永久歯は不要 毎日20本歯が生え替わる気性の荒い魚

気性の荒い雑食性の魚リングコッド(Ophiodon elongatus)は、ナイフやフォークが雑然と仕舞われた引き出しのような口を持っており、500本以上あるその歯は、よく開く両顎に無造作に並んでいる。2021年10月13日付で学術誌「英国王立協会紀要B」に発表された新たな研究によると、リングコッドの歯は毎日平均で20本、抜けては生えてくるという。
人間がこれと同じような歯の仕組みを持っていたなら、毎日歯が1本ずつ生えかわることになるだろう。「歯列矯正も歯磨きもやるだけ無駄ということになるでしょう」と、論文の共同執筆者で、米ワシントン大学生物学教授のアダム・サマーズ氏は言う。
リングコッドの歯がこんなに速く入れかわっているというのは驚きだったと、同じく共著者で、ワシントン大学で摂食の生体力学を研究している博士課程の学生カーリー・コーエン氏は述べている。
「歯の生えかわりについての既存の研究の対象となってきた魚は、風変わりな例ばかりです」とコーエン氏は言う。たとえば、額にまで歯を生やすアンコウや、一度に全ての歯の4分の1を失うこともあるピラニアなどだ。「しかし、大半の魚はリングコッドのような歯を持っています」
そのため、大半の魚が日々大量の歯を失い、すぐに替わりとして新しい歯を生やしている可能性も大いにあるという。
待ち伏せ型の捕食者
リングコッドは釣り人に人気のどう猛な魚で、成魚では体長1.2メートルほどになる。待ち伏せ型の捕食者でもあり、共食いも頻繁に行う。米アラスカからメキシコのバハ・カリフォルニアまでの北米西岸沿いに生息しており、漁業者にとっては重要な魚だ。その理由の一つは「タコスに最適」であることだと、コーエン氏は言う。
かわいげのある魚ではない。「わたしはよく冗談で、リングコッドとは絶対に仲良くなれないと言うんです」と、米南フロリダ大学の学部生で、論文の筆頭著者であるエミリー・カー氏は言う。「リングコッドはだれかが水槽のそばを通ると飛び出そうとするんです。かまれたことはありませんが、チャンスがあれば必ずかもうとしてきたはずです」
貪欲なハンターであるリングコッドは、「口に入れられるものなら何でも食べます」とコーエン氏は言う。そして、その口の中では実にさまざまなことが起こっている。
「リングコッドには上顎と下顎があり、これは人間と同じですが、彼らのものはより可動性が高く、前に突き出すようにして大きく広げられます。口の中の口蓋を見れば、そこも歯に覆われているのがわかります」。そして、喉のずっと奥、食道の手前には、鰓弓(さいきゅう、鰓を支える骨)が変形してできた骨質の台に歯がたくさん生えている咽頭顎(いんとうがく)がある。
リングコッドが攻撃するときには、まず顎で前方の獲物を口の中に引き込んでから、咽頭顎でかみ砕いて細かくする。そのために、リングコッドは針のように鋭い歯を持っているが、これらは非常に壊れやすい。
では、どうすれば獲物にかみ付く力を鈍らないように保てるのだろうか。その戦略こそがどうやら、新しい歯をコンスタントに、大量に生やす、ということであるようだ。
サメとは違う仕組み
研究者たちは今回、一連の色素を利用して、歯の成長が視覚的に確認できるタイムラインを作成した。
はじめにリングコッドの稚魚20匹を、蛍光染料のアリザリンレッドを加えた水槽に12時間移す。アリザリンレッドは歯のカルシウムに引き寄せられるため、これにより数百本の歯が赤く染まる。それから10日間にわたって、20匹のリングコッドはふたつ目の染料となる緑色の蛍光カルセインにさらされる。すると、調査の第1日目から生えていた歯は赤に、それ以降に生えてきた歯は緑色に染まった。

カー氏がクリスマスカラーに染まったこれらの歯を丹念に数えて分類したところ、20匹のリングコッドの歯は合計1万580本にのぼった。
20匹の観察を終えたカー氏のチームが発見したのは、一本一本の歯はいったん生えたら、その役目を終えるまで同じ場所に留まるということだった。これは、同じく強力な歯を持つことで知られるホホジロザメのような例とは対照的だ。ホホジロザメの場合、歯は最初は顎の後ろ側に小さく生え、成長するにつれて前方に移動する。
研究者らはまた、歯が生えかわりやすい場所も特定した。「大きい歯が長く残っているわけでも、逆に小さい歯が頻繁に交換されるわけでもありません」とコーエン氏は説明する。リングコッドがかむときに「大きな力がかかると思われる場所では、歯の交換が速いことがわかりました」
では、リングコッドの歯が生えかわるきっかけは何なのだろうか。
実験の2つ目の条件として、この研究では、定期的に餌を与える魚と、何も与えない魚とを比較している。その結果、歯が生えかわるスピードには違いが見られないことがわかった。これは、リングコッドの歯は折れたことへの反応として生えるのではなく、人間の乳歯や大人の歯と同じように、遺伝的なタイミングに基づいて、抜けたり生えたりしていることを示唆している。
リングコッドの歯の生えかわりのスピードには驚かされたと、カー氏も言う。「歯は作るのにも交換するのにも大きなコストがかかるものだという考えがありますが、われわれの研究はこれを覆すものです」。カルシウムが豊富な海水の中では、歯を鋭く保つためにリングコッドがこれを大量に交換し続けるのは、明らかに価値に見合った投資なのだ。
変わり者ではないリングコッド
こうした歯の生えかわりパターンはこれまであまり知られてこなかったが、自然界ではさほど珍しくないのかもしれない。リングコッドの歯は、その数、種類、円すい形の形状などにおいては、ほかの硬骨魚類の歯とよく似ている。そのため、今回の研究はさまざまな系統の多くの種にとってのひな型となり、歯を順次染色する手法は「このパターンを実に美しく定量化してくれます」と、米カリフォルニア大学サンディエゴ校の材料科学・工学教授で、魚の歯を含む生体材料の研究を行っているマーク・アンドレ・メイヤーズ氏は言う。
米コーネル大学の生態学・進化生物学教授で、歯の発達を含む魚類の解剖学を研究しているウィリー・べミス氏は、この実験は画期的で、リングコッドのような比較的ありふれた魚の歯の生えかわりについての長年の疑問に答えるものだと述べている。なお、メイヤーズ氏もべミス氏も今回の研究には関与していない。
これまでは、魚類の歯の成長と喪失の割合を推定することは困難だった。「たとえばサメの場合、研究によって得られる最良のデータは汚水タンクの底に落ちている歯を回収して数えたものでした」とべミス氏は言う。そして、サメは落ちた自分の歯を食べているのが観察されていることから(おそらくはカルシウムを回収するため)、このデータは常にやや疑わしいものと考えられてきた。
そのため、今回のリングコッドの研究は、ほかの種にも応用できる手法を示した「重要なもの」だと、ベニス氏は説明する。メイヤーズ氏は、ピラニアで同様の研究を行ってみたいと述べている。
今回の研究結果は、歯というものはわれわれが考えていたほどかけがえのないものではないことを示唆している。抜けた歯を集めるといわれる「歯の妖精」には、教えない方がいいかもしれない。
(文 ELIZABETH ANNE BROWN、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年11月2日付]
関連リンク
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。