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取引先も再生エネ100% Appleの急進的ブランド戦略

ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説

2020年7月、米アップルは30年までに、製品の生産を通じて排出される二酸化炭素(CO2)を実質ゼロに抑える「カーボンニュートラル」を打ち出しました。これは国連が掲げる目標時期よりも20年ほど前倒しになります。アップルが急進的に環境対応に取り組む理由について、グロービス経営大学院の金子浩明教授が「ブランド・エクイティ」の観点で説明します。

【解説ポイント】
・アップルの環境対応は倫理的動機だけでなくブランドイメージを高める戦略
・後続企業は同じことをするのではなく差異化が必要

アップルは自社で消費する電力については再生可能エネルギーで賄っており、自社の企業活動に限れば、カーボンニュートラルを実現しています。しかし、スマートフォンやタブレットの製造工程で最も電力を消費するのは半導体とディスプレーです。例えばソニーの場合、グループ全体で年間に排出するCO2の約80%が日本で、そのうちの8割が半導体工場です。アップル製品をカーボンニュートラルにするうえで自社が貢献できる余地は小さく、半導体やディスプレーのサプライヤーの協力が不可欠です。

そのため、アップルは部品の生産や製品の組み立てをしているサプライヤーに対して、使用電力をすべて再生可能エネルギーに切り替えるよう求めたのです。先月末の時点で、アップルの求めに応じると表明したサプライヤーは110社を超えました。同社の主な取引先の約半数です。多くのサプライヤーにとって、アップルとの取引停止は避けたいはずですから、この方針に従う企業はさらに増えるでしょう。

アップルのブランド・エクイティは世界一

ブランド・エクイティとは「ブランドの名前やシンボルと結びついたブランドの資産(あるいは負債)の集合であり、製品やサービスの価値を増大させるもの」(デビッド・A・アーカー)です。それは5つの要素で構成されます。

ブランド認知(Brand Visibility):ブランドが人々に知られている度合い
・知覚品質(Trust & Perceived Quality):製品やサービスを通じて、人々が知覚している品質
・ブランドロイヤリティー(Brand Loyalty):ブランドに対して人々が愛着を感じている度合い
・ブランド連想(Brand Associations):人々がそのブランドについて解釈し、連想するもの
・その他のブランド資産:特許や商標、取引先との強固な関係性

アップルは世界で最も高いブランド・エクイティを誇る企業です。20年の世界ブランド価値評価ランキング(インターブランド社)では、8年連続で世界一を獲得しており、その際に算定されたブランドの資産価値は3,230億ドル(約35.5兆円)にのぼります。

今回は、5つのブランド・エクイティのうち「ブランド連想」を中心に取り上げます。ブランド連想とはブランドイメージに近く、それよりも広い概念です。例えば、アップル製品からスティーブ・ジョブズやカリフォルニアが連想されたら、それはブランド連想です。人によっては、アップル製品を組み立てている鴻海(ホンハイ)精密工業を連想するかもしれません。

アップルは世の中を変える「クレイジーな人」の味方

アップルには有名な広告スローガンがあります。それは、Think different(シンク・ディファレント)です。Think differentとは、世の中で支配的となっている物の見方や考え方を変えてみないか、という呼びかけです。

Think differentを使ったCMは、次のようなセリフから始まります。「クレイジーな人たちに祝福を。はみ出し者、反抗者、トラブルメーカー、場になじめない人たち。彼らは物事に違った見方をする」。アップルはこういう種類の人のために道具を作っていると述べたあと、最後は「彼らをいかれた連中と見る人もいるが、私たちはそこに天才を見ている。世界を変えられると考えるくらいいかれた人々は、世界を変えていく人たちなのだから」で終わります。

こうした思想には、1960年代のカウンターカルチャーの影響が見られます。カウンターカルチャーとは、価値観や行動規範が従来の主流と異なり、時にはそれに反するような文化です。

このスローガンが生まれたきっかけは、97年にスティーブ・ジョブズがアップルに復帰したことでした。ジョブズは復帰後、アップルが大事にしたい哲学を広告キャンペーンに反映するように指示しました。このキャンペーンは権威ある広告賞を受賞するなど成功を収め、アップルの「変革者(の味方)」としてのブランドイメージは強化されました。

アップルの哲学と地球環境問題の相性は

Think differentの源流は、創業時のビジョンに見ることができます。それは「Changing the world, one person at a time.(世界を変えよう、ひとりずつ)」というものです。Think differentに通じるのは、変革の主体が「個人(ひとりずつ)」であることです。Think differentのCMでは、世の中のはみ出し者であるクレイジーな人たちが、世界を変えると言っています。これは、個人がコンピューターという強力な道具を持つことで世界は変わる、世界はこれまでよりも良くなるという思想です。

こうした思想は、先ほど触れた60年代のカウンターカルチャーとヒッピームーブメントに通じます。ヒッピームーブメントの中心となったのは、第2次大戦後に生まれたベビーブーマーたちです。その原動力は、自分の親のように官公庁や大企業で働くことへの反抗であり、戦後の物質主義や競争社会、中産階級的な価値観への反抗でした。

ヒッピーたちはベトナム反戦運動や公民権運動を支持しましたが、左翼運動家のような政治変革は目指しておらず、Power to the People(人々に力を)を志向しました。これはアップル創業時のビジョンに通じます。

2005年にスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式でスピーチした際、彼は「Stay Hungry, Stay Foolish」という言葉で締めくくりました。これはヒッピー文化を扱っていた「ホール・アース・カタログ」という雑誌から引用した言葉です。この雑誌は丸い地球の写真を表紙にしていました。地球を表紙にしていたのは、読者に地球市民としての自覚を促すためです。

いま問題になっている地球温暖化は、一国や一企業の努力で解決できる問題ではありません。地球市民としての意識が無ければ、問題の解決は難しいです。また、多くの人が従来型の経済成長を志向すれば、2050年カーボンニュートラルの達成は不可能です。つまり社会変革が必要です。このように考えると、環境問題への積極的な取り組みは、ジョブズやアップルの哲学と相性が良さそうです。

もちろん、いずれは競合企業も追随するでしょう。しかし、こうした流れを作ったのはアップルです。世の中で大々的に取り上げられるのは変革者のアップルであり、後続企業は同じことをしても目立ちません。

アップルが積極的にカーボンニュートラルの実現を進めているのは、倫理的な動機だけではなく、自社のブランドイメージを強化し、ブランド・エクイティを高める企業戦略なのです。

かねこ・ひろあき
グロービス経営大学院教授。東京理科大学院修了。リンクアンドモチベーションを経て05年グロービスに入社。コンサルティング部門を経て、カリキュラム開発、教員の採用・育成を担当。現在、科学技術振興機構(JST)プログラムマネジャー育成・活躍推進プログラム事業推進委員、信州大学学術研究・産学官連携推進機構信州OPERAアドバイザー。

「ブランド・エクイティ」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/d98ee20b(「グロービス学び放題」のサイトに飛びます)

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