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東京五輪・パラ 「安全、安心」と感じられる大会に

第8回日経2020フォーラム

日本経済新聞社は5月26日、新型コロナウイルスの感染拡大下で開催される東京五輪・パラリンピックのあり方を議論する「第8回日経2020フォーラム」を東京・大手町の日経ホールで開催した。「TOKYOから考えるスポーツの力」がテーマで、大会組織委員会の橋本聖子会長と三井住友フィナンシャルグループ(FG)の太田純社長が講演したほか、安全・安心の大会を開催する意義などについて活発に議論した。

感染防止、3つの徹底

東京五輪・パラリンピック大会組織委員会会長 橋本聖子氏
橋本聖子氏

東京五輪の開催に向け、何よりも新型コロナウイルス感染症対策をしっかりとやっていかなければいけないと思っている。国際オリンピック委員会(IOC)が米ファイザー製ワクチンを大会参加者に無償提供する。世界の選手団の皆さんができる限りワクチンを接種して来日してもらうことが安心につながる。

新型コロナの感染拡大を防ぐために(1)来日人数削減(2)行動管理・健康管理(3)医療体制見直し――という3つの徹底「3徹」を進めている。大会関係者や報道関係者の来日人数を約18万人から半分以下の7.8万人に抑えることができた。さらに合理化に努める。

行動管理・健康管理では、大会関係者の滞在先を明らかにしてもらい外出先も限定する。悪質な違反があればADカード(資格認定証)を剝奪する。「プレーブック」には感染対策へのさらなる徹底について書き込んでいく。

医療体制の見直しでは、地域医療への支障がないよう、必要な合理化を進めている。1日あたり最大で医師が230人、看護師が310人必要と想定しており、このうち8割程度は見通しがたった。選手団や関係者への検査も1日5万~6万件を想定し、民間検査機関への委託を進めている。

東京大会の参加者の女性比率は49%となり、ジェンダー平等といえる大会になった。1964年の東京大会では13.2%。2008年の北京大会では42.4%。従来は女性が出場できる種目がなかった。男性が参加する競技は必ず女性の競技種目にならなければいけないという規定ができ、参加比率は上がっていった。

私が出場した過去7回の五輪では女性証明書が必要だった。毛根などを提出して証明書を受け取っていた。現在は人権の観点などから廃止となっている。

組織委の理事会では女性比率を政府目標を上回る42%とした。日本のジェンダーギャップ指数は120位と残念な結果となっている。批判もあったが、数をそろえなければやらないのと同じという思いの中で実行した。

1年延期になった五輪・パラリンピックを経験するのは日本だけ。大会後にはレガシーとして「東京宣言」を作りたい。インフラ整備を中心に自国の発展に貢献してきたのが五輪の歴史だが、これからは地球規模で共通の課題を解決しなければならない。持続可能な社会の実現のため東京大会がヒントを残すことに意義があると思う。

はしもと・せいこ 1964年北海道生まれ。夏季・冬季五輪に7回出場。冬季五輪日本女子初の銅メダリスト。参院議員。2021年2月から現職。

次代に向けた懸け橋

三井住友フィナンシャルグループ社長 太田純氏
太田純氏

新型コロナウイルスの感染拡大により1年延期され、海外からの観客受け入れを断念するという状況の中、東京五輪・パラリンピックの開催自体に様々な意見があることは承知している。開催にあたっては誰もが安全・安心に参加できる環境を整備し、国民の皆さんに理解してもらうことが重要だ。その実現に向けて関係者が懸命に努力を続けている中、サポートを継続していく。

困難な状況の中、開催に向けた環境をしっかりと整備し、世界のトップアスリートに最高のパフォーマンスを見せてもらえれば、東京大会が困難に立ち向かう勇気を示す大会になるのではないかと期待している。

我々もグループに所属する障害者アスリートとともに、競技の認知度向上や大会に向けた一体感の醸成に取り組んでいる。スポーツと文化の融合という観点で開催される「オリンピックコンサート」にも全面的に協力した。コンサートの売上金は、次代につなげるという思いのもと、各開催地で次世代アスリートを育成する団体に寄付した。

社内向けの活動として、グループ各社の従業員・家族向けのマラソンイベントなどを実施し、グループ内での機運は着実に高まってきたと思っている。

東京大会の3つのコンセプトである「全員が自己ベスト」「多様性と調和」「未来への継承」はスポーツの枠にとどまるものではなく、不確実性が高まる時代において、未来を切り開いていくための企業経営や政策運営にも通じる普遍的なテーマではないだろうか。

1964年の東京大会の際に、競技成績の速報と公式記録の収集作業をコンピューターで支援するリアルタイムの競技速報システムが開発された。それ以前の大会では公式記録の確定までに数カ月を要していたが、これによって速報を伝えることができるようになった。

我々はこのシステムを基に開発されたオンライン勘定システムを日本で初めて導入し、窓口対応のスピードアップなどの効率化を実現した。この成果はオンラインバンキングの普及を促し、銀行ビジネスを抜本的に変えることにつながった。

今大会では世界最高水準のテクノロジーが活用されると聞いている。前回の東京大会が次代の銀行ビジネスのきっかけとなったように、東京2020大会も明るい未来のきっかけとなるだろう。今大会の成功が次代の日本、ひいては世界の発展に向けた懸け橋となることを期待している。

おおた・じゅん 1958年京都府生まれ。82年京大法卒、住友銀行(現三井住友銀行)入行。2019年三井住友フィナンシャルグループ社長。

世界に届けるTOKYOモデル

パネル討論
日経2020フォーラムで討論する出席者ら

パネル討論では「世界に届けるTOKYOモデル」をテーマに、大会組織委の中村英正ゲームズ・デリバリー・オフィサー、日本障がい者スポーツ協会の高橋秀文常務理事、メンタルトレーニング指導士の田中ウルヴェ京氏、選手の栄養管理をサポートする味の素の栗原秀文チームリーダー・ディレクターが討論した。司会は経済キャスターの小谷真生子氏。

大会組織委の中村英正ゲームズ・デリバリー・オフィサー

小谷氏 コロナ下での五輪開催をどのように考えているか。

中村氏 困難だからこそ、安全・安心を確保した上で再定義された五輪・パラを開催し、新しいモデルを世界に示したいと考えている。選手のPCR検査や行動の制約、管理などを徹底する。まだ理解が広がっていない部分があるため、国内外に対して具体的なデータを用いてきちんと説明する必要がある。もし選手に陽性者が出た場合に、いかに迅速に対応できる体制をとれるかが勝負だと思っている。

日本障がい者スポーツ協会の高橋秀文常務理事

高橋氏 パラリンピック選手の頑張りを見ることでいろいろな気づきを得る。その気づきが多様性を認め合う社会の実現を考えるきっかけになる。共生社会に向けた変革を起こせる機会を逃したくない。

小谷氏 選手に「五輪を辞退しろ」と要求するなど、大会開催への批判的な声をどう受け止めているか。

中村氏 選手への心ない声には一種憤りのようなものは感じる。一方で、人それぞれの立場は違う。互いに意見があることを認めた上で、向き合い、コミュニケーションを取ることが一番大事。それも五輪・パラが気づかせたことの一つではないかと思う。

メンタルトレーニング指導士の田中ウルヴェ京氏

小谷氏 大会が1年延期となり、選手の心身の状況に変化は出ているか。

田中氏 選手は大会当日に向けて何年も前から調整をしている。急に目標を失ってやる気を無くし、辞めた選手も多かった。大会に向け、選手は常に最悪な状況を想定している。「当日競技できないかもしれない」といった、ネガティブな感情も言語化し、その感情の中でできることは何かを考えて行動できる、という、しなやかなメンタルが大事になってきている。

味の素の栗原秀文チームリーダー・ディレクター

栗原氏 コロナ下では活動量の減少で筋肉が減ったり体重が増えたりするなど、体組成がぶれる選手が多かった。プレッシャーを感じる選手には食で安心感を与えたい。ストレスがかかると胃腸の動きが悪くなることも考慮し、必要な栄養を必要なタイミングで提供できるよう、戦略的な食事管理を考えている。

小谷氏 五輪・パラを次の世代にどうつなげていきたいか。

栗原氏 世界に向けて日本発の栄養管理を発信していきたい。我々は「アミノ酸」という切り口で選手の頑張りを応援している。スポーツ業界は一つの共通したニーズがある。安全性が保証された日本の栄養でレガシーをつくりたい。

小谷真生子キャスター

田中氏 スポーツを通して選手が培った非認知能力を引退後にどのように活用していくのか、キャリアにどのように生かしていくのかを示していきたい。

高橋氏 障害がある人を障害者にしているのは社会のしくみということに気づいてもらうこと。また、パラに向けてスロープが設置されるように、誰もが暮らしやすい街になり物理的なモノが残っていくことを期待したい。

◇   ◇   ◇

<シンポジウムを終えて>

4年間で計8回開催した日経2020フォーラムでは、東京五輪・パラリンピックが、日本の未来につながるどんな変化をもたらすのかをテーマに議論してきた。

高齢化と人口減の時代を迎えても持続可能な社会へ。インバウンド増、ダイバーシティーの推進、多様な個性が集える弱者にも優しいインフラの整備――。すべてが期待通りではないが、ビッグイベントの存在は民間の投資も加速し、社会が変革する機運は確かに生まれた。

だが、新型コロナウイルスの感染拡大によって人の流れはストップし、1年延期された20年五輪・パラリンピックは、海外からの観戦客を受け入れない不完全な形となった。

開催したとしても、大会自体が持つ変革のパワーは損なわれる。

足踏みするのは仕方がないが、せっかく芽生えた機運をしぼませてはならない。それには大会を国民がどれだけ前向きな気持ちで迎えることができるかが重要となる。

組織委で大会運営の中心となる中村英正氏は、開催への反対意見が強いことに対して「互いにそれぞれの意見があることを認めた上で、向き合い、コミュニケーションを取ることが大切」と語った。開幕までの残された時間、少しでも理解を広げる努力を続けなければならない。

(編集委員 北川和徳)

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