好調の産業用ロボット、スイス大手ABB対スタートアップ

ABBは自動化技術に幅広く取り組んでおり、大型の産業機器や倉庫内をビュンビュン走る機敏な自律走行車両、工場の自動化を支援するハード機器やソフトウエアなど様々な製品を手掛けている。多くのスタートアップや競合大手も産業オートメーションを商機とにらんでいる。
今回のリポートでは、ABBや産業用ロボット市場に挑んでいる企業を取り上げる。

カテゴリーの内訳
ABBの技術を2つに分けた。
・ハードウエア:小型の協働ロボットや大型の産業オートメーションシステムなどの様々なロボットや自動化技術。
・ソフトウエア:ロボットやファクトリーオートメーション(FA)用のソフトウエア、工場や機械のパフォーマンス分析システム。
ハードウエア
産業用ロボット
産業用ロボットとは、反復的で危険性が高く、高い精度が求められる作業を担うため、製造業や倉庫で使われている自動機械だ。
用途は広く、多くは資材運搬や溶接、塗装、組み立てなど特定の機能にカスタマイズされている。
ABBはこうした特定のシステムの部品に加え、「OmniVance Machining Cell」など、納入先では最終的なプログラミングと機器の設定をするだけの完成品の自動システムも手掛けている。
この市場は主に産業大手に支配されているが、資金力のあるスタートアップもこの分野を狙っている。
・一部の企業は特定の作業に特化した完成品の産業用ロボットを手掛ける。例えば、スイスのエリコン(Oerlikon)は塗装や表面コーティングなど自動車生産向けのロボットを開発している。
・米ブライト・マシンズ(Bright Machines、公表ベースの調達総額は3億8200万ドル)と中国のギークプラス(Geek+、5億3300万ドル)は、この分野でトップクラスの調達総額を誇るスタートアップだ。ブライト・マシンズはFA、ギークプラスは倉庫や物流を対象としている。ギークプラスによると、同社の倉庫自動化システムは1〜3年以内に投資を回収できる。

協働ロボット
協働ロボット(コーボット)は他の多くの産業オートメーションシステムよりも安く簡単に実装できることもあり、導入が進んでいる。コーボットはパワーは劣るがカスタマイズ性が高い小型ロボットで、わずか30分でセットアップできる。作業員に置き換わるのではなく、作業員の能力を強化するために使われる。
ABBは「YuMi」「GoFa」「SWIFTI」など様々なコーボットを手掛けており、生産業務で成果を上げている。例えば、米医療機器のGEヘルスケアは組み立てラインの一つの接着作業でGoFaを活用しており、台湾のヘルスケア企業、大江基因はYuMiを使って新型コロナウイルスのサンプルを迅速に検査した。
コーボットは人のすぐ近くで作業できるよう力学センサーや回転リミッターなどの安全機能が追加されているため、従来の産業ロボットの一部よりも魅力的だ。
・華麗な技をこなすロボットの動画が口コミで広がり、ここ数年注目を集めている米ボストン・ダイナミクスは、2つのコーボット「Spot」「Stretch」を開発している。四足歩行で犬に似たSpotは敏しょう性が高く、危険な環境での調査などに使われる。一方、Stretchは可動式の台の上に大型ロボットアームが付いており、荷物の積み込みなど倉庫での作業を支援する。
・カナダのノバーク・テクノロジーズ(Novarc Technologies)は溶接用コーボットを手掛ける。同社のコーボットによるステンレス鋼の溶接は、作業員に比べて生産性が最大12倍高いという。
・米ブルックスオートメーション(Brooks Automation)は、衝突時に人間にかかる力をどこまで許容できるかを定めた国際規格「ISO/TS15066」を満たしたコーボット「PreciseFlex」を開発した。同社によると、PreciseFlexはこの規格を満たしている唯一のコーボットだ。
自律走行搬送ロボット(AMR)&無人搬送車(AGV)
人間の操縦なしで走行し、業務を遂行する移動型ロボット「自律走行搬送ロボット(AMR)」と「無人搬送車(AGV)」を開発する企業。
AMRは操縦や障害物の回避にセンサーを使うことで、自由に移動し、業務を遂行できる。一方、AGVは既定のルートを走行する。
ABBは両タイプのロボットの開発に取り組んでいる。こうしたロボットは従来のベルトコンベヤーや仕分けシステムよりも柔軟で、費用対効果も優れている。同社の予測によると、電子商取引(EC)や物流の台頭などに伴いこの分野は21〜28年に年平均24%成長する。
・17年にトルコで創業されたアトラス・ロボティクス(Atlas Robotics)は、AIナビゲーションシステムを搭載したAGVを手掛ける。同社のロボットは倉庫管理システムに簡単に組み込め、工場などの施設の地図を独自に作成できるという。
・多くの企業は倉庫や工場向けだが、カナダのクリアパス・ロボティクス(Clearpath Robotics)は屋外向けのAMRも手掛ける。同社の全地形対応型ロボットは工事現場や農業などの厳しい環境で活用できる。同社の調達総額は8000万ドル近くに上る。
自動倉庫(ASRS)
ASRSは製造環境や倉庫で使われ、効率を高めて人間の労働力の必要性を減らす。CBインサイツの業界アナリスト予想では、この市場の規模は110億ドル相当に上る。
ASRSは主に保管ラック、荷物を搬送するコンベヤーベルト、荷物を自動でつかんで運ぶロボットからなる。ASRSと他の資材運搬システムを統合したり、完全自動の「ライツアウト」倉庫を手掛けたりする企業もある。
ABBはかねてこの市場を商機とにらんでおり、21年末に「OmniVance FlexBuffer ASRS」を投入した。多くのASRSは効率面から大規模業務を対象にしているが、FlexBufferは小規模業務にも対応する。
ASRSには様々なタイプがある。例えば、垂直リフトモジュールを開発する企業もあれば、水平回転モジュールやシャトルシステム、格子状の保管庫などを手掛ける企業もある。
・この分野で注目の新規参入企業2社は仏エグゾテック(Exotec、4億4700万ドル)と中国のハイ・ロボティクス(Hai Robotics、2億1700万ドル)だ。ともに移動ロボットが荷物を集めて届けるモジュラーシステムを手掛ける。
・米インビアロボティクス(inVia Robotics)は特別に設計されたユニットを購入するのではなく、既存の倉庫システムに対応できるASRSを提供している。このため、わずか2〜3週間で設置が完了する。同社は21年のシリーズCで日立製作所、米マイクロソフトのコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)M12、米クアルコム・ベンチャーズなどから3000万ドルを調達した。
1819年創業の米デマティック、1940年以前に創業したベルギーのAlvey、日本のダイフク、独ボイマー(Beumer)など、ABBとシェアを争う企業の多くは既存勢だ。

オートメーションハードウエア
オートメーションハードウエアは産業用の機械やプロセスの制御、モニタリングに使われる物理的な構成要素で、ロボットシステムの重要な一部となっている。
機器を制御する「PLC(プログラマブル・ロジック・コントローラー)」や、人間がシステムを操作できるようにする「HMI(ヒューマン・マシン・インターフェース)」のほか、センサー、リレー、アクチュエーター(作動装置)、通信機器などがある。
ABBはこの分野の最大手の一角を占め、特にリレー、開閉器(スイッチ)、DINレールモジュラーデバイス(制御盤のレールに取り付ける電気制御部品)などで高いシェアを握っている。一方、ライバルの既存各社は他の様々な構成要素で先行している。
つまり、オートメーションハードウエア市場は既存勢の牙城であり、弾みが付きつつあるスタートアップはごくわずかだ。
・PLCの最大手は独シーメンスで、その他の大手は米ロックウェル・オートメーション、三菱電機、仏シュナイダー・エレクトリックだ。4社で市場の過半を占めている。
・独シナプティコン(Synapticon)はこの分野でシェアを伸ばしている数少ないスタートアップだ。同社はロボットアームやAMRなどオートメーションシステム用の総合的な動作制御装置を開発している。
ソフトウエア
ロボティクスソフトウエア
ロボティクスソフトウエアはロボットアームをいつどのように動かすか、AMRを施設でいつどのように操縦するかなどの業務を制御し、作業やプロセスを自動化する。こうしたプログラムはロボットの展開に欠かせない。支援ソフトウエアがなければ、ハードウエアは使い物にならないからだ。
ABBはロボットハードウエアの大手メーカーである一方、強力なロボティクスソフトウエアシステムもそろえている。例えば、「RobotStudio」はロボットシステムの業務遂行を加速するプログラミング、シミュレーションツールだ。同社は一方で、ピッキング、切削、機械加工など用途特化型のソフトウエアシステムも手掛ける。
・21年創業の米ソフトウエア・デファインド・オートメーション(Software Defined Automation)は産業用SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)プラットフォームを開発している。企業が特定のベンダーにハードウエアを依存する状況を軽減しようとしている。
・米グレイオレンジ(GreyOrange、3億3700万ドル)はこの分野で最も調達額が多い。ロボットや作業員、プロセスを含むフルフィルメント(受注・配送)業務をリアルタイムで調整するAI倉庫管理システムを手掛ける。
・日本のアセントロボティクス(東京・ 渋谷)は製造現場でのピッキング用のAIシステムを開発している。同社のシステムは様々なロボットメーカーに対応している。
FAソフトウエア
多くの企業が製造ツールやプロセスを制御・監視するFAソフトウエアの開発に取り組んでいる。
こうしたソフトウエアの多くは用途特化型だ。例えば、ABBはFAソフトウエア「ABB Control Room」を開発した。状態監視・監督を支援する製造プロセスのデジタルツイン(現実の空間を仮想世界で再現する技術)を手掛ける。
一方、プラットフォーム「ABB Ability Manufacturing Operations Management」は生産、メンテナンス、品質管理、在庫など製造プロセス全般に及ぶ機能の管理と自動化を支援する。製造プロセスをリアルタイムで制御する「製造実行システム(MES)」も搭載している。
・1972年創業の米エピコ・ソフトウエアはこの分野の最大手の一つだ。同社のシステム「Advanced MES」は個々の製造アプリケーションに生産とプロセスのモニタリングを提供する。
・17年創業の米ドリシュティ・テクノロジーズ(Drishti Technologies、3500万ドル)が提供するFAシステムには、機械からのデータに加え、生産ラインのバランスや人の動きなど工場の作業員から収集した動画でのAIフィードバックシステムも含まれている。
状態監視&診断
状態監視と診断は予知保全とも呼ばれ、製造施設の機器のパフォーマンスや状態を常時モニタリングするソフトウエアソリューション(解決策)の一種だ。
このテクノロジーの目的は潜在的な問題や不具合を予測し、それが実際に起こる前に修理することにある。これによりダウンタイム(システム停止時間)が減り、全体の生産効率が上がる。ABBのソフトウエア「Ability Condition Monitoring」には予知保全機能が搭載されている。
この分野の企業のアプローチは様々だ。機器の音や振動をモニタリングして不具合を検知するシステムもあれば、温度や過去のデータのパラメーターに注目するシステムもある。
・米オーグリー(Augury、2億9400万ドル)はこの分野で最も調達額が多いスタートアップの一つだ。仏食品大手ダノン、米日用品大手コルゲート・パルモリーブ、米空調大手トレイン・テクノロジーズ、デンマークのポンプメーカー、グルンドフォスなどの大企業をすでに顧客に抱えている。オーグリーは無線センサーで機械の不具合を予測し、修理の時期や方法を決める。
・ポーランドのセンスフィックス(Sensfix)は状態監視と診断から人的要素を取り除くことに力を入れている。AIを活用し、機器の保守スケジュールを自動で立てる。
製造分析
製造分析ソフトウエアはデータに基づいてプロセスや効率の悪さ、機器のパフォーマンスについての知見を提供することで、業務を改善する。エネルギーや水の消費量、機器の稼働時間、生産率、製品の質などの変数に注目する。各社とも主にPLCや産業用コンピューターなど既存の制御システムからデータを収集している。
ABBはソフトウエア「Ability Genix」で製造分析を提供している。この分野には多くの企業がひしめいている。
・産業大手の多くが製造分析プラットフォームを提供している。例えば、米ゼネラル・エレクトリック(GE)は「Predix」、シーメンスは「Mindsphere」を手掛ける。いずれも作業員を追跡し、機器やセンサーなど様々なソースのデータを分析する。
・13年創業のスタートアップ、米シーク(Seeq、1億3200万ドル)は自社のソフトウエアを1日でインストールできるとしている。
・この分野には調達総額が1億ドルを超えているスタートアップが多い。米アップテイク(Uptake、3億1700万ドル)、米スパーク・コグニション(Spark Cognition、2億9100万ドル)、ノルウェーのコグナイト(Cognite、2億3400万ドル)、独キネクソン(Kinexon、1億4800万ドル)、米パーサブル(Parsable、1億2900万ドル)などだ。調達水準の高さは、投資家がスタートアップによるシェア獲得の機会があるとみていることを示している。
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