/

セブン&アイ、そごう・西武売却で企業価値なぜ上がる

ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説

セブン&アイ・ホールディングスが傘下の百貨店事業会社、そごう・西武を売却する方向で最終調整に入ったと報道されました。不振の百貨店事業を手放し、海外を中心に成長を見込むコンビニエンスストア事業に経営資源を集中することで企業価値を高めるのが目的です。なぜコンビニ事業への集中によって企業価値が上がるのでしょうか。グロービス経営大学院の斎藤忠久教授が「企業・事業価値評価」の観点で解説します。

【解説のポイント】
・下火の百貨店事業ながら自社の他業態との相乗効果を狙ったがうまくいかず
・コンビニ事業に資金をシフトすることで業績全体が上向くと投資家は期待

市場縮小下の買収

セブン&アイは2006年にミレニアムリテイリング(現そごう・西武)を子会社化し、百貨店事業に進出しました。当時、すでに百貨店市場は縮小に向かっており、07年に大丸と松坂屋(現J・フロントリテイリング)、08年には三越と伊勢丹(現三越伊勢丹ホールディングス)がそれぞれ経営統合し、規模の拡大によって生き残る動きに出ていました。一方、セブン&アイは百貨店を買収することで幅広い顧客層を取り込み、コンビニから百貨店までそろえる「総合小売業」の構築を通じて企業価値を高めるねらいでした。

欧米では百貨店とコンビニの顧客層は異なりますが、所得格差の小さい日本ではオーバーラップしています。消費者が百貨店に求めるものは「人とは違う特別感」で、高くてもレアな商品や最先端のファッションの品ぞろえが競争力に直結します。そうしたなかで「世界でも最も対応が難しい日本の顧客ニーズに応えるには、流通の各業態が複合的に結びつき、情報を共有し、グループとしてのシナジーを出していく必要がある」というのが、セブン&アイの鈴木敏文会長(当時)の持論でした。

シナジー見込む

異なる業種を統合してシナジーを生み出すことが、セブン&アイの百貨店事業買収の背景にあったわけです。シナジーとは相乗効果のことで、2つ以上の事業を有機的かつ統合的に運営して個々の価値を上回る価値を生み出していくことです。

ファイナンスの観点で説明すれば、セブン&アイの場合、コンビニ事業とスーパー事業、百貨店事業を統合的に運営した場合の企業価値が、ばらばらに各事業を運営した場合の企業価値を上回ると見込んでいたということです。

企業価値は、その事業が生み出す将来のキャッシュフロー(フリー・キャッシュフロー、FCF)を、その事業のリスクの大きさに見合った割引率(加重平均資本コスト、WACC)で現在価値に割り戻したものとなります。これを数式で表すと「企業価値=FCF÷WACC」となります。

WACCは資本コスト(企業の資金調達に伴うコスト)の代表的な計算方法です。投資家の要求を満たすためには、事業計画の収益率は資本コストを超える必要があります。

したがって、セブン&アイの場合、(FCFコンビニ÷WACCコンビニ)+(FCFスーパー÷WACCスーパー)+(FCF百貨店÷WACC百貨店)よりも、FCF(コンビニ+スーパー+百貨店)÷WACC(コンビニ+スーパー+百貨店)のほうが大きくなれば良いわけです。

事業赤字に転落

グループ全体のWACCはそれぞれの事業の事業価値と、各事業に係るWACCの単なる加重平均値(値の重みを加味して算出した平均値)ですので、事業の統合による影響は受けません。シナジーの源泉は、異なる事業を有機的に統合運営することで①百貨店の顧客がスーパーやコンビニに流れて全体の売上高が増える②商品を共同で開発・製造し全体の製造コストが下がる③事業管理を一体化して広告宣伝費など販売管理費を抑える――ことなどにより、フリー・キャッシュフローが増えることにあります。このシナリオ通りに事業を運営できれば、グループ全体の企業価値、ひいては株価・時価総額も上昇していくはずです。

百貨店事業の買収後、セブン&アイはプライベートブランド(PB)商品「セブンプレミアム」の育成を最優先で進めました。21年2月期には売上高が1兆4600億円と、PBでは国内最大の規模に成長しました。ところが、新型コロナウイルス渦に伴う消費行動の変化への対応が遅れ、22年2月期には前年割れとなる見込みです。

かつて百貨店が担っていた情報・文化の発信はインターネットに移行し、百貨店事業の地盤沈下は進んでいます。新型コロナ渦で在宅勤務の普及や消費者の郊外シフトが加速し、ターミナル駅併設の大型百貨店の集客能力も衰えました。外国人観光客の激減も追い打ちをかけ、セブン&アイの百貨店事業は赤字になってしまいました。

投資家は「売却」評価

そごう・西武買収後の06年6月末に3770円だったセブン&アイの株価は21年12月末に5056円と、1.34倍になっています。しかし、この間の日経平均株価は1.86倍まで上がっています。

一方で、1月、米国の投資会社アーティザン・パートナーズやバリューアクト・キャピタルがセブン&アイに対し、コーポレートガバナンスの強化と部門売却を求める書簡を送りました。バリューアクトが公開書簡を送った1月25日からそごう・西武の売却計画報道直後の2月1日の間だけでセブン&アイの株価は11%上昇しています。この間の日経平均は1.8%のマイナスでした。明らかに株式市場は米投資家の提言と、これに基づいてセブン&アイが百貨店事業を売却することを期待し、セブン&アイの株価、企業価値が高まったと言えます。

事業部門の売却によってなぜ株価が上昇するのでしょうか。セブン&アイでは経営資源が各事業に分散されるなか、構造的に成長を期待できずグループ全体の業績の足を引っ張ってさえいる百貨店事業にも必要以上に資金が費やされてきました。この「お荷物事業」を売却し、回収した資金を今後の成長が見込まれるコンビニ事業に集中投資すれば、グループ全体の業績も上向くとの期待が投資家の間で強いからです。同社としても、百貨店の不振を1つの原因として低迷していた株価が力強く上昇することを期待しての決断というのが、今回の事業売却検討の背景と言えるでしょう。

さいとう・ただひさ
グロービス経営大学院教授。富士銀行(現みずほフィナンシャルグループ)からコンサルティングファームに出向、マーケティングおよび戦略コンサルティングに従事。その後、音響機器メーカーのナカミチで取締役最高財務責任者(CFO)と米国持ち株子会社の副社長兼CFO、米国通信系ベンチャーの日本法人代表取締役社長、エンターテインメント系ベンチャーの専務取締役、モバイル向けコンテンツ配信企業エムティーアイで取締役兼執行役員専務CFOを歴任。

「事業価値評価」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/38848dba/(「GLOBIS 学び放題」のサイトに飛びます)

【お知らせ】「メタバース時代のプラットフォーム」を生解説 16日イベント開催
日経電子版は2月16日(水)午後7時30分~午後8時30分、GLOBIS学び放題との連携イベント「『メタバース時代のプラットフォーム』グロービス講師が生解説」を開催します。過去の「ビジネススキルを学ぶ」で公開された「アップル対フォートナイト 独占巡り強者同士が激突」の動画をもとに、グロービス講師の金子浩明氏が新旧プラットフォームの戦略やメタバースの開発競争による影響などをお話しします。 電子版有料会員とGLOBIS学び放題会員のみ無料で参加可能な限定イベントです。事前質問も受け付けています。こちらのサイトhttps://www.nikkei.com/live/event/EVT220201005)からお申し込みください。
ビジネススキルをもっと学びたい方はこちら

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

日経産業新聞をPC・スマホで!

スタートアップに関する連載や、業種別の最新動向をまとめ読みできる「日経産業新聞」が、PC・スマホ・タブレット全てのデバイスから閲覧できます。直近30日分の紙面イメージを閲覧でき、横書きのテキストに切り替えて読むこともできます。初めての方は、まずは1カ月無料体験!

日経産業新聞をPC・スマホで!

スタートアップに関する連載や、業種別の最新動向をまとめ読みできる「日経産業新聞」が、PC・スマホ・タブレット全てのデバイスから閲覧できます。直近30日分の紙面イメージを閲覧でき、横書きのテキストに切り替えて読むこともできます。初めての方は、まずは1カ月無料体験!

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

セレクション

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン