糖尿病に挑むスタートアップ 診断から治療、教育まで

インスリンは100年以上にわたって糖尿病患者に病気を管理する手段を提供し、治療に革命をもたらしてきた。
もっとも、糖尿病を完治させるのは難しく、世界中で個人の生活に影響を及ぼし続けている。国際糖尿病連合(IDF)の「糖尿病アトラス」によると、2030年には世界で糖尿病を患う成人(20~79歳)は6億4300万人と、21年から20%近く増える見通しだ。
血糖値の測定からインスリンを投与する装置までテクノロジーの進化は徐々に進んでいるが、さらに費用対効果が高くインパクトの強い方法によりこの分野に創造的破壊をもたらそうとする企業にとって、機会はなお十分にある。例えば、スペインのオナラボ(Onalabs)は糖尿病患者が定期的に指先に針を刺して血糖値を測る必要がなくなるよう、汗から測定する機器を開発している。
今回の記事では、診断から血糖値モニタリング機器、教育プログラムに至るまで各社が糖尿病の治療にどう挑んでいるかについて取り上げる。

カテゴリーの内訳
教育&予防
糖尿病の管理と発症予防のために投薬管理や食事、継続的な治療を対象にした教育ツールを提供する企業。
米疾病対策センター(CDC)によると、米国の成人約9600万人が糖尿病予備軍で、8割はそのことを自覚さえしていない。こうした状況に積極的に対処するため、減量プログラムや食事指導、予防的なモニタリングアプリなどの予防策が講じられている。
・米GBヘルスウオッチ(GB HealthWatch)は糖尿病と闘うため、遺伝子検査の結果に基づいて個別の予防・治療計画を作成する。
生活習慣の改善と治療オプションについての教育は、糖尿病予備軍や2型の糖尿病患者の臨床上の成果にプラスの影響を及ぼし、治療費を抑えることが示されている。高リスク者が生活習慣の改善に関するプログラムを学ぶと、2型糖尿病の発症を抑えられることが実証されている。
・米ダイアビーツ・デイリー(Diabetes Daily)と英チェンジング・へルス(Changing Health)は糖尿病の管理を支援するため、指導付きの個別教育プランを開発している。
診断
人工知能(AI)や赤外線などのテクノロジーを活用し、糖尿病の診断推進や診断力の向上を図る企業。
・米デジタル・ダイアグノスティックス(Digital Diagnostics)はこのほど、シリーズBで7500万ドル(約100億円)を調達した。AIを活用し、糖尿病の合併症の一つである糖尿病網膜症について分析する。
血糖値測定機器
糖尿病患者は血液中のグルコースの濃度(血糖値)を一日中継続的に測定する必要がある。従来は指に針を刺して採血して計測していたが、このプロセスを自動化した低侵襲の新たなテクノロジーの開発が進んでいる。
・インドのビートオー(BeatO)は、インターネットに接続したモニタリング機器とアプリを手掛ける。糖尿病患者はリアルタイムで血糖値をモニタリングし、自分に適した治療法を勧めてもらう。
インスリン投与装置
糖尿病患者に必要量のインスリンを迅速かつ効果的に投与する装置を開発する企業。
インスリンの投与方法は長年かけて進化し、注射針と注射器を使う方法からインスリンを自動投与する装置へと移りつつある。患者は1日何度も注射する必要があるため、体への負担が少なく、自動化されたテクノロジーを歓迎している。
・スイスのセキュア(CeQur)とオランダのバイセントラ(ViCentra)は患者の需要に応じて薬を投与できる目立たない場所に装着するインスリンポンプを手掛ける。
・米グライテック(Glytec)は臨床試験で有効性が認められたアルゴリズム(計算手法)を活用し、患者のデータを分析してその患者の病院での投与量を最適化する。このシステムは最適な治療を確保するために投与量を継続的に自動調整し、警告を発する。
クローズドループ機器(人工すいぞうの一種)
血糖値のモニタリングとインスリン管理システムを組み合わせ、糖尿病の包括的な管理を支援する企業。こうした「クローズドループシステム」は糖尿病を管理する総合的な方法だ。
・イスラエルのドリーメッド・ダイアベティス(DreaMed Diabetes)と米キャピラリー・バイオメディカル(Capillary Biomedical、22年7月にタンデム・ダイアベティス・ケアが買収)は長期にわたる継続的な血糖値モニタリングと、アルゴリズムに基づいたインスリン投与システムからなる包括的な管理ソリューションを開発している。
消費者への直接販売(D2C)による消耗品の提供
検査や治療のための医療用品を消費者に直接提供する企業。
検査用品には血糖値モニタリング機器や、投与の必要性を判断する際の分析に使う血液サンプルの試験紙などがある。
・韓国のGCMedisなどのスタートアップは血糖値モニタリングに使うバイオセンサーと試験紙を手掛ける。独自の試験紙のデザインにより、感染を抑制する。
・オーストラリアのストリップド・サプライ(Stripped Supply)はサブスクリプション(定額課金)ベースで一人ひとりに応じた糖尿病関連用品を提供する。患者が必要なものを常に確保できるよう、自動かつ速やかに再注文される。
デジタル治療(デジタルセラピューティクス)
エビデンスに基づく研究を活用してソフトウエアやアプリを開発し、糖尿病を継続的に治療するために一人ひとりの患者に応じたオンデマンドの治療オプションを提供するスタートアップ。
このテクノロジーは患者が積極的に関与し、治療方針を守り、行動を変えるよう支援し、心身の健康を促して病気の管理能力を高める。
・インドのフィッターフライ(Fitterfly)や米オマダヘルス(Omada Health)などのプラットフォームは糖尿病の管理を改善するため、食事や運動、行動を変えるよう支援するデジタルセラピーを提供する。
こうした治療法は最近の進化により、子どもや大人を一段と引き付けている。
・米スプローテル(Sproutel)は1型糖尿病の研究支援団体JDRFと提携し、25年以上にわたって子どもの糖尿病患者を支えてきた対話型テディベア(熊のぬいぐるみ)「ルーファス」を改良した。改良版にはルーファスと連携するアプリが付いており、アプリ上でルーファスへの糖尿病治療を仮想体験してもらうことで、糖尿病の子どもとその家族が継続的な治療について学ぶ機会を提供する。
オンライン診療
オンライン診療は新型コロナウイルス下で多用されるようになった。糖尿病患者はこのサービスの恩恵を受けている。米アムウェル(Amwell)や米テラドック・ヘルスなどの主要遠隔医療プラットフォームの多くは糖尿病のオンライン診療プログラムを設けている。米ウォルマートなどの大手小売りも参入しており、他にもいくつかの注目企業がある。
・米スタビリティー・ヘルス(Stability Health)はオンライン診療と個別の健康指導をとり入れた一人ひとりに応じた治療計画を作成する。
・米ビーダヘルス(Vida Health)と米ライズヘルス(Ryse Health)は継続的な治療を支援するため、モバイルアプリによるオンライン相談と指導を提供している。21年以降、ビーダヘルスはシリーズDで1億1000万ドル、ライズヘルスはシード資金調達で300万ドル以上をそれぞれ調達している。
薬物療法
薬物の使用と薬物送達オプションによる糖尿病の新たな治療法を対象にしている企業。
検査のために指を針で刺したり、薬を注入するために注射したりするなど糖尿病の管理は困難を伴う。各社はこうした侵襲的な手段を減らそうと取り組んでいる。
・米RosVivo Therapeuticsは、健康状態によって変化する遺伝物質のマイクロRNA(miRNA)に関する技術を活用して、2型糖尿病の病状を改善する新たな治療法の開発に取り組んでいる。糖尿病の長期合併症を防ぐのが狙いだ。
眼科治療
糖尿病網膜症、緑内障、白内障など、糖尿病患者に多い目の合併症の治療を手掛けるスタートアップ。
糖尿病網膜症は米国の成人の失明原因のトップだ。米国立眼科研究所(NEI)によると、30年にはこの病気の患者は1100万人以上に達する。
・英オクスラー(Oxular)などは糖尿病黄斑浮腫の長期治療法を開発している。医学誌「ランセット糖尿病・内分泌学」の17年の研究によると、糖尿病患者の15人に1人が罹患(りかん)している。
足の治療
糖尿病による足の病気の発症を予防し、治療を改善するテクノロジーを開発しているスタートアップ。
研究では、糖尿病患者の15~25%が糖尿病性足潰瘍になることが示されている。これにより米国だけで糖尿病患者の医療費が90億~130億ドル増えていることも明らかになっている。
・米ポディメトリクス(Podimetrics)は足の温度をモニタリングし、足の潰瘍の発症を予測する家庭用スマートマットを開発している。同社は22年3月以降、シリーズCで4500万ドルを調達したほか、足の潰瘍を予防するために米国糖尿病学会(ADA)と提携している。
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