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広がる「グリーンフレーション」 金融当局の手腕問う

Earth新潮流 日本総合研究所常務理事 足達英一郎氏

NIKKEI BUSINESS DAILY 日経産業新聞日経産業新聞 Earth新潮流

世界の主要国のインフレ傾向が鮮明だ。特に米国の10月の消費者物価指数(CPI)上昇率は前年同月比6.2%と約31年ぶりの高水準を記録した。米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は11月30日に議会証言で「2022年のインフレ率は低くなるにしても、インフレ促進要因は長く続く」「(新型コロナウイルスの)新たな変異型が出現し、インフレの不確実性が増大する」と述べた。

脱炭素がインフレ呼ぶ

その背景として、新型コロナ禍を受けた人手不足や「リベンジ消費」による需要拡大などが指摘される。

ほかにも原油価格の高止まりという要因がある。そして、この状況は世界の脱炭素に向けた潮流と密接に結びついている。環境への配慮を表す「Green=グリーン」と、物価の上昇を意味する「Inflation=インフレーション」をかけ合わせた「Greenflation(グリーンフレーション)」という造語を頻繁に目にするようにもなってきた。

単純に考えると、化石燃料が使われなくなるのだから、その価格は下がるはずだ。しかし、現実には目の前にエネルギー需要があり、産油国は収入を累積で大きくしようという思惑を働かせる。結果、安易な増産を行わず高値に誘導しようという戦術が取られる。

石油輸出国機構(OPEC)とロシアなど非加盟の産油国で構成される「OPECプラス」の12月2日の閣僚級会合はこれまでの増産規模を維持することで合意した。第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)を前に、サウジアラビアやロシアも60年までのカーボンニュートラル(温暖化ガス排出実質ゼロ)達成を発表した。しかし、そこに至るまでは輸出国としての旨味を温存しておきたいというのが本音だろう。

「コスト要しても仕方ない」

グリーンフレーションの原因はほかにも考えられる。脱炭素に向けて車載電池などで使う希少資源の価格が上がっている。今後、炭素税の導入やガソリン車販売禁止といった政府規制を見越し「脱炭素のためにはコストを要しても仕方がない」という意識が消費者に広がることを市場は織り込み始めている。

インフレの進行は金利上昇を招きやすい。加えて、脱炭素のための膨大な資金需要が予想されている。COP26で正式発足した「ネットゼロのためのグラスゴー金融連合(GFANZ)」は、向こう30年で100兆ドル(約1京1400兆円)の脱炭素投融資コミットメントをうたった。

こうした民間資金だけでなく、インフラの更新などで巨額の公的資金も必要だ。08年のリーマンショック対応として始まり、新型コロナ感染症対策として継続・強化された金融緩和政策は大きく変わっていく見通しだ。

世界の中央銀行や金融監督当局をメンバーとする「気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク(NGFS)」は、気候変動と脱炭素への移行が経済・社会に及ぼす影響に関するシナリオを21年6月に公表している。そこでは、カーボンプライシングによるインフレ率上昇や脱炭素に向けた資金需要の増加により、長期金利が押し上げられると説明し、先進国を中心にいまより高い金利水準が続くと予測している。

世界経済の成長下振れ

その結果、50年までの世界経済の成長率は従来より下振れせざるを得ないだろう。確かに、脱炭素に向かうなかで技術革新や設備投資が経済成長を下支えする力は働く。脱炭素は経済成長の起爆剤になるという側面である。

一方で、衰退や事業転換を迫られる産業もある。問題は、インフレ、金利上昇、景気低迷と、新たな需要創出のスピードと影響力が適度にバランスをとれるかどうかだ。

バランスが崩れれば、極端に懸念が高まる複数のケースがあり得る。ひとつは、世界的なインフレや金利上昇により当局が過度な引き締めを迫られ、各国の資本市場や不動産市場のバブル崩壊を招き、世界が同時不況に陥るケースだ。

第2は温暖化ガスを多く排出する既存産業の業績が急速に悪化し、高金利が追い打ちをかけて「グリーンフレーション倒産」が頻発するケース。第3は、米国における共和党政権復活などカーボンニュートラルに背を向ける政治変化が生じ、投資資金を集めていたグリーンプロジェクトが次々にとん挫し「グリーンバブル」が弾けて経済が大混乱に陥るケースである。

スタグフレーションも

いずれの場合も、景気が後退していくなかでインフレーションが同時進行するスタグフレーションの様相を呈する可能性も否定はできない。

この先30年は、経済成長のために積極財政と金融緩和を推し進めればよいという時代ではない。各国の中央銀行や金融監督当局は、これまでに経験したことのない政策運営が求められることになろう。

それは悪天候のなかで目的地の空港に安全に旅客機を着陸させるパイロットに似ている。出発地に引き返す燃料が残っていないなか、乱気流に巻き込まれないよう最適な高度、角度、速度を選択し、滑走路に進入するしかない。客室内で強い揺れに恐怖を感じた乗客が「出発地に戻れ」と叫んでいる声が操縦席に聞こえてくるというようなシーンも想像される。

中銀や当局はカーボンニュートラルに至る経路で生じ得るあらゆる事態を想定し、最悪のシナリオへの対応策を準備しておく必要がある。今回の原油価格の高止まりはそうした準備を急ぐべきだというサインのように見受けられる。

[日経産業新聞2021年12月10日付]

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