三井物産がアジアで医療ビジネス 病院×デジタルで価値 - 日本経済新聞
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三井物産がアジアで医療ビジネス 病院×デジタルで価値

脱・資源偏重を経営の優先課題とする三井物産が着目したのが、東南アジアの経済成長と生活習慣病の広がりだ。2011年に出資した病院グループが持つ3000万人分以上の患者データを活用する健康・医療プラットフォームの構築を急ぐ。事業ポートフォリオの転換に向けた動きは新型コロナウイルス禍を経て加速している。

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2010年代に世の中のデジタル化が進んだことで、非資源事業は新たな意味を持つようにもなった。消費者に近いビジネスを通じて集まるデータが、新たな商機をもたらす「資源」となり始めたからだ。

伊藤忠はファミリーマートを通じて、三菱商事ローソンを接点に日本国内の消費者とつながり、事業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推し進める。三井物産はこれにどう対抗し、商機を切り開くか──。同社が目を付けたのは成長著しい東南アジアだった。

経済成長が進み、生活水準が向上すると何が起きるか。日本の歩みを振り返るまでもなく、豊かな生活を得るのと引き換えに、生活習慣病がまん延するようになる。

世界銀行の調査によれば、東南アジアで最大の人口を抱えるインドネシアでは、20歳から79歳に占める糖尿病患者の割合は11年時点では5.1%だったが、21年には10.6%へと倍増した。死亡原因に占めるNCDs(非感染性疾患)の割合も、10年時点で69%だったのが、19年には76%にまで上昇した。

3000万人分のデータ活用

NCDsとは世界保健機関(WHO)による定義で、循環器疾患、がん、糖尿病、慢性呼吸器疾患を指し、日本の生活習慣病の考え方と重なる。生活習慣病はケガや感染症とは違って病院での治療だけでは完治が望めない。日常的に食事や運動習慣に気を配り、息長く向き合う必要がある。

東南アジアの経済成長と生活習慣病の広がり、そして予防から予後まで人々が長く付き合う生活習慣病の特徴。この3つが交差するところに、三井物産は成長の進路を定めた。それが、現在、東南アジア各国やインドなど10カ国で83病院を展開する出資先企業、IHHヘルスケア(マレーシア)を核にした健康・医療事業だ。

IHH傘下の病院で受けた検査や診断の結果に加えて、ウエアラブル端末などを通じて生活習慣についても患者のデータを収集。人工知能(AI)を活用したビッグデータ分析に基づき、一人ひとりに精度の高い健康状態の将来予測を示すとともに、最適な健康づくりのヒントや医療サービスを提供する──。描くのはこんなプラットフォームビジネスだ。

規模拡大の結果、IHHは3000万人分を超える患者データを抱える。このうち本人の同意を得たデータについて匿名化した上で統合・活用するビジネスに乗り出している。

シンガポールでは今夏、スマートフォン向けアプリを大幅にリニューアル。「マイヘルス360」と名付けたこのアプリを使えば、来院や新型コロナウイルス検査の予約、各種検査結果の閲覧に加え、遠隔の健康相談もスマホから可能だ。

アプリには診療費の見積もりを出す機能もある。医療費が原則、全国共通の公定価格で患者の自己負担割合も明確な国民皆保険制度の日本とは異なり、シンガポールでは患者が最終的にいくら支払うのかが分かりにくい。過去の診療費データを分析して、アプリを通じて費用の目安を患者に示しているのだ。

「病院内のデジタル化の成果はこのアプリに表れている」──。筆頭株主である三井物産からIHHに出向し、デジタル戦略を担当している三原朝子氏は胸を張る。その上で「データの統合には途方もない労力を要するが、グループの規模拡大のおかげで、デジタル化のスケールメリットが出るようになっている」と話す。

スタートアップに相次ぎ出資

M&A(合併・買収)による「量の拡大」からデジタル化による「質の向上」へと軸足を移しながら成長を続けるIHH。この大きな器に、健康・医療の最新のテクノロジーを組み合わせていくことで、三井物産はデータプラットフォームの一層の拡大を目指している。

触手を伸ばす先は、三井物産と個人をつなぐ接点となる技術やサービスを持つ企業だ。例えば、今夏に400万ドル(約5億5000万円)を出資した米スタートアップのAidar Health(メリーランド州)は、専用デバイスによる遠隔診断を手掛ける。デバイスに息を吹き込むだけで、60秒以内に血圧や血中酸素濃度、心電図など12項目を測定し、がんなどのリスクを正確に見極める。

三井物産にとって重要なのは専用デバイスという患者との接点を持っていることだ。この他にも、インドを中心にウエアラブル端末やスマホを用いて健康改善の指導を行う米GOQii(カリフォルニア州)や、オンライン特化型の香港の保険会社、マレーシアの医療保険管理代行事業者などに出資している。

出資を通じて新規ビジネス群を創出し、IHHの病院事業と同規模に育てる目標を掲げる。前期に550億円だったヘルスケア関連の持ち分個社EBITDA(出資先企業のEBITDAに出資割合を掛けたものを合算して算出)を、26年3月期には1100億円規模に倍増させ、将来的には2000億~3000億円規模に成長させることを目指している。

「出島」が非資源の期待の星に

三井物産の完全子会社でIHHの直接の筆頭株主であるMBKヘルスケアマネジメント(MHM、シンガポール)の齋藤社長は「(米アップルのスマホ)iPhoneがバイタルデータを普通に収集しているように、ヘルスケア事業が対象にしてきた患者と一般の消費者との境目はどんどんなくなっている」と指摘する。

アップルをはじめ米IT(情報技術)大手はこぞってヘルスケア分野に参入してきている。となれば、IHHとGAFAとの間でアジアのヘルスケアプラットフォームの覇権争いが近いうちに起きるのではないかと想像してしまうところだが、齋藤社長はその可能性を否定する。「GAFAは消費者に近いところで強い。我々は診療現場で強い。そこは補完し合えるし、十分に協力関係を築くことができると思う」

歴史を遡ると、「資源に強い三井物産」という姿は実はこの15年余りのものにすぎない。1990年代までは非資源事業の化学品分野で名をはせていたからだ。2004年に発覚したディーゼル車用排ガス浄化装置(DPF)を巡る不祥事が転機となって、化学品分野は縮小の憂き目に遭った。

そんな化学品分野で医薬品を担当していた10人ばかりが集められて、ヘルスケア事業は始まった。日本に資源を輸入して、日本から加工品を輸出するという旧来型の商社ビジネスのイメージがまだ強かったこともあって、当初は東南アジアで孤軍奮闘するこのチームを非主流の「出島」と揶揄(やゆ)する声もあったという。

その出島は今や、アジア最大の病院チェーンを味方に付け、世界各地の健康・医療関連スタートアップを結びつけようとしている。資源価格高騰の追い風による空前の好業績の陰で、三井物産の未来を支える主人公が育っている。

(日経BPバンコク支局長 奥平力)

[日経ビジネス電子版 2022年12月8日の記事を再構成]

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