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EU脱炭素で日本は不利? 欧州環境政策トップに聞く

日経ビジネス電子版
欧州連合(EU)が野心的な環境政策を次々と導入している。世界でいち早く2050年に域内の温暖化ガス排出量を実質ゼロにする目標を掲げ、世界の気候変動対策をリードする。政策決定の中心にいるのが、EUの政府や内閣に当たる欧州委員会のフランス・ティメルマンス上級副委員長だ。環境・エネルギー政策を統括し、再生可能エネルギーなどを支援する欧州グリーンディールを主導。国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)では、その演説が注目を集める。
EUの環境政策は世界の企業経営に大きな影響を及ぼす。例えば排出枠取引制度は、産業ごとに二酸化炭素(CO2)の排出枠を与え、増減分を市場で売買する仕組みだ。関係する企業は、排出枠の活用で効率良くCO2排出量を削減することが求められる。また、EUは国境炭素調整措置(CBAM、国境炭素税)を導入する。環境規制の緩い国からの輸入品に事実上の関税をかけるという制度だ。
国境炭素税が導入されれば、EUに輸出する際には関税がかかり、コストが上がり、製品の競争力が著しくそがれることになる。日本の産業界にはどのような影響が及ぶのか。ティメルマンス氏に排出枠取引制度の最新状況や、国境炭素税について話を聞いた。

――EUが野心的な脱炭素政策のルールづくりを進めています。日本では、このルールにいち早く対応したEU域内の企業に比べ、日本の産業界が不利になるのではないかという警戒が広がっています。例えば、日本はCBAMでどのような影響を受ける可能性があるのでしょうか。

「ロシアのプーチン(大統領)が戦争を始めてから、日本との協力関係がより重要になったと思います」

「日本はCO2削減において、欧州と強い連帯感を示しています。日本は自由を愛する共同体の一員です。ですから、お互いの経済を強化し、弱体化させないようにしなければなりません」

「CBAMの目的はただ一つ、(国内市場が炭素効率の低い輸入品に脅かされ、国内生産が減少したり、規制の緩い海外に産業拠点が移転したりする)炭素リーケージを回避することです」

「ですから私たちが議論するのは、『炭素リーケージを回避できるか』という点に尽きます。それ以外にありません。日本政府の脱炭素政策を考えると、この点については特に問題ないだろうと思います」

「CBAMは導入されるでしょう。しかし、炭素リーケージのリスクがない場合、CBAMの徴収レベルは、日本の産業界による支払いにつながる可能性が低いものになるでしょう」

日本の非常に特殊なエネルギー問題を強く意識している

――とはいえ、日本の電源構成を考えると、原発の稼働率が低いためにエネルギー消費量当たりのCO2排出量(排出原単位)が多くなっています。

「確かにそうですね。しかし、それは問題にする必要はありません。もし日本がCO2排出を問題視しなければ、別の議論になるでしょうが、日本はそうしないでしょう。もし日本が鉄鋼やセメント、アルミニウムなどの産業界に要求する排出量の基準を緩和したら、それは問題でしょうが、日本はそうしないでしょう」

「私は日本が直面している非常に特殊なエネルギー問題を強く意識しています。フクシマ(東京電力福島第1原子力発電所の事故)の後、自国に化石燃料の資源を持たない日本は、経済をよりよく機能させるため、必要なときに緊急措置を取らなければならなかったのでしょう。それは今、欧州が直面していることでもあります」

「しかし、これらは緊急措置です。構造的にCO2排出量の増加を選択しているわけではありません。日本もCO2排出量を削減する軌道に乗っていますので、我々は同じ考え方に立脚しているのです」

――例えば、日本メーカーなどがEU域外で製造されたスチールやアルミを輸入して自動車を生産する場合はどうなるのでしょうか。自動車は多くのスチールを利用しています。

「自動車産業はよりサステナブル(持続可能)なスチールへと急速に移行していると思います。5年前には夢物語だった(再生可能エネルギーの電力で鉄を生産する)グリーンスチールが今、まさに実現しつつあります」

「スウェーデンはグリーンスチールへと急速に移行しており、インドでもまもなくグリーンスチールを生産する予定です。中国もグリーンスチールを生産する計画があるようです。これらの開発は、数年前の予想よりもはるかに速いスピードで進んでいます」

排出枠取引制度からの収入は、市民への補償に充てられる

――企業などにCO2の排出枠を設定し、削減の過不足分を売買する排出量取引制度(ETS)がどんどん進化しています。欧州委が新しい取引制度としてETS2の設置を提案し、昨年末に欧州議会とEU理事会で合意しました。ETS2の対象となる自動車や住宅にはどのような義務が課されるのでしょうか。

「これは住宅と輸送へのエネルギー供給会社が対象になる予定です。ETSから得た資金の一部は、市民への補助に充てられます。気候社会基金を創設し、気候変動対策により偏った影響を受ける市民が補助を受けられるように、ETSの収入を再分配しようとしています」

「どうすればいいのでしょうか。これはEU加盟国次第です。直接的に所得を支援することもできますし、グリーンモビリティーに資金提供もできます」

「我々は排出枠取引制度にとてもなじんでいます。何年も前から導入し、非常によく知られています。予測可能で市場原理が働き、燃費を向上させ、経費を節減することができるため、好まれています。私は運輸と住宅の分野でも同じようなことが起きると確信しています。幸いなことに、これによって不当な影響を受ける人々を補償する方法があります」

「ですから、私はその対策に非常に熱心です。ETSから出てくる収益は、エネルギー転換を加速し、産業界がクリーンな技術に集中し、持続可能な雇用を創出するために利用できます」

「ですから、私はとても興奮しています。欧州議会とEU理事会の両方が欧州委の提案を支持し、すぐにでも作業を始められることを本当にうれしく思っています」

米国には保護主義に走らずオープンな姿勢をと訴えている

――EUは米国のインフレ抑制法を批判しています。しかし、EUも気候政策により、EUの産業競争力を高めようとしているのではないでしょうか。

「確かに我々はクリーンテックにインセンティブを与えようとしています。私たちの戦略的な利益を守るために何が必要なのか、考えなければなりません。また、日本との関係のように、国際貿易を行うためにオープンであることがベストである場合もあります」

「とはいえ、日本と同じように米国に対し、保護主義に走らず、オープンな姿勢で一緒に取り組むことを訴えています。この点については、米国と意見が一致すると確信しています。一歩一歩、正しい方向に進んでいます」

「(米国製品を優先する)バイ・アメリカンの視点は理解できますが、これが本当に米国の産業を助けることになるのかについて、対話が必要です。米国の多くの産業界が、『保護主義はいらないから私たちと話をしてくれ。保護主義は将来の市場には役立たないだろう』と、私たちに働きかけています」

「ですから、EUも日本も全く同じ主張をしていると思います。ワシントンは、私たちの意見に耳を傾けてくれているはずです」

◇   ◇   ◇

ティメルマンス氏はインタビューで、日本のエネルギー政策に理解を示した。日本が脱炭素化を進める限り、国境炭素税で不利な取引を強いることは念頭になさそうだ。日本の産業を締め出すというより、環境規制の緩い国で生産された炭素効率の低い輸入品にコスト競争力で負けないようにすることが主な狙いと言えそうだ。

ただ、炭素リーケージの問題点を繰り返し指摘した。日本の脱炭素化が進まず、欧州とCO2排出原単位が大きく変わってくると、CBAMなどで厳しい措置を取る可能性もある。

また、ETSの進化も気になるところだ。EUは05年からETSを導入し、試行錯誤を重ねながら市場を拡大させてきた。米国とETSで連携するとさらに巨大な市場となり、ETSの導入で遅れる日本は蚊帳の外におかれかねない。

(日経BPロンドン支局長 大西孝弘)

[日経ビジネス電子版 2023年3月3日の記事を再構成]

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