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EV特許で優位の日本勢、販売不振を脱却できるか

ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説

トヨタは電池の制御技術などに強い(SUBARUと共同開発するEVのコンセプト車)

世界の主要国がカーボンニュートラル(温暖化ガス排出実質ゼロ)達成に向けて自動車の環境規制を強めるなか、世界で電気自動車(EV)が売れています。一方、日本勢はEV関連特許を多く持つにもかかわらず、世界市場で存在感を出せていません。日本勢のEV販売不振の原因と今後の展望について、グロービス経営大学院の金子浩明教授が「VRIO分析」の枠組みを使って解説します。

【解説ポイント】
・日本勢が多く保有するEV関連特許は現時点で競争優位につながっていない
・日本勢がかねて強い市場やセグメントでEVが普及すれば巻き返しも

長期的にEVが主流に

2020年の世界自動車販売は前年比で減ったものの、EVやプラグイン・ハイブリッド車(PHV)は好調です。しかし、米カリフォルニア州や英国、フランスが将来のハイブリッド車(HV)やPHVの販売禁止を決め、中国やインド、ドイツも同じような施策の検討を表明しています。そのため、長期的には世界でEVが主流になると考えられています。

EV市場が活況を呈するなか、日本勢は元気がありません。20年のEV(PHV含む)世界販売でもトップ10に日本勢は1社も入っていないようです。

環境規制がEVの普及を後押し(独フランクフルトで充電中のVWのEV)

しかし、日本企業が技術で劣っているわけではありません。むしろその逆です。EV関連の特許では日本勢が圧勝です。日本経済新聞と特許調査会社パテント・リザルト(東京・文京)の調査によると、EV特許の競争力をスコア化したランキングで、トヨタ自動車が首位となり、上位50社の4割を日本企業が占めています

それにもかかわらず、なぜ日本勢はEV・PHVの販売で劣勢なのでしょうか。そして、今後もこの状況は変わらないのでしょうか。

VRIOは1990年代に米国の経営学者ジェイ・B・バーニー氏が提唱し、発展させました。バーニー氏は、企業が持続的な競争優位性を得るには「内部の経営資源」がカギを握ると考えていました。それには①「V:Value(経済的な価値がある)」②「R:Rarity(希少である)」③ 「I:Imitability(模倣困難である)」④「O:Organization(適切に組織化されている)」――の4つの要素があります。

このうち、V、R、Iの3つは有形(機器、機械、土地、建物、現金など)と無形(商標、ブランドの評判、特許、ライセンスなど)の資源であり、Oはこれらの資源を適切に用いるための組織の活動や仕組みです。VRIOでは、これらをまとめて経営資源として扱います。

企業が持続的な競争優位性を得るためには、経営資源が4つの基準を満たす必要があります。最初は経済的な価値を問う「V」です。資源によって企業が外部の機会を利用したり脅威を軽減したりすることで、何らかの利益を生み出せる場合、その資源には価値があります。

次は希少性に関する「R」です。1社または少数の企業しか取得できない資源は希少ですから、それを保有している場合に競争優位を得られる可能性があります。ただし、模倣されてしまったら希少性は失われます。競争優位性を持続させるためには、模倣が困難であるかを示す「I」の基準も不可欠です。

しかし、組織が資源を適切に活用できていない場合、資源は企業にとって価値を生み出しません。資源を適切に活用するためには、管理システム、業務プロセス、行動指針、組織構造、文化などを調整する必要があります。それが「O」です。

テスラとの違い

日本企業はEV関連で多くの特許を保有していますが、現在は競争優位につながっていません。VRIOのどこかでつまずいている可能性があります。特許数ではトヨタに劣る米テスラが市場で競争優位を得ています。その違いはどこにあるのでしょうか。

ドイツで建設中の自社工場を訪問したイーロン・マスク氏㊧(8月、ベルリン近郊)=ロイター

世界のEV市場は中国、欧州、米国が3大市場です。首位メーカーはテスラで、20年に米国で登録されたEVのうち約8割がテスラ車だったとのデータもあります。

しかし、テスラ車の価格は決して安くありません。廉価版の「モデル3」でも日本円にして400万円以上です。そのうえ、米国でテスラを購入する顧客は、国のEV普及促進策である「連邦税控除」を受けられません。なぜなら、テスラは既に基準を超える台数のEVを販売してしまったからです。そのため、テスラは他社のEVを購入するよりも実質的に割高になります。また、製品の信頼性も高くありません。米国の消費者情報専門誌「コンシューマー・リポート」によると、20年度の自動車メーカーの信頼性ランキングの1位は日本のマツダで、テスラは16位でした。

こうしたマイナス面があるにもかかわらず、テスラがEV市場で競争優位を構築できているのは、経済的な価値があり、希少かつ模倣困難な内部資源を適切に活用しているからです。その中でも競争優位への貢献が大きい資源は「ブランド」です。

模倣困難なブランド資産

テスラはEVの普及のために、自社のEV関連特許を全て無償で開放しています。この方針は、市場に対して「テスラが最優先するのは自社の収益よりも地球環境保護」だというメッセージになっています。加えて、テスラはEVしか製造・販売しておらず、ガソリンを使うHVやPHVは扱っていません。こうした企業姿勢は、イーロン・マスク最高経営責任者(CEO)のキャラクターやテスラ車のスタイリッシュなデザインと相まって、テスラの固有で模倣困難な「ブランド」になっています。

世界2位のフォルクスワーゲン(VW)は欧州市場で首位です。欧州では20年、欧州連合(EU)の排ガス規制が強化され、さらにドイツとフランスがEV購入補助金を増額したことで、EV・PHVの販売数は前年の2.4倍に伸びました。この機会を最も生かしたのが、VWと仏ルノーです。欧州市場では北米に比べると小型車が売れています。VWが強い理由は、欧州市場におけるブランド力と小型車製造のノウハウ、強い販売基盤、ドイツやEUとの政治的なパイプという、希少かつ模倣困難な内部資源があるからです。

宏光MINI EVは屋根を開閉できるタイプも人気だ

世界3位と4位は中国メーカーで、特に注目すべきは4位の上汽通用五菱汽車(SGMW)です。同社が20年7月末に発売した「宏光MINI EV」は最低価格が2万8800元(約49万円)で、発売から約4カ月で12万台近くを販売しました。競争優位の源泉となる内部資源は、中国市場に適した低価格EVを設計、製造する能力です

日本勢に勝機も

日本勢が保有する多数のEV関連特許という希少な内部資源は、現時点で競争優位につながっていません。日本勢がEV市場で勝てる日は来るのでしょうか。私は十分に勝機があると考えています。なぜなら、現時点でEVが普及している地域やEVを購入している顧客層は、日本メーカーがもともと得意としていないセグメントだからです。

日本勢が得意としている日本市場、東南アジアではEVの普及が遅れています。北米市場では日本のガソリン車は売れていますが、EVでは苦戦しています。EVの普及は地域差が大きく、最も普及しているカリフォルニア州はテスラの牙城です。中国市場も同様で、日本車は売れていますが、EVは苦戦しています。日本メーカーにはテスラのようなEVのブランド資産もなく、宏光MINIのような低価格EVを製造するノウハウも乏しいです。

仮に、トヨタや日産自動車が最も得意とする市場がドイツやフランスだったとしたら、EV・PHVの世界ランキングは上位になったと思います。小型のEV・PHVを設計・製造するノウハウの蓄積は、ドイツやフランスのメーカーと互角かそれ以上だからです。

現在はEVの導入期ですが、今後EVの生産コストが下がり、インフラが整備されるなどして普及が進めば、EVの売れ筋が日本勢の得意なセグメントに移ってくるかもしれません。例えば、日本や中国、米国市場における「中価格帯の中小型車」や、米国市場の「中型ピックアップトラック」などです。こうした市場でEVの価格競争になれば、技術特許の経済的価値が高まる可能性があります。なぜなら、競合が特許使用料を支払わねばならない場合、それがコスト増になり価格競争力が落ちるからです。現在はEVの導入期ですが、本格的な普及期に向けて日本勢の巻き返しに期待しましょう。

かねこ・ひろあき
グロービス経営大学院教授。東京理科大学院修了。リンクアンドモチベーションを経て05年グロービスに入社。コンサルティング部門を経て、カリキュラム開発、教員の採用・育成を担当。現在、科学技術振興機構(JST)プログラムマネジャー育成・活躍推進プログラム事業推進委員、信州大学学術研究・産学官連携推進機構信州OPERAアドバイザー。

「VRIO分析」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/5f26d70d (「グロービス学び放題」のサイトに飛びます)

ビジネススキルをもっと学びたい方はこちら

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