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「獺祭」の旭酒造会長、損得勘定よりも酒への愛を貫く

旭酒造の桜井博志会長(写真:栗原克己)
日経ビジネス電子版

地方の中小の酒蔵を「純米大吟醸」の分野で日本一の地酒メーカーに育て上げた、清酒「獺祭(だっさい)」で知られる旭酒造(山口県岩国市)の桜井博志会長。おいしいと言ってもらえる酒を追いかけ、危機を乗り越えようと必死に試行錯誤してきた。未曽有の自然災害に巻き込まれても社員を鼓舞し、手塩にかけて造った酒への愛を貫いた。

◇  ◇  ◇

新型コロナウイルスの感染拡大によって、清酒業界も大きな影響を受けました。旭酒造にとって特に厳しかったのは2020年3~5月の3カ月間です。まず輸出が大きくダウンするところから始まりました。新型コロナの感染拡大が海外で先行したためです。輸出に力を入れてきた我々は、輸出が売上高の4割ほどの水準になっているので、影響も非常に大きかった。

そうこうするうちに、国内の売上高もあっという間に半分になってしまいました。「酒造として何とか経営を維持するには、前年比で何%の売上高を確保しなければならないのか」。不安になった私は、大慌てで社員に調べさせました。倒産も頭によぎるほど大変な状況でした。

需要の急減に合わせて、生産量を一気に落としました。通常の生産量のままでは、おいしく飲んでもらえる期間のうちに販売できる見通しが立たなかったからです。

今度はそれが裏目に出てしまいます。アジアを中心に経済の回復ペースが速く、想定以上の勢いで輸出が戻り始めたのです。インバウンド(訪日外国人)のお土産需要がなくなった一方で、自国で買ってくれる人が増えました。その結果、7月から3カ月ほどの間は販売できるお酒が足りませんでした。

需要が不安定な状態に対応しきれなかったことで、20年9月期は売上高が106億円、前年比で2割減の大幅ダウンとなりました。コロナ禍というこれまでにない難題を前にして、あらためて経営の難しさを感じています。

今回の問題で新しい気付きもありました。清酒業界は飲食店を向きすぎていたという反省です。

大手流通会社と取引するナショナルブランドの清酒メーカーと違い、旭酒造のような地酒メーカーは各地の酒販店を主な取引先としているところが大半です。酒販店は個人にも販売しますが、地元の飲食店向けの販売に力を入れているところが多い。そのため、お酒を提供する飲食店がコロナ禍で休廃業したり、緊急事態宣言によって営業時間を短縮したりした影響が大きく出てしまいました。

酒造の経営者として、個人向けをないがしろにしてきたわけではありません。それでも、この状況になってみると、もっとやりようがあったのではないかと思えてきます。この反省を次の成長に生かさなければなりません。

変えるしかない状況だった

私が父から旭酒造の経営を引き継いだのは1984年のことでした。それから30年ほど社長を務めた後、2016年に長男の一宏に社長を譲って現場を任せました。今は会長として一歩引いた位置から社業全般を見ると同時に、近く予定する海外での製造の準備などを進めています。

典型的な地方の中小の酒蔵だった旭酒造は、私が経営を引き継いでから40年弱で売上高が70倍以上に伸びました。清酒の種別の一つである「純米大吟醸」でいえば日本一の規模になっています。山口県岩国市の山深い地域にある地酒メーカーが「なぜ全国で販売するメーカーになれたのか」とよく聞かれるのですが、結論から言えば「運があった」のだと思っています。

旭酒造の売上高の推移(9月期)。純米大吟醸に集中して売り上げが急拡大した

経営者として、明確な戦略を持って進んできたわけではありません。目の前の危機を乗り越えようと必死に試行錯誤することを繰り返してきました。

地元4社でしんがりという弱い立場だったから東京という格段に大きな市場の開拓に乗り出しましたし、売れなかったからそれまで以上に高品質なお酒を造ろうとしました。杜氏(とうじ)を置かずに社員だけで生産するという新しい造り方にも挑みました。こうした挑戦は、それまでのやり方を変えるしかないほど厳しい状況だったことの裏返しでもあります。私が旭酒造の経営でどのように困難に立ち向かってきたのかを振り返ってみましょう。

まずお話ししたいのは、未曽有の自然災害に巻き込まれたときのことです。

あの日、私は本社蔵にある自宅にいました。集中豪雨による冠水や土砂崩れで200人以上もの尊い命を奪った18年7月の「西日本豪雨」(平成30年7月豪雨)です。まさか会社があれほどの被害を受けることになるとは思ってもいませんでした。

激しい雨が続く中、本社蔵の前を流れる川が増水したかと思うと、川の向こうでは山崩れが発生しました。山のすぐそばに立っている本社蔵は「獺祭(だっさい)」の生産の多くを担っています。裏山が崩れて万が一の事態になることすら頭をよぎりました。それでも雨は降り続けます。不安に思うばかりで何もできないことをじれったく感じていました。

翌朝には悲惨な光景が広がっていました。本社蔵の裏山は大丈夫でしたが、本社蔵と直売所が1メートル前後も浸水してしまったのです。本社と直売所をつなぐ橋は全壊しましたし、直売所には流木が流れ込んでいました。これだけの水害は、会社の記録を遡ってみても1770年の創業以来初めてのこと。最終的に損害額が約10億円に上るほどの大きな被害でした。

経営は基本的に息子に任せていますが、現場を前にして一気にアドレナリンが出てきました。こんなときこそ、危機を何度も乗り越えてきた自分の経験が生きる。「これは自分の仕事だ」と思ってどんどん動き出しました。

「日本で最速の復旧を目指そう」。出社できる社員に集まってもらった日、不安そうな顔をしている社員たちにこう伝えました。誰も経験したことのない状況です。だからこそ、皆で前を向いて動く必要があります。できる限りはっきりしたメッセージを最初に伝えて、社員たちに「一緒にいれば安心だ」と思ってもらおうとしました。

被害状況を調べてみると、本社の1階と地下室には泥水が入り込み、パソコンなどの機器が浸水しました。原料米や酒瓶も泥水につかってしまいました。それでも、落胆しているわけにはいきません。

まず着手したのは本社蔵の徹底的な洗浄でした。酒蔵である以上、衛生面の回復を優先しなければ先に進めません。水が引いてすぐに洗浄を始めましたが、最初は電気も使えない状態でした。人の手に頼るほかありません。社員たちと一緒にスコップや一輪車を使いながら土砂をかき出し続けました。

本社蔵(中央)は山口県岩国市の山あいにある(写真:森本勝義)

当時は「獺祭の旭酒造」としてある程度知られる存在になっていたこともあり、我々の被害状況を伝えるために多くの報道陣が集まってきました。ただ、被害は地域全体に及んでいます。ここで対応を間違えると、ずっと支えてきてくれた地域に迷惑をかけてしまう恐れがありました。被害の2日後には記者会見を開いて自社の被害状況をできるだけ詳しく伝えるとともに、地域全体の被害と救済も訴えました。社員の手が空いたときには、地域の復旧のために小学校や民家の手伝いにも行ってもらいました。

50万本の酒に救いの手

人の縁の大切さをあらためて感じる出来事もありました。50数万本の酒を救ってもらったのです。

洪水の影響で発生した停電は3日間続きました。当初は「復旧まで1カ月ほどかかる」と言われていたので、電力会社も懸命に作業を進めてくれたのだと思います。でも、製造中のお酒にとっては厳しい環境になってしまいました。150本の発酵タンクの温度制御ができなかったのです。

獺祭の製造では温度管理を徹底して発酵をコントロールしています。それができなかったお酒を獺祭のブランドで出荷するわけにはいきません。

ただ、お酒としては販売できる品質でした。廃棄して損害保険で対応する方法もありましたが、どうしてもそんな気持ちにはなれなかった。そんなところに『島耕作』シリーズで知られる岩国市出身の漫画家、弘兼憲史さんからの電話がありました。旭酒造が豪雨の被害について記者会見した様子を見て、「何か支援できることはないか」と申し出てくれたのです。

最初は「何千本でも買う」と言ってくれたのですが、被害に遭った酒は桁違いの量です。ではどうするかと弘兼さんと話しているうちに、安価に販売して、売り上げの一部を災害の義援金にするというアイデアが出てきました。弘兼さんがラベルに島耕作の絵を描いてくれたことが話題を呼び、獺祭としては売れなかった酒があっという間に売り切れました。

単純な損得勘定から言えば、損害保険で対応した方がよかったのかもしれません。でも、被害を受けた酒を飲んでみたらおいしかったのです。酒造りを愛する酒蔵の経営者として、全力で造ってきたお酒を何としても救いたかった。その思いをくんで手を差し伸べてくださったお客様には心から感謝しています。

大変な状況だからこそ、どうしたらいいかを必死に考えて前を向く。思い起こせば、経営を引き継ぐまでのトラブルや、経営が軌道に乗るまでの日々が、私のそんな考え方を醸成したような気がします。(談)

(聞き手は日経ビジネス 中沢康彦)

[日経ビジネス 2021年4月5日号の記事を再構成]

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