男女賃金格差の開示始まる ESG投資の判断材料に
Earth新潮流 日経ESG編集部 相馬隆宏

7月8日、女性活躍推進法の省令が改正され、企業に男女間賃金格差の開示が義務付けられた。301人以上の従業員を持つ企業はまず、7月以降の事業年度について自社の実態を把握し、公表する必要がある。
期限は当該事業年度が終了してからおおむね3カ月以内とされる。4~3月を事業年度としている多くの日本企業の場合、2023年6月までに開示することになる。対応は待ったなしだ。
日本は男女格差で最下位
「男女の賃金格差の是正に向け、企業の開示ルールを見直す」。1月の施政方針演説での岸田文雄首相の発言から開示義務化までわずか半年という、異例のスピード展開に困惑する企業もある。背景にはジェンダー平等の遅れに対する日本の危機感がある。
開示義務化が施行された翌週、世界経済フォーラムが各国の男女格差を表す「ジェンダー・ギャップ指数」を発表し、厳しい現実を突きつけられた。日本の順位は146カ国中116位で、先進7カ国で最下位だった。

この格差を生んでいる要因の1つが、企業で管理職などへの女性の登用が進んでいないことである。日本の女性管理職比率は1割強にとどまっており、4割超の米国や3割を大きく超える英国に比べて低さが際立つ。
上位の職階に就く女性が少ないことが賃金の格差にもつながっている。日本の女性従業員の賃金(中央値)は、男性のそれに比べると約2割少ない。
今後は企業ごとの実態が明らかになる。恐らく、あらゆる企業で一定程度の格差が出ると予想される。たとえ同じ役職や職務の従業員に同じ額の賃金を支払う「同一労働同一賃金」を実現していてもだ。今回、開示を義務付けられたのは、男性労働者の平均年間賃金に対する女性労働者の平均年間賃金の割合である。そのため、例えば賃金の高い職階に男性が多ければ、男性の平均額が女性の平均額より多くなる。
採用や資金調達に影響も
賃金格差が公になり、他社と比較されれば、影響は多方面に及ぶ。格差が大きい企業は、社員を公正に処遇していないのではないか、働く環境に何か問題があるのではないかといったネガティブな印象を与えかねない。優秀な人材を確保しにくくなる恐れもある。
さらに、資金調達にも関わってくるだろう。ESG(環境・社会・ガバナンス)投資を推進する機関投資家は、企業の成長の原動力である人材の価値により注目するようになっている。男女間賃金格差は、多様な人材が能力を最大限発揮できる組織かどうかを測る重要な指標の1つになる。
フィデリティ投信は昨年5月、投資先企業に送った書簡で、男女間賃金格差の把握と開示に努めるよう求めた。同社運用本部ヘッド・オブ・エンゲージメント兼ポートフォリオ・マネージャーの井川智洋氏は、「格差をなくすことは、企業全体の人事制度や文化、環境を見直していくことになり、結果的に労働環境や人事制度が良くなる。女性だけでなく男性を含む全社員にとってプラスになり、企業価値にも当然つながってくる」と話す。
企業は開示の準備が急がれるが、開示すれば終わりではない。中長期的に格差をどう是正していくか、戦略や実行計画を立て、全社を挙げて改革していくことが肝要だ。女性活躍で先を行く企業は、是正の要となる女性管理職比率のさらなる向上へ対策を強化している。
女性管理職候補2倍に
例えば、リクルートは2030年にグループ全体で女性管理職比率を50%にする目標を掲げる。この比率は現在、同社単体で27%である。
22年6月、新たな試みとして管理職の要件を明文化した。管理職候補を選ぶ際、無意識のうちにこれまでの男性管理職に見られたリーダー像に照らして判断しているのではないか。こう仮説を立てた。例えば、「緊急トラブル対応、柔軟な顧客対応ができるか」といったバイアス(思い込み)から、育児中の女性など突発的なトラブルに弱いと思われがちな人材が候補から漏れる可能性がある。
こうしたバイアスを排除するため、要件の明文化に踏み切った。例えば、「達成すべきKGI(重要目標達成指標)から逆算してKPI(重要業績評価指標)を設定でき、行動計画に落とし込むことができる」という要件がある。この要件を満たす人は誰かを議論することで、能力に基づいた判断が徹底される。
その結果、女性を含めてこれまで候補に挙がらなかった多様な人材が、管理職候補に選ばれる可能性が広がるとみている。実際、21年度に2つの組織で試行したところ、要件を明文化する前と比べて女性の候補者の数が2倍に増えたという。
家事や育児は女性がするもといった「性別役割分担意識」にメスを入れたのは、丸井グループだ。同社人事部ワーキングインクルージョン推進担当2課長の後藤久美子氏は、「自由なことをする時間は女性の方が短い。(女性活躍が進まない)問題の根本は男性が家事・育児に関わってくれていないから。こうした意識や行動を変えないと解決しない」と話す。
ただ、そもそも社員自身がそういう意識を持っていることに気づいていないケースが少なくない。そこで21年4月から、性別役割分担意識をまず理解してもらう取り組みを始めた。実際に社員が体験した話をマンガで紹介するなど、腹落ちしやすいように工夫している。今、社員の意識が着実に変わってきているという。
企業にとって男女間賃金格差の開示は転換点となる。自社の現状をしっかり認識したうえで課題を洗い出し、一つずつ解決してくことで持続的成長につなげたい。
[日経産業新聞2022年8月12日付]

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