フレンチテックのミラクル「日本のECはまだ伸びる」

――日本の電子商取引(EC)化率は8.78%(2021年時点、経済産業省調べ)。新型コロナウイルス禍を経てなお、欧米や中国と比べて低水準にとどまっています。Mirakl(ミラクル)は世界40カ国以上で企業のECサイト構築を支援し、22年には東京にオフィスを構えました。日本のEC市場の現状をどのように見ていますか。
「私はフランスのパリで生まれ育ちましたが、22年に初めて東京を訪れて実感したのは、出店密度の高さです。1つのビルに多数の店舗が入っている。パリの市街地でショッピングするよりも、一度に多くの店舗を見比べることができます」
「日本は特に都市部の人口密度が高いという事情もあって、諸外国と比べてECサイトの普及がゆっくりと進んできました。そうした側面は確かにありますが、私は日本のEC化率がなかなか上がらない本当の理由は別にあるとみています。企業側がECへの投資を積極的に行ってこなかったからではないでしょうか」
「どれだけ実店舗が充実していても、本当に良いEC体験を提供できれば、また使ってみようと思ってもらえる。それは米国で証明されています」
「15〜20年前は米国でも『ECは不便だ』と敬遠されていました。『店舗に足を運んで商品を見て触って判断したほうがいい』と考えられていた。休日になると、車を走らせて家族でショッピングモールに行き、そこで1日中過ごすのが定番でした」
「しかし、今や米国ではショッピングモールはビジネスとして苦戦し、閉鎖が相次いでいます。メイシーズやノードストロームといった大きな百貨店さえも、デジタルに大きな投資をしています」
「メイシーズは22年夏、ミラクルのプラットフォームを活用して、自社通販サイトの品ぞろえを強化しました。メイシーズのジェフ・ジェネットCEOは、『自分たちが大きなマーケットプレイスにならなければ、生き残れない』語っています」
「私は、日本でも同じことが起こるという確信を持っています」
どんな企業でも「マーケットプレイス」になれる
――マーケットプレイスとは、インターネット上で売り手と買い手をつなぐ仕組みですね。「アマゾンマーケットプレイス」が有名ですが、様々な企業が自由に出品できるのが特徴です。利用者としては一度に多くの商品を見比べることができる。
「その通りです。ミラクルが提案しているのは、まさに『マーケットプレイス型』のECサイトです」
「実際にメイシーズはマーケットプレイス化することで、若年層の取り込みに成功しました。扱う商品を自社ブランド以外に広げることで、『幅広くなんでもそろうメイシーズ』という消費者認知を獲得できたのです」


「日本の企業がネット販売に力を入れる場合、巨大ECサイトである楽天市場や米アマゾン・ドット・コムに出品するか、自社でECサイトを立ち上げるのが一般的でした。ミラクルが目指すのは、楽天・アマゾンでも、自社サイトでもない『第3の選択肢』です」
「メイシーズのように、自社の通販サイトをマーケットプレイス化できる。それが我々のソリューションです。世界約5万社の商品の中から自由に選んで取り扱える。自社で在庫を抱えなくてもいいというメリットもあります」
――5万社の中にはスポーツ用品大手の独プーマや紳士服大手の独ヒューゴ・ボス、玩具大手のデンマーク・レゴグループなど、世界的企業も多く名を連ねています。ある意味、厳選された商品リストの中から自由に選んで自社サイトの品ぞろえを強化できるというアプローチは、とてもユニークです。
「オンラインの世界では実店舗と違って、物理的な面積に左右されず、様々なアイテムを出品できます。日本でオンラインショッピングといえば、楽天市場やアマゾンというイメージがあるかもしれませんが、どんな企業でも両者のように多彩な商品が集まるプラットフォームになれる、というのが我々の提案です。個々の企業がプラットフォームになることで、はるかに大きな価値を創造できると考えたのです」

「私自身、12年にミラクルを創業してからのこの10年間、世界各地で多くの経営者と対話を重ねてきました。共通していたのは、どの企業も生き残りをかけてマーケットプレイスにかじを切っているということです」
「企業は常に市場の圧力にさらされています。小売業界を例にすると、メーカーからは『もっと高値で買ってくれないか』と頼まれ、利用客からは『もっと安くならないか』と求められる。オンライン販売に特化する企業も現れ、メーカー自らECサイトを開設するようにもなりました」
「事業環境が激変する中、今やどの企業もオンラインにビジネスを拡大しない限り、大きなリスクがあることを分かっていただきたい。市場シェアをみすみす他社に奪われ、これまで築き上げてきた地位が脅かされる可能性すらあります。それを避けるためにも、マーケットプレイス化は大きな武器になります。様々な企業の商品がワンストップで購入できる。利便性が高まり、利用者の拡大が望めます」
――日本進出の手応えはいかがですか。
「今のところとても手応えがあります。(日本法人社長の)佐藤恭平さんを筆頭に、とても良いチームメンバーを採用できていますし、23年に入ってからも次々と新戦力が入社しています」
「日本では、22年秋にファッション通販サイトの『GLADD(グラッド)』『GILT(ギルト)』を運営するla belle vie(ラベルヴィー、東京・港)がミラクルのマーケットプレイスを採用しました。これが日本における第1号の導入事例です。ミラクルはこれまで世界40カ国以上でサービスを展開していますが、これまで進出した国の中で、最も早く最初の契約を結ぶことができました」
「私自身も22年11月に来日し、数々の経営者と商談を重ねました。誰もが知っているような、名だたる企業の方ばかりです」
「その結果、ますます確信を持ったのは、日本はまさに10年前、我々が欧州でビジネスを始めたときの状況だということです。多くの経営者がEC事業について『何から始めたらいいのか』と悩んでいる。日本のEC化率は、確かに米国や欧州、中国には及びませんが、これから必ず伸びていくと実感しました」
フレンチテック、3つの成功要因
――日本にはユニコーン(企業価値10億ドルを超える未上場企業)が数えるほどしか育っていないという課題があります。ミラクルの企業価値は35億ドル(約4700億円)。フランスは近年、急激にユニコーンを増やし、現時点でミラクルをはじめ、25社(CBインサイツ調べ)を輩出しています。「フレンチテック」が世界を席巻するようになった要因は何ですか。
「成功要因は3つあると思います。1つ目は質の高いエンジニアが集まっていることです。フランスには、非常に優れたエンジニア向けの教育機関が複数あります。だから、もともと技術力は高かった。チーズとワインだけじゃないんですね(笑)。ハイテク分野でフランスは非常にいい商品を生み出してきました」
「ただ、こうしたハイテク企業の多くが世界展開を諦めてしまっていました。それは、資金を出してくれる投資家があまりいなかったからです」
「こうした状況を変えたのが、マクロン大統領です。『25年までにフランス発ユニコーンを25社創出する』と宣言し、ハイテク企業への支援策を次々と打ち出したことで、フランスのスタートアップの資金調達額は急増。ドイツを抜き、欧州連合(EU)でナンバーワンになりました。結果、ユニコーン25社という目標は3年以上前倒しで達成しています」
「もともと技術力が高く、いいハイテク商品を生み出せる土壌があったところに、果敢にチャレンジできる資金的な裏付けができ、成長への投資や海外展開を恐れなくなった。ミラクルも既に日本で数億円単位の投資を決めています」
「起業家の育成プログラムも充実しています。17年、パリに開設した『ステーションF』は世界最大のスタートアップキャンパスです」
「その名の通り、歴史ある駅舎を改修した施設で、面積は約1万坪(約3万3000平方メートル)。1000人以上の起業家と100人以上の投資家がここに集まり、スタートアップが生まれて育っていくエコシステム(生態系)が形成されています」
「『ステーションF』はフランスの通信大手イリアッドグループの創業者であるグザビエ・ニール氏が2億5000万ユーロ(約360億円)を投じて完成させました。ニール氏は我々ミラクルの出資者でもあります。この15年間で、彼のようなロールモデルとなる起業家が生まれてきた。これが2つ目の成功要因です」
「これまでフランスでは大企業への就職を目指す学生が多かった。私はHEC経営大学院というパリのビジネススクールで学びましたが、私の在学時は起業したいという人は誰もいませんでした。『将来はこの人のようになりたい』と憧れられる起業家がたくさん出てきたことで、起業を目指す若者は着実に増えています」
「3つ目の成功要因は、抜本的な税制改革が行われたことです。そのおかげで、より多くの海外のベンチャーキャピタルがフランスのスタートアップに出資できるようになりました。これら3つの条件がそろったからこそ、フランスは変われたのだと私は思います」
「GAFA」とは一線を画す
――「GAFA」と呼ばれる米国のテックジャイアントとの最大の違いはなんですか。
「『GAFA』は世界を征服したいという思惑が見え見えですよね。自らが持つデータを、いかに自分たちの側にとどめるか、自らの利益をいかに最大化するかを重視しているように見えます。米国のスタンダードを、他の国に押し付けているに等しいと思います」
「一方、我々は進出国におけるビジネスの進め方をもっと尊重しようと考えています。我々はデータを独り占めしようとは考えていません。パートナー企業とともによりよいECサイトを構築したいと考えている。そこが、GAFAとは根本的に異なっています」
――日本でビジネスを広げる上で課題はありますか。
「日本特有の課題はありません。日本の企業は今まさに、EC事業を拡大しようとしていますから。ビジネス需要は大きいし、マーケットプレイスという選択肢がどの業種でも成立する素地が整っていると思います」
「大事なことは、我々がきちんと日本に根を下ろすことだと考えています。東京にオフィスを開設したときも、我々単独ではなく、数々の海外企業の日本進出を支援してきたジャパン・クラウド・コンピューティング(東京・港)と合弁会社を設立しました」
「その上で、マネジャー、マーケティング、販売、カスタマーサポートと矢継ぎ早にコアメンバーを採用しました。目に見える形で進出の意気込みを示したかったからです」

「我々はこれまで米国、英国、ドイツで現地法人を開設してきました。日本法人が立ち上がり、今では従業員の過半数がフランス以外の出身者となりました。人材面でも国際化できていると思います」
「日本法人には、ミラクル創業時からのパートナーであるカマル・キルパラーニ氏にもボードアドバイザーとして着任してもらいました。『日本でも大成功できるように、立ち上げからぜひ後押ししてほしい』とお願いしています」
――今後、ミラクルを通じてどんな世界観をつくっていきたいですか。
「ミラクルは、企業のビジネスモデルを変革するお手伝いをしています。マーケットプレイス化を進めることが第一歩ですが、その需要が一巡しても支援を続けていきます」
「例えば、楽天グループも楽天市場というECモールを入り口として多数のユーザーを得て、名が通るブランドになりましたよね。今やECにとどまらず、金融サービスやモバイル事業にも進出し、多角化しています」
――ミラクルも多角化していく、と。
「その通りです。ただし、むやみに多角化することは考えていません。絶えずマーケットプレイスのエコシステムの周辺に拡大していく。ビジネスの核となるのは、あくまでもマーケットプレイスだと思っています」
「ミラクルでは様々なテクノロジーを開発しています。先日はデジタル広告の収益を拡大するソリューション『Mirakl Ads』を発表しました。クライアント企業が今後何十年にもわたってテックジャイアントと競争できるようにすることこそが、我々の成功度を測る尺度だと思っています」
(日経ビジネス 酒井大輔)
[日経ビジネス電子版 2023年3月8日の記事を再構成]
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