「新排ガス規制で28万円コスト増」VW乗用車トップ

「自動車1台当たりのコストが平均で2000ユーロ(約28万円)上昇するだろう」。独フォルクスワーゲン(VW)の乗用車部門トップを務めるトーマス・シェーファー氏が、米ラスベガスで1月5〜8日に開催されたテクノロジー見本市「CES 2023」に合わせて米国で日経ビジネスなどの取材に応じ、欧州における自動車の新たな環境規制「ユーロ7(Euro7)」などによってコストが増大する懸念を示した。

ユーロ7は、欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会が2022年11月に規制案を発表した。25年から乗用車や小型商用車、27年からトラック・バスなどの大型車に厳しい環境基準を適用する見通しとなっている。
欧州の環境規制は1992年の「ユーロ1」が始まり。大気汚染物質の上限値を定め、基準を超えると自動車メーカーは車両を販売できなくなる。二酸化炭素(CO2)などの排出量規制は、基準を超えた場合に罰金を科すケースもある。欧州の環境規制は販売を禁止する点で、メーカーにとってより厳しい基準といえる。
ユーロ7の特徴は、現行の「ユーロ6d」に含まれなかった電気自動車(EV)を規制対象とした点にある。動力源や燃料、車種に関わらず、タイヤなどから摩耗によって生じる粉じんも規制対象になるためだ。EVはバッテリーを搭載することで、ガソリン車などに比べて車両重量が重くなる傾向にある。欧州自動車メーカー関係者は「EVにとって不利な条件だ」と打ち明ける。
新たな規制としてユーロ7ではアンモニアが追加され、試験の条件も厳しくなる。総じてユーロ6dより基準は厳格化されている。
厳しい規制に自動車業界からは戸惑いの声が漏れる。欧州自動車工業会(ACEA)はユーロ7の発表を受け、「深刻な懸念を抱いている」との声明を公表した。昨年までACEAの会長を務めたBMWのオリバー・ツィプセ最高経営責任者(CEO)は「環境面でのメリットは限定的な一方で、自動車のコストを大幅に引き上げる」とコメントしていた。
一方でコスト増の具体額について、欧州自動車大手はこれまで言及してこなかった。
VW乗用車部門のシェーファー氏は2000ユーロのコストについて以下のように語った。「排ガスだけでなく、(ユーロ7以外の規制である)サイバーセキュリティーや安全規制などがパッケージになっている。(それらを組み合わせると)私見では自動車1台当たりのコストが2000ユーロ上昇する」
コスト増に加えて、ユーロ7のスケジュールに関しても言及。「現在、欧州委員会が提案しているスケジュール通りに25年に(乗用車などで)全車両の認証を取得することは自動車業界や担当官庁にとって一般的に困難だ」と持論を述べた。
「EVで2万ユーロの壁を破りたい」
VWは周知の通り、急速なEVシフトを進めている。1月12日には、22年の世界EV販売台数が57万2100台となり21年比で26.3%増加したと発表。中国は21年比68.2%増となった。好調さがうかがえるが、シェーファー氏はEVによる「1本足打法」を否定した。
「(ガソリン車、EV、ハイブリッド車などの)全てを同時に処理し、グローバル市場の需要によってどれかを決められないことが、今日の自動車ビジネスで最も複雑な部分だ。例えばプラグインハイブリッド車が30年代まで必要なことは明らかだ。30年代に向けた資金をどう運用するかが鍵であり、それが難しい」
シェーファー氏は全方位的なビジネスを主張する一方で、「あらゆる車種に水素自動車は含まれるのか」との質問に対しては明確に首を横に振った。
EVに関しては普及のためにより安価な車種が必要との見解を示した。「VWブランドは誰にとっても手が届く存在でなければならない。25年までに2万5000ユーロの価格帯の小型EVを発売する。さらに、2万ユーロの壁を下回るEVの提供を計画している」と打ち明けた。欧州メーカーのEVとしてこれまでに実現していない価格となる。
VWは「ユニファイドセル」と呼ばれる独自規格の車両向け電池セルの量産を決定済み。電池を担当する子会社が生産を手掛け、形状などを共通化。30年までにグループ全体の80%のEVに搭載する計画を掲げる。量産化による規模の経済でコストダウンを図るとみられる。
新型コロナウイルスによる世界的なサプライチェーン(供給網)の混乱や、景気後退の恐れ、そして急激なEVシフト──。経済的、技術的な変化が一気に押し寄せるなかで、欧州の雄であるVWも慎重かつ機敏な対応が求められている。
(日経BPシリコンバレー支局 島津翔)
[日経ビジネス電子版 2023年2月6日の記事を再構成]
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