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オミクロン型出現 変異箇所の多さから浮かぶ3つの仮説

日経サイエンス

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新型コロナウイルスの「オミクロン型」が連日ニュースで取り上げられている。オミクロン型は2021年11月24日に南アフリカ共和国が初めて世界保健機関(WHO)に報告した変異ウイルスだ。厚生労働省によると、22年1月11日までに国内でも検疫を含め約3000人の感染者が確認されており、世界でもすでに100を超える国と地域で報告されている。

オミクロン型は、これまでのアルファ型やデルタ型といった変異ウイルスと比べて変異箇所の数が圧倒的に多い。ウイルスの突起である「スパイク」だけに着目しても、アルファ型やデルタ型が有する変異箇所が10カ所前後であるのに対し、オミクロン株の変異箇所はおよそ30カ所もある。

新型コロナウイルスの流行が始まって以来、世界中でゲノム解析を通じた変異ウイルスの追跡作業が行われてきた。それにもかかわらず、オミクロン型は一体、どうしてこの監視網を逃れて変異を積み重ねてこられたのだろうか。これは新型コロナの今後の流行に備える上で重要な問いだ。

30カ所の中には具体的にどのような変異が含まれているのか。アルファ型やデルタ型といった従来の変異ウイルスでも見られた変異として、オミクロン型は免疫逃避に関わるとされる「E484(K)」や、ウイルスがヒト細胞に侵入しやすくなる「N501Y」「H655Y」「P681H(R)」といった変異を持っている。

どれも、これまでの研究で要注意とされてきた"まずい変異"だ。このことは、オミクロン型が発見された当初から世界中の研究者がこの変異ウイルスの危険性について警鐘を鳴らしてきたゆえんでもある。

一方、オミクロン型にしかない変異もある。スパイクの中でも、人体の細胞表面のタンパク質と直接結合する「受容体結合領域(RBD;Receptor Binding Domain)」と呼ばれる部位で特に多いようだ。

RBDの形状はウイルスが細胞へ侵入する際の成功率に直結し、多くの抗体がここを標的としているため、免疫の効き目にも影響する。オミクロン型が持つ感染力の強さや、免疫からの逃避といった特徴は、RBDの変異と強く関係していると考えられている。

RBDに蓄積した大量の変異は、ヒトの体内でより増えやすいように(そして集団全体で感染をより広げやすいように)ウイルスの変異と選択が繰り返されてきたことを意味している。

問題は、それが一体いつ、どこで起きたのかだ。各国のウイルスのゲノム解析結果を基に変異状況を追跡している国際研究プロジェクト「Nextstrain」の解析では、オミクロン型の祖先にあたる変異ウイルスがその他の変異ウイルスから分岐したのは、アルファ型の流行よりはるか前の20年の3~5月ごろだった。

つまり、オミクロンは20年の春以降、1年以上にわたって一切ゲノム解析という監視網に引っかかることなく、水面下で変異を蓄積してきたことになる。

オミクロンの変異蓄積はどこで進んだのか。この謎について、現在3つの仮説が提唱されている。

1つめは、ゲノム解析が行われていない国で変異の蓄積が進んだとする説だ。アフリカ諸国でゲノム解析の体制を整えている国は少ない。ただ、こうした国からの渡航者のゲノム解析でもオミクロンに至る途中段階のウイルスが一切検出されなかったとすれば少々不自然だ。各国の過去のデータを精査し、途中段階のウイルスが見つかればこの説の可能性が高まる。

2つめは、ヒト以外の動物の体内でウイルスの変異が進み、それがヒトに再び感染したという説だ。ヒトと動物の間でウイルスが行ったり来たりする現象には実例がある。20年の秋に、毛皮を採取するためにデンマークの農場で飼育されていたミンク(小型の哺乳類)が新型コロナに感染。ミンクの体内で変異したウイルスが再びヒトに感染した。

また、21年1~3月の調査では、米オハイオ州で屋外に放し飼いにされたオジロジカ360頭のうち35.8%が新型コロナに感染済みだったとされる。シカからヒトへの感染は未確認だが、結果を報告したオハイオ州立大学の研究チームは、少なくともシカ間での感染が起こったとみる。

ただ、動物のコロナウイルスを専門とする北里大学の高野友美教授は「もしオミクロン型が動物の体内で長期間にわたって維持されていたとすれば、その動物種に適合した変異が進むはずだ」と話す。「そうしたウイルスが、ヒトで感染力を増すというのは考えにくい」

そして3つめが、免疫不全の患者の体内でウイルスの感染が長期間続き、その間に変異が進んだという説だ。免疫不全のヒトの体内では、通常であればウイルスを短期間で体内から駆逐する免疫系が正常に働かず、体内にウイルスが残り続けることがある。

免疫系が弱い攻撃しか繰り出さない環境に長く置かれたウイルスは、免疫から逃避する変異を蓄積しやすい。実際に南アでは、エイズウイルス(HIV)に感染した患者が半年以上新型コロナに感染し続けた事例が報告されている。体内でウイルスの変異が蓄積し、いくつかの変異はオミクロン型と共通の箇所で起きていた。

実は、アルファ型の変異も、免疫不全患者の体内で蓄積した可能性が高いと考えられている。この仮説が正しければ、オミクロン型はアルファ型よりももっと長い間患者の体内に潜み、変異を蓄積してきた可能性がある。現在も誰かの体内に大量の変異を蓄積したウイルスが存在しており、その一部が世界中に感染を広げるという現象が今後も繰り返されるのかもしれない。

「オミクロン型は感染力が高く、デルタ型より重症化しにくい可能性がある」。こう聞くと、ウイルスが次第にヒトと共生する道を選び、おとなしいウイルスに変わるシナリオを期待したくなる。オミクロン型はそうした変化の途上にあるのではと考え、オミクロン型の出現を「良いニュース」ととらえる人もいる。

上述のシナリオを支えているのは、次のロジックだ。「宿主の症状が重いと他の宿主との接触が減るため、ウイルスの感染は広がらない。宿主にダメージを与えない方が、結果的に感染が広がる」

しかしこれが成り立つかどうかは、ウイルスが宿主の行動にどれだけ依存しているかによる。新型コロナの感染者は発症前からウイルスを排出するため、発症後の宿主の症状によらず感染が広がることになる。

また、新型コロナは症状の重さが人によって大きくばらつくのが特徴だ。重症化した人から感染が広がりにくくても、ウイルスは症状の軽い人を通じて感染を広げることができる。

ウイルスが複数種の宿主を持つ場合も話が複雑になる。狂犬病は紀元前からある感染症だが、いまだに致死率が高い。それはこのウイルスがヒトとイヌを含む幅広い哺乳類を宿主として増殖でき、ウイルスの感染拡大がヒトの行動に左右されにくいためだ。

こうしたことを考慮すると、新型コロナウイルスの性質が今後どのように変化していくのか、現時点で言い当てることは極めて難しいことがわかる。

オミクロン型の出現に関する3つの仮説は、今後の感染症対策で必要となる視点を提供してくれる。

まず、世界全体でゲノム解析の体制を整え、監視網の抜け穴をなくすことの重要性だ。動物を介したウイルスの変異が現実に起こるのを防ぐため、飼育下の動物でウイルスがまん延しないようにすることも大事になる。そして、免疫不全の患者の体内でウイルス変異の蓄積が加速するなら、こうした人々を感染から守る取り組みが欠かせない。

今後ウイルスの病原性が弱くなるかどうかは予測が難しいが、人間の側が備えを積み重ね、感染症に強くなることはできる。この変異ウイルスの出現を巡る議論が今後の対策に結実すれば、たしかにオミクロンの出現が「良いニュース」だったと言えるようになるはずだ。

(日経サイエンス編集部 出村政彬)

日経サイエンス2022年2月号に掲載

  • 発行 : 日経サイエンス
  • 価格 : 1,466円(税込み)

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