欧州自動車ショー コロナ対応とEVシフトの類似点

「今年のモーターショーは、ぜひ対面でやりたい」。9月6日に開幕した欧州最大級の自動車展示会、独ミュンヘン国際モーターショー。4月に事務局広報の知り合いと話すと、新型コロナウイルスの感染拡大で、当時はまだ欧州内の出入国が制限されていたにもかかわらず、対面開催への意欲をたぎらせていた。夏から移動制限が緩和されたことで、対面での大規模展示会の開幕が実現した。
対面開催にこだわっていた背景には、欧州最大規模の提示会の開催を経済正常化の象徴にしたいという思惑があった。ドイツでの国際自動車ショーが70年ぶりにフランクフルトからミュンヘンに移る節目だったという理由もありそうだ。さらに、新型の電気自動車(EV)のアピールの場にしたいという意思もあった。欧州委員会が2035年にエンジン車の実質販売禁止を提案し、EVシフトが加速している。足元でもEV販売が急増しており、欧州各社は新しい市場を争奪することに躍起だ。
21年に入り、欧州各社はEVシフトの戦略を次々と発表してきた。ただ、それはオンラインでの発表がほとんどであり、実際のEVを媒介としたリアルでのコミュニケーションの機会は少なかった。今回はその実物を披露し、触れたり試乗したりする機会を設けている。今回は多くの写真を用いてモーターショーの雰囲気をお伝えしたい。
モーターショーの口火を切ったのは、独ダイムラーだ。プレスデーの前日に前夜祭を開催し、EVの新型車を一気に公開。ダイムラーの高級車事業会社、メルセデス・ベンツは、既に30年までにEV専業になる可能性を示している。オラ・ケレニウス社長は、「EVファーストからEVオンリーに」という得意のフレーズを繰り返した。

同社が最優先で取り上げていたのが、新型EV「EQE」だ。同社のエンジン車のラインアップは高級車のSクラスやEクラスがある。既にSクラスのEV版のEQSが発表されており、今回はEクラスのEV版を発表した。スポーツカーのようにフロントが低く、従来のEクラスとは異なる印象を受ける。電池容量は約90キロワット時で、1回の充電当たりの航続距離は最大660kmだ。
来場者の人気を集めていたのは、多目的スポーツ車(SUV)「Gクラス」のEV版の「EQG」のコンセプト車だ。Gクラスは角ばったデザインで、世界的にもファンが多く、日本でも芸能人の間などで人気が高い。EQGでもスクエアなデザインは健在。詳細は明らかにしなかったが、プレゼンテーションの映像では未舗装の急な斜面を駆け上がるなど、オフロードでの走行性能をアピールしていた。

会場の様子は、コロナ禍ならではだった。経営陣はプレゼン時こそマスクを外すものの、来場者と同じフロアに立てばマスクを着用。来場者も全員がマスクをしながら、ケレニウス社長を囲んでいた。立ち話の機会はあるものの、声が聞き取りにくいのが難点だ。
VWがエントリーモデルのEVを発表
世界のEVシフトをけん引する独フォルクスワーゲン(VW)は、メルセデスとは反対に低価格の新型EV「ID.ライフ」を発表した。同社は昨年、初の量産EV「ID.3」を発売する際に低価格でEVの大衆化を訴えたが、実際は3万ユーロ(約390万円)以上で、それほど安くなかった。

今は電池コストが高いため「EVは金持ちの乗り物になる」と批判があり、VWには大衆向けのEVが不可欠である。ID.ライフの価格は約2万ユーロ(約260万円)で、VWの1つの回答と言える。低価格を実現するために、様々な工夫を凝らしている。インテリアは簡潔なデザインで、未来感を出すと同時にコスト削減の努力の跡がうかがえる。電池容量は57キロワット時で、1回の充電当たりの航続距離は約400kmと、高級車に比べて短くなっている。
スペインの工場で生産し、25年に発売する予定だ。シュコダ(チェコ)やセアト(スペイン)などグループの量産ブランドでも派生車種を展開する。低価格の一方で、スマートフォンなどを車内で使いやすい設計となっており、若者のEVユーザーを増やすことも狙う。
VWの前夜祭はユニークだった。冒頭はVWが出資した米スタートアップ、アルゴAIのブライアン・サレスキーCEOとVWのディース社長が自動運転車について議論。その後は、記者たちはマスクをしながら、VWの経営陣と意見を交わし合うイベントになった。ディース社長はマスクを外してソファに腰掛け、EVと自動運転の未来を語っていた。

ボッシュはEV関連の売上高が10億ユーロ超に
EV時代の陰の主役であるサプライヤーも意気軒高だった。自動車部品の世界最大手、独ボッシュのフォルクマル・デナー会長は、「今年のEV関連の売上高は10億ユーロ(約1300億円)を超えそうだ」と胸を張った。特にモーターやギアなどが一体となった電動アクスルなどの販売が好調で、25年までにはEV関連の売上高が5倍に伸びるという。

実用性が高そうなのが、新開発の充電ケーブルだ。パワートレイン・ソリューション事業部長のウヴェ・ガクシュタッター氏に話を聞くと、自家用車用のケーブルをスマホで見せながら、身ぶり手ぶりでその利点を解説してくれた。
従来は家庭用と路上用などの充電システムに対応し、2本のケーブルを常備するケースがあったが、ボッシュは双方の用途に対応するケーブルを開発。従来のコントロールボックス付きの充電ケーブルに比べ平均で40%軽量化し、携帯しやすくなったという。22年に発売する予定だ。
自動車メーカーの開発をアシストする動きも加速している。独部品大手のZFは、「モジュラーeドライブキット」を発表した。EVに必要なモーターなどのパワートレインとそれを制御するソフトウエアを一体化して提供。自動車メーカーの電動化車両の開発期間を最大50%ほど短縮できるという。
経済正常化に向け試行錯誤を繰り返す
今回のモーターショーの注目点の1つは、コロナ対応だった。事務局は、来場者にワクチン証明やコロナの陰性証明を求めた。入り口ではそれらの書類をチェックしてから、入場できるようになる。コロナの検査会場が併設されており、すぐに検査を受けられる態勢もある。実際に予約なしで訪れると並ばずに検査を受けられ、15分ほどで結果をメールで受け取り、すぐに陰性証明の書類も発行してもらえた。
広い展示会場の屋内ではマスク着用が求められ、1日中マスクをしたまま歩き回ることになった。英国でもサッカーやテニスの試合など観客の入った大規模イベントを実施しているが、マスクは着用していない。ロンドン在住の筆者は、これだけの人数がマスク着用で集まり、コミュニケーションをとっている様子を欧州で初めて見た。
各社の対応は様々で、チグハグな面もあった。ブースに入れる人数を制限し、人が密集しないようにしているものの、インタビューのブースはごった返している会社があった。また、同じ会社の担当者を相手に同じ部屋でインタビューをしているにもかかわらず、マスクを着用している対応者がいたり、マスクをせずに至近距離でインタビューを受けたりする人もいた。各社のプレゼンテーションには、多くの人が密集する傾向があった。
欧州のコロナ感染拡大の状況は様々だ。夏休みが終わり学校が再開しているため、感染が再拡大する可能性もある。それでも、可能な限り正常化に向けた取り組みを試す。メルケル独首相はコロナ前と同じようにモーターショーに足を運んだ。その是非はあろうが、コロナ下の欧州各地では、人が移動しながらも感染拡大を防ぐための経験値を積んでいることは確かだ。
その点では、EVシフトも欧州らしいチャレンジと言える。電池コストや充電インフラなど、問題が山積みなのは間違いない。しかし、二酸化炭素(CO2)削減という時代の要請を受け、欧州勢はあの手この手でEVシフトを実現しようとしている。試行錯誤の中で、新しい自動車産業のあり方を見つけていこうとする姿は、大規模イベントの開催など経済正常化に向けたコロナ対応のあり方と重なって見えた。
(日経BPロンドン支局長 大西孝弘)
[日経ビジネス電子版2021年9月9日の記事を再構成]
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