者が多い」と話す。
JAを通じて卸売市場に送る一般的な市場流通の場合、同じ岡山県内でも店頭に並ぶまで2~4日ほどかかっていたという。スーパーなどと直接取引をすれば即日納入も可能だが、まとまった量が必要となるため、小規模農家には縁がない世界だった。
一方、農産物直売所は身近な販路ではあるものの、商圏が限られるうえ、委託販売のため売れ残ったら農家が引き取らなければならない。
岡山駅での販売はJR側の買い取りで、農家にとっては安定収入につながる利点がある。小見山氏は「なるべく新鮮で値ごろ感のある商品を選んで岡山駅に送るようにして、生産者のモチベーションを高めている」と話す。
急な車両の変更で輸送が中止に
ただ、課題もある。11月11日、農産物の輸送が急に中止となった。前日のダイヤ乱れによって、荷物を積み込むスペースがない車両が急きょ走ることになった。輸送が始まった夏以降、中止は2回目だ。
車両の変更が決まったのは前夜のことだった。小見山氏は「岡山駅での販売を見込んで、多めに出荷してもらうよう生産者に連絡していた。お願いしていた手前、地元でなんとか売り切りたいが……」と渋い顔だ。
JR西の二反田氏は「輸送の前日と当日の2回、どの車両が走るのか現場に確認することが欠かせない」と話す。JRが企画して駅構内で実施する農産物販売だからこそ「列車運行上の都合で中止の場合あり」という事前告知が許容されているが、販路を外部企業へ広げる際には、より安定的な輸送が求められることは想像に難くない。
荷物輸送という異質なもの
鉄道各社の荷物輸送の担当者は、旅客輸送を前提とした事業構造の中に荷物輸送という異質なものを組み込むことに苦悩している。
荷物輸送を定着させるには、荷物を置くスペースを確保した車両の導入や、駅での専用動線の確保など課題が山積している。現在のところは、コロナ禍で業績が大幅に悪化した鉄道業界にとって追加投資が難しく、現場の創意工夫や努力で乗り切っている。
JR西の長谷川一明社長は「荷物輸送を考慮した設備になっておらず、人手のかかる点が事業化の課題」と話す。アクセルを踏むかどうか、経営陣が判断する時期が迫っている。
(日経ビジネス 佐藤嘉彦)
[日経ビジネス電子版 2021年12月10日の記事を再構成]
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