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賽銭もスマホ決済? ゆうちょ銀行「有料化ショック」

日経ビジネス電子版

筆者は中学・高校生の頃「500円玉貯金」に精を出していた。買い物の釣り銭に500円玉が含まれていると、せっせと500円玉貯金箱「30万円貯まるBANK」につぎ込んだ。熱心に続けるので、時々家族も協力してくれるようになった。

高校3年生の春、貯金箱がついに満杯になった。とてもうれしかったが、当時の筆者は受験生。特に使うあてもなく、勉強中に半透明の貯金箱を持ち上げては眺めるだけだった。

ある日、帰宅するといつもの場所に貯金箱がない。

筆者:「私の貯金箱は?」

筆者母:「ああ、夏休みのヨーロッパ旅行に使うことにしたよ。銀行でお札に替えてきた」

母と弟は、友人たちと夏休みに計10日間のヨーロッパ旅行に行く計画を立てていた。そのことは知っていたが、まさか自分の500円玉貯金が使われるとは思っていなかった。「みんなでためたもの」というのが母の主張だったが、それは筆者の認識とは大きく異なる。底がナイフで切り取られた空の貯金箱を見ながら家で勉強した夏休みの記憶は今でもよみがえる。

20年以上前の思い出ではあるが、これからは貯金箱に小銭をためても割に合わない時代になるのかもしれない。1月17日から、ゆうちょ銀行が硬貨を窓口やATMで預けたり、払い戻したりする際に手数料を取るようになった。硬貨入金で手数料を取るのはゆうちょ銀行が初めてではない。19年12月の三井住友銀行を皮切りに、20年4月からは三菱UFJ銀行、みずほ銀行とメガバンクはすでに大量の硬貨を預け入れる際に手数料がかかるようになっている。また、一部の都市銀行や地方銀行もこうした流れに追随している。

手数料は、預け入れる硬貨の枚数によって変わる。例えばゆうちょ銀行の場合、窓口の硬貨取扱手数料は50枚までは無料だが、51~100枚までが550円、101~500枚までが825円、501~1000枚が1100円、以降は500枚ごとに550円加算、というようになっている。

メガバンクの場合、入金手数料を徴収するのは窓口のみだ。ATMは対象外となっている。一方、今回ゆうちょ銀行が導入した硬貨取扱手数料はATMでもかかる。窓口では50枚まで無料であるのに対し、ATMでは1~25枚で110円。26~50枚で220円、51~100枚で330円となっている(ATMでの硬貨取り扱いは1回当たり100枚まで)。例えば500円玉1枚を預けると、約2割が手数料で消える。

そうした手数料の負担を避けようと、早くも混乱が起こっている。

空港や駅、ショッピングモールなどに機器を設置し、日本円を含む世界10通貨の硬貨を電子マネーやギフト券に交換できるサービスを提供するポケットチェンジは1月27日、日本円の硬貨大量投入が行われたことで障害が急増したため、サービスを一時停止した(2月9日から順次再開。日本円硬貨の取り扱いは終了)。硬貨の預け入れにかかる手数料支払いを回避するため、ポケットチェンジが代わりに利用されたと考えられる。

全国津々浦々に拠点を持ち、ユニバーサルサービスを提供するゆうちょ銀行であるだけに、手数料導入の影響はメガバンクの時より大きいといえよう。日本のキャッシュレス決済比率が29.7%(20年)と世界に比べて低いことからも分かるように、現金はまだ決済の主流である。とりわけ小規模商店は手数料が発生することによって収益が目減りする可能性がある。東京・文京区で洋菓子店を営むある店主は「キャッシュレスの手数料を払うのが嫌でこれまで支払いは現金に限定していたが、今後は考え直す必要がありそうだ」と話す。

「現金のコスト」が可視化される

クレジットカードや電子マネー、QRコードといったキャッシュレス決済を導入すると、取引額の1~3%程度、手数料が発生する。導入を敬遠する事業者が多い理由でもあるが、現金の取り扱いに関しても、実はコストがかかっている。

例えば、ATM機器の値段は1台300万円程度。また警備や監視システムだけで1台につき毎月約30万円かかるといわれている。ほかにも、作業にかかる人件費、現金輸送費など、コストの内訳は多岐にわたる。ボストン・コンサルティング・グループの推計によれば、日本全体でその額は年間当たり計2兆円にも及ぶという。

費用を利用者側が負担することはこれまでほとんどなかった。だが、長引く低金利で銀行の収益環境は厳しい。サービスを維持するためにも、利用者から手数料を徴収しなければならなくなったということだ。現金にかかるコストが「可視化」されたといってもよいだろう。日本銀行によれば、22年1月の貨幣流通高(世の中に出回っている硬貨の金額)は5兆394億円。通貨全体の流通高124兆円の約4%を占める。

お金にまつわる動向を調査するマネーフォワードFintech研究所長の瀧俊雄氏は「硬貨取り扱いの有料化は、小規模商店におけるキャッシュレス決済の普及を後押しする1つのきっかけになるだろう」と話す。

小規模商店以外からも戸惑いの声が上がっている。寄付の多くを硬貨で受け取る慈善団体はその代表格だ。例えば全国に約1万8000の募金箱を設置し、集まった募金を盲導犬の育成等を通じた視覚障がい者の自立支援に活用している日本盲導犬協会。募金を金融機関に振り込む際に手数料がかかるようになったことで「『皆さまからの浄財をそっくりそのまま協会に届けられなくなった』と、募金箱の設置に協力いただいている方々から戸惑いの声が出ている」(日本盲導犬協会の担当者)という。

金融機関によっては、災害時の義援金や募金を目的とした入金の場合に手数料がかからない口座を開設することも可能だ。だが同協会が昨年、ゆうちょ銀行にこうした免除口座の開設を申請したところ、許可されなかったという。

多くの賽銭(さいせん)を扱う神社仏閣も、手数料問題に頭を悩ませている。1円玉や10円玉が多いため、どうしても手数料は高くなりがちだ。だが最近では新型コロナウイルス禍を受けた新しい生活様式に適用すべく、賽銭をキャッシュレスで受け付ける所も増えてきた。

例えば東京の神田明神では21年1月1日より、みずほ銀行が提供するQRコードを活用したスマホ送金・決済サービス「J-Coin Pay(ジェイコインペイ)」で賽銭を奉納できるようになった。ほかにも主だったところでは、東京の愛宕神社が年始の特定の日のみ楽天Edy(エディ)、楽天Pay(ペイ)を導入しているほか、京都の東本願寺でもジェイコインペイや中国銀聯(ユニオンペイ)のQRコード決済が利用できる。

手数料問題がクローズアップされることで、「QRコード賽銭」需要の高まりが予想されそうだ。だが、国内のQRコード決済の中で最も大きいシェアを持つPayPay(ペイペイ)は、QRコード決済で寄付することを規約違反としており、賽銭に使うことはできない。なぜか。

宗教界からはキャッシュレスに懸念の声も

ペイペイの電子マネー「ペイペイ残高」には、マイナンバーカードなどを登録し本人確認をした後に利用できる「ペイペイマネー」と、本人確認がなくてもヤフーカードやセブン銀行ATMからチャージして利用できる「ペイペイマネーライト」など、いくつか種類がある。

いずれの電子マネーも譲渡することは可能だが、譲渡された側が銀行口座などに引き出しできるのは、本人確認を済ませることが条件で、ペイペイが資金移動業者として発行するペイペイマネーのみ。ペイペイマネーライトはあらかじめ代金を支払って購入し、商品やサービスの対価として使用できる証票やポイントといった前払い式支払い手段に当たるため、譲渡された側は銀行口座などに出金はできない。よって、同じペイペイ残高でも法制度上の観点から寄付ができるのはペイペイマネーだけとなっている。

ペイペイによれば、ペイペイ加盟店のQRコードはシステム上、ペイペイマネーだけでなくペイペイマネーライトなど他の電子マネーも受け取れるようになっていることもあり、一律で寄付を禁じているのだという。だが「寄付に使いたいとの問い合わせも多くいただいており、将来的には既存の仕組みを変えることで対応できるよう検討している」(ペイペイ担当者)という。

賽銭のキャッシュレス化に対しては、懸念の声もある。京都府内の約1000の寺院が加盟する京都仏教会は19年、「キャッシュレス化は宗教活動には不適切で受け入れない」とする声明文を発表している。反対の理由として、(1)参拝者や信者の行動がスマホ決済事業者に把握されてしまうことで「信教の自由」が侵害される恐れがあること(2)キャッシュレス化が進むと現在は非課税となっている布施や拝観料が、将来的に課税されるようになる可能性があること――を挙げている。

寺院の収益には、非収益事業と収益事業の2種類がある。前者は賽銭や布施、拝観料といった宗教活動にかかる事業から得られる収益で、課税されない。後者は不動産賃貸や物品販売といった事業からの収益で、課税対象となる。宗教法人は教義を広める、信徒の教化育成を行う、といった公益性の高い活動を行うことから税務面でも配慮されているわけだ。

京都のある寺院関係者は「中小規模の寺院の場合、2つの事業の財布を明確に分けておらず『どんぶり勘定』となっているケースがほとんど。これがキャッシュレスとなれば収支の中身がおのずと明らかになってしまう。税の捕捉が進むことを懸念している部分もあるのでは」と話す。

金融機関による硬貨の取扱手数料が及ぼす影響がこれほど多岐にわたるとは、ほとんどの人は想像できなかっただろう。日常生活に欠かせないお金は、人々の生活様式や慣習、文化に深く根付いている。既存のものとの折り合いをいかにつけるか。変化にどのように対応していくのかは、今後の課題といえる。

(日経ビジネス 武田安恵)

[日経ビジネス電子版 2022年2月8日の記事を再構成]

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