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自動車、アジアで大幅減産「まるでジェットコースター」

日経ビジネス電子版

「取引先から突然、10月の発注を大きく減らしたいと連絡が入った。10月には盛り返せるとか、挽回できると聞いていたのだが、蓋を開けてみれば全然違った」

9月末、ベトナム南部の都市ホーチミン近郊で工場を操業する自動車部品メーカーの幹部はため息交じりにこう話した。この工場で生産した部品の納入先はトヨタ自動車のグループ会社だ。

トヨタは9月10日、同月と10月の生産計画を大きく下方修正した。9月は当初予定していた約36万台の減産に約7万台を上乗せし、10月も約33万台の減産に踏み切るとした。通期の生産計画も見直し、930万台としていたところを900万台レベルにすると発表した。

ベトナムの部品メーカーはそのあおりを受けた。冒頭のメーカーが取引先から「10月の発注を大きく減らしたい」と告げられたのはトヨタが減産を発表したのとちょうど同じころだった。

ベトナムでは新型コロナウイルスの感染者数が2021年7月ごろから急増した。特に感染者が多かったホーチミンとその近郊では、厳しい封鎖措置が導入された。製造業の拠点では従業員の移動が禁じられ、宿泊して生産を続けることを求められた。

冒頭の部品メーカーも例外ではなかった。工場内に簡易ベッドやシャワーを運び込み、何とか生産を続けてきた。自分たちが原因でサプライチェーンが寸断されてはならないと、ギリギリのラインで踏みとどまってきたという。

感染拡大のピークは越えたとみられるが……

ただ、踏みとどまれなかった部品メーカーもあり、ベトナムから日本への部品供給が一部寸断された。これが一つの要因となり、トヨタは減産を迫られた。

その後、ベトナムの感染拡大はピークを越えたとみられ、9月上旬からは規制緩和の動きが出てきた。「これでようやく従業員を家に帰せる」。幹部がそう胸をなでおろしたところに、取引先から発注キャンセルの連絡が入ってしまった。

「新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、四苦八苦しながら生産を継続できる体制をつくってきたのに、今度は取引先から注文をキャンセルされてしまった。状況の変化があまりにも目まぐるしくて、まるでジェットコースターに乗っている気分だ」。幹部はこう嘆く。

生産調整を余儀なくされたのはトヨタだけではなかった。ホンダも9月17日、国内工場の生産稼働率が当初計画比で8~9月は4割程度、10月上旬は7割程度にとどまる見込みだと発表。スバルも9月17日、同月1日と6日に発表していた国内工場の操業停止期間を延長すると発表していた。

東南アジア域内にある各社の完成車工場も生産ラインの速度を遅くするといった調整が求められている。「突然、自社工場内に感染者が出たとか、部品が来ないといった連絡が入る。もう本当に心臓に悪い」。ある完成車メーカーの現地関係者はこうこぼす。

タイの自動車部品メーカー幹部によれば、トヨタだけでなく他の完成車メーカーも「8月や9月は生産調整を迫られたものの、10月には盛り返せる」との見通しを持っていたようだ。ただ実際には「国内向けも輸出向けも厳しい状況が続いている、日本向けも、北米向けもだめ。状況は悪化している」とこの幹部は話す。新型コロナが東南アジアのサプライチェーンに与えた衝撃は関係者の想定以上に大きかった。

コンテナ不足が危機に拍車

危機の震源地はベトナムとマレーシアだとみられている。電子機器関連の工場が集積するマレーシアでは、感染拡大に伴う封鎖措置で半導体大手の工場の操業が一時ままならなくなり、半導体不足に拍車がかかった。

もっとも、ベトナムやマレーシアだけがサプライチェーン危機を引き起こした「犯人」ではないとみる関係者は多い。両国以外の拠点でも突然、集団感染が発生し操業がままならなくなるなど、あちこちで部品の調達が滞る事態が起きている。

物流の機能不全もメーカーを悩ませる。新型コロナの感染拡大によりコンテナ物流に目詰まりが生じ、2020年中頃からアジアの製造業が予定通りに製品を輸出できなくなった。解消は早くて21年6月末ごろになるとの見通しだったが、米バイデン政権の景気刺激策により同国の消費が活性化した場合、コンテナ物流の目詰まりが続く恐れもあった。この懸念が現実のものになってきた。

ワクチン接種の促進と経済対策により米国の景気は急回復し、消費も上向いた。足元では11月下旬にも予定される大規模なセール「ブラックフライデー」を前に、小売り各社が在庫の積み増しに動いているという。その結果「生産国である中国と消費地の米国とをつなぐ航路にコンテナ船が集中し、慢性的にコンテナ不足に陥っていた東南アジアの物流がさらに悪化した」とタイの大手フォワーダー、HPSトレードの飯野慎哉最高経営責任者(CEO)は指摘する。

「倉庫を借りたい」が急増

日本の製造業が多く入居するタイの工業団地関係者によると、21年初めごろから「倉庫を借りたい」という引き合いが急増したという。「数年単位ではなく数カ月単位の短期で借りたいというメーカーが多い」(関係者)。またベトナムの製造業関係者からも、「倉庫を借りたいがどこも一杯で借りられない」という声が出ている。

倉庫需要がにわかに高まった理由はいくつか考えられる。一つが、受注に応じて製品を作っても、載せるコンテナがなく予定通りに製品を輸出できなくなってしまったケースだ。そこでやむなく倉庫を借り、製品を保管しているとみられる。

自動車メーカーの世界的な生産調整により、行き場のなくなった部品が滞留していることも背景にはありそうだ。在庫が積み上がったからといって、工場を止めることは容易ではない。従業員を無為に遊ばせておくこともできない。また「生産調整が一巡すれば、完成車メーカーは盛り返そうと必ず動き出す」(タイの日系部品メーカー幹部)という読みもある。これに備えておく必要があるとの判断も働いていると見られる。

半導体の供給「短期間では改善せず」

東南アジアにおける新型コロナの感染拡大は落ち着きつつある。マレーシアでは従業員の出社割合が制限されていたが、ワクチン接種の促進を背景に多くの工場で従業員が現場に戻りつつある。上述のようにベトナムでも従業員の移動規制は徐々に緩和される見通しだ。

だが、関係者の多くは「サプライチェーンが厳しい状況は当面続く」とみる。仮にマレーシアの状況が改善したとしても、慢性的な半導体不足は続く。同国に集積する半導体関連産業の強みはウエハーをパッケージングしたり検査したりする後工程にある。半導体産業に詳しいケナンガ・インベストメントバンクのサミュエル・タン・シニアアナリストは「肝心のウエハーが前工程からやって来なければ、マレーシアの工場が通常通り稼働できても中は空っぽのままだ」と指摘する。

タン氏によれば、半導体受託生産大手の台湾積体電路製造(TSMC)などは自動車向けを強化しているものの、その割合は現状で全体のまだ1割程度しかないという。「供給は短期間では改善せず、少なくとも1年以上はかかるだろう」(タン氏)

見えてきた各国の姿勢

東南アジア各国にある工場の稼働についても困難は続く。

各国は欧米と同様に新型コロナを撲滅するのではなく、これと共生する、いわゆる「ウィズコロナ」の道を探り始めている。ただ取り組みは始まったばかり。工場内で集団感染が発生した場合でも操業は継続できるのか。感染者が出た場合どう隔離するのか。濃厚接触者はどうするのか。

製造業におけるウィズコロナの在り方はまだ手探りで、規制も手段も確立されているとはいい難い。工場運営の混乱は続き、突然、操業停止を迫られる恐れも依然として残る。

今回のような未曽有のリスクにどう対応すればいいのか、この点について現状で明確な解はなさそうだ。東南アジアの拠点で生産が難しくなった部品を日本で代替生産する動きはあった。ただ、東南アジアに生産を完全に移管している部品も多い。代替生産しようにも、一部の部品が足りないとか、人員を一から集めて教育するコストや時間がかるといった問題が発生し、多くの場合、スムーズには進まなかった。

調査会社フォーインの堀井崇志・アジア調査部部長は「サプライチェーンを強じんにすることは必要だが、今回のようなリスクが頻繁に起きるとは考えにくい。莫大なコストをかけてまで、これに耐え得るだけの対策を取ることが正解と言えるのかどうかは議論が分かれるだろう」と指摘する。

ただ新型コロナの感染拡大を通じて見えてきたこともある。東南アジア各国の危機への対応の仕方だ。例えばマレーシアやベトナムなどでは、感染が拡大すると製造業に対しても比較的厳しい封鎖措置が取られた。一方、タイでは製造業の声に耳を傾ける姿勢が政府にあり、工場が軒並み操業できなくなるような事態は避けられた。

インドネシアでは医療の逼迫が深刻化し、日系企業の駐在員が相次ぎ退避することを迫られたが、タイやマレーシアでは大きな動きは出なかった。医療に対する信頼がインドネシアに比べて高かったことが一つの要因だろう。未曽有の危機に対して各国がどのような姿勢で臨むのか。その傾向を把握できたことは、今後のリスクに備える上で大いに役立つはずだ。

(日経BPバンコク支局長 飯山辰之介)

[日経ビジネス電子版 2021年10月6日の記事を再構成]

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