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キーエンス、神出鬼没の直接営業 シェア獲得の武器に

日経ビジネス電子版
トヨタ自動車ソニーグループに次ぐ国内3位の時価総額を誇るキーエンス。営業利益率55%という強さの原動力が「直接営業」だ。迅速な対応で他社を圧倒し、ニーズを細かく聞き取って商品を開発。顧客のキーマンの異動情報まで共有し、組織を挙げて売り込みをかける。神出鬼没のキーエンス営業担当者の姿に迫る。

「レーザーマーカーを購入されるご予定ですか」

2021年冬、工作機械用部品を手掛けるエーワン精密の山梨工場でレーザーマーカーが故障した。同社は旋盤などを固定する「コレットチャック」で、国内シェア60%を占める最大手。少量多品種を扱うため、1点ずつ大きさは異なる。小さいもので高さ3センチほど。顧客によって製品の大きさは微妙に異なるため、レーザーマーカーで寸法を印字しなければ部品の判別ができない。

同社の室田武師専務は既存の生産ラインとの相性を考慮し、これまで通りパナソニック製を再び購入しようと考えていた。ところが声をかけてきたのはキーエンスの営業担当者。まるで、故障を知っていたかのようなタイミングだった。

競合が返事する前に、受注に持ち込む

種明かしをすれば単純だ。キーエンスの営業担当は室田氏を訪ねる直前、エーワン社内の別部署でレーザーマーカーの販売を終えていた。その去り際、いつもの習慣でこう尋ねた。「他にお困りの方はいませんか?」。その答えが彼を、隣の建屋に向かわせた。

それからの動きは早かった。数日後に再び来訪。1分ほどで自らレーザーマーカーを組み立てて、室田氏の目の前でデモを披露した。訓練を積んだ口調で機能を紹介し、質問への返事もよどみない。納得した室田氏はその場で購入を決断した。

パナソニックに対しては故障直後に連絡し、購入意向も伝えていた。だが同社の営業担当が返事の電話をかけてきたのは、キーエンス製の購入後。パナソニックはみすみす販売機会を逃した。

訓練された営業担当者が常に需要を探り続け、チャンスとみたら電光石火で勝負をかける。山梨工場での受注は決して偶然ではない。

強さは数字に表れている。キーエンスが2月1日に発表した2021年4~12月期の連結売上高は、前年同期比44.7%増の5453億円。同社は業績見通しを開示していないが、通期では過去最高を更新するとの見方が根強い。エーワンで見たようなシェア奪取劇が、世界中で起きているのは間違いない。

手掛ける製品を見る限り、キーエンスは極めて地味な会社だ。1974年の設立以来、主力にしてきたのはセンサーを中心とした電子部品。工場の製造現場で異常を発見したり、生産性を高めたりするための機器だ。自動化の進展につれて、ハンディーターミナルやロボットビジョンなどでも存在感を高めてきたが、工場や倉庫、研究所の外でキーエンス製品を見たことがある人はほとんどいないだろう。

特徴は、ハイスペック製品というよりアイデア製品だ。例えば、複数の機械を制御するプログラマブル・ロジック・コントローラー(PLC)。キーエンスは2019年、PLCに世界で初めて「ドライブレコーダー」を搭載した。クルマの事故状況を把握するように、PLC搭載装置のトラブルを記録するのが目的だ。これが、中小製造業の心を捉えて大ヒット。今では三菱電機などの競合もPLCにドライブレコーダー機能を加えられるようにしている。

新製品の7割が「世界初」

原理はさほど難しくないが、キーエンスが真っ先に商品アイデアを思いついた。こうした例は珍しくない。同社は1万種類以上とされる製品を手掛けるが、新製品の約7割が「世界初」あるいは「業界初」だと豪語する。他にない機能を持つ製品が、高く売れるのは当然だ。同社製品の粗利は約8割とされる。原価2000円の製品を1万円で売っている計算だ。

原動力になっているのが、代名詞でもある「直接営業」だ。競合が代理店を使った間接営業を主軸とするのとは対照的に、キーエンスは社員が営業担当として直接顧客企業を訪ね歩く。前出のエーワンの幹部は「あまりの訪問頻度の多さに『こちらが連絡するまで来ないでほしい』と言ったことがある」と苦笑いする。

直接営業を貫く理由は2つある。まずは競合を出し抜く「スピード」だ。

19年秋、キーエンス製品を導入したクボタは商談の展開スピードに驚いた。同社は農機や建機のエンジン製造に用いる3Dロボットビジョンシステムの導入を検討し、数社に見積もりを依頼した。代理店を挟むメーカーでは1週間かかるところもあったが、キーエンスは即日返答。翌日には大阪市内のラボでの試用まで提案してきた。クボタ生産技術統括部の竹野陽山・第一課長は「圧倒的な速さだった」と舌を巻く。

兵庫県宝塚市で電子機器を生産するニッシンの役員は「ウェブサイトから製品カタログをダウンロードした1時間後に、突然電話がかかってきた」と打ち明ける。キーエンスに「待ち」の姿勢はない。顧客の興味の兆しが見えた途端にアプローチし、自らのペースに巻き込んでいく。

もう1つは「潜在ニーズ」の掘り起こし。営業担当者が現場を直接見ることが、顧客自身も気付かなかった欲求を浮き彫りにしていく。

「こんなに簡単なんですか? 初見で使えますね!」

「ガーナ」などのチョコレートを製造するロッテ浦和工場(さいたま市)。生産技術の担当者は18年、キーエンス製の画像センサー導入を決めた。工場内に持ち込まれたデモ機を見るだけで、設定のシンプルさが分かったからだ。

ロッテの担当者が悩んでいたのは歩留まりの悪さ。チョコレートの「割れ」や「欠け」を判別する装置を用いていたが、精度が足りずに良品まではじいてしまっていた。そこで声をかけたのは、毎月のように来訪するキーエンスの営業担当者だった。頻繁に顔を出し、「相談を持ちかけると喜んで応じてくれ、早いと翌週には具体的な提案に仕上げてくる」(ロッテ)姿勢に好感を持っていたからだ。

回答はロッテの想像を超えていた。問題解決に特化するなら、判別精度の高い機械に置き換えるのが近道だ。歩留まりは改善し、当面の不満は解消される。しかしキーエンスが持ち込んだのは、高精度でも使いやすさに特化した製品だった。

多くの製造現場では高価だが複雑な装置を作業員が使いこなせず、宝の持ち腐れになっている。調整が難しい機械は、次第に敬遠されるようになる。

一握りの専門家ではなく、生産ラインに関わる多くの人の知恵を結集して歩留まりを高めたい――。ロッテのニーズを先回りして具体化し、目の前に示したからこそ、キーエンスは新製品の導入に成功したわけだ。

顧客キーマンの異動先も追跡

キーエンスの営業担当者が探るのは、製品に関するニーズに限らない。

「〇〇さんは最近どちらにいらっしゃるんですか」。ガラス大手AGCの「AGC横浜テクニカルセンター」で生産技術を担当する男性は、キーエンス営業担当の一言に時々ドキリとさせられる。臆面もなく人事異動や投資計画を聞き出そうとするその様子を、ライバルは嫉妬心も込めて「産業スパイのようだ」と表現する。

聞き方は礼儀正しいが、裏側にある意図ははっきりしている。AGCで購買や投資判断に関わるキーマンの動向を把握することだ。異動先のエリアを担当するキーエンス社員と共有できれば、次の製品の売り込みが容易になる。自身の営業成績にはならなくても、会社全体の受注が増えればボーナスとして跳ね返ってくる。

AGCレベルの大企業であれば、そうした営業担当が10人規模で張り付いている。電話やメールでのまめな接触により、横浜テクニカルセンターで生産技術を担当する数百人規模の社員の約半数がキーエンスと何らかの接点を持つようになった。あまりに情報通であるため、「キーエンスの社内にシステムがあって共有されているのでは」とAGCの技術者は不思議がる。

その推測は当たっている。キーエンスでは情報共有が当たり前。顧客の了承は前提だが、営業担当者が誰といつ会い、何を話したかといった情報は、上司だけでなく同じ顧客を抱える営業担当や時に海外担当にも共有する。

それでもなお顧客は逃れられない。AGCの担当者は「キーエンス営業担当の商品知識はずぬけている。競合の製品の使い方ですら懇切丁寧に教えてくれるので、ついつい相談してしまう」と話す。その過程で自社製品を売り込み、シェア拡大につなげていても不思議ではない。

世界では半導体不足や原材料高騰により納期の遅れが深刻化している。そうした中で、キーエンスがこだわる「当日出荷」が改めて強みになっている。同社は営業担当が得た顧客の声から需要動向を迅速に把握し、取引先工場への発注量や製品在庫を精緻に管理することで知られる。今回は競合に先駆けて半導体不足を察知し、普段より在庫を積み増した。多くの中小企業は「今は価格より納期。キーエンスには助けられている」と口をそろえる。

こうした顧客の支持が、キーエンスの業績を押し上げている。新型コロナウイルス禍で規模拡大は一時足踏みしたが、22年3月期の売上高は過去最高を更新し、10年前の3倍超になる公算が大きい。

注目すべきは規模拡大と収益性の向上を両立させてきたこと。21年4~12月期の売上高営業利益率は55.4%で、10年前の同期と比べて9.6ポイント上昇した。製造業平均の3.1%(20年度、法人企業統計)はもちろん、ファナックの25.9%(21年4~12月期)をも大きく引き離す。

キーエンスは創業以来、工場を持たない「ファブレス」経営を貫き、製造は委託工場で行っている。21年3月期末の総資産は2兆98億円あるが、有形固定資産は238億円にすぎない。ほとんどの資産は現預金と有価証券の形で保有する。だが本当の資産は、利益を生み出している一人ひとりの社員だ。

(日経ビジネス 中山玲子、西岡杏)

[日経ビジネス 2022年2月9日の記事を再構成]

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