カシオ、デジカメ技術を医療に応用

カシオ計算機が医療分野の開拓に力を入れている。2018年に撤退した消費者向けデジタルカメラで培った光学技術や画像処理技術を生かし、皮膚科や産婦人科向けのカメラを開発した。国内外で販売し、撮影した画像から人工知能(AI)でがんの診断を支援するサービスにも参入する。「G-SHOCK」など主力の時計に続く高収益事業の育成を目指す。
「学会に出展すると手に取ってくれる医師が多い」。カシオ計算機開発本部メディカル企画開発部の北條芳治部長が胸を張る製品がある。
患部の詳しい観察や撮影が可能に
医療用コンパクトデジタルカメラの2機種、皮膚科向けの「ダーモカメラ」と産婦人科向けの「コルポカメラ」だ。ともに医療機器としての認証を取得済みだ。ダーモカメラは19年5月から販売中で、コルポカメラは22年3月に発売する。
コンパクトカメラ1台で患部の詳しい観察や撮影ができる手軽さが強みだ。ダーモカメラはレンズを皮膚に当てて撮影し、専用の画像表示ソフトウエアで表面の状態や色合い、内部の色素分布などが分かる。特に皮膚がんの診断に役立つ。コルポカメラは子宮頸(けい)部を約30センチメートル離れた場所から撮影し、子宮頸がんの診断につなげる。
2機種の開発の原点となったのは、カシオが消費者向けに長年手掛けてきたデジタルカメラの技術だ。同社は95年に業界初の液晶モニター付きデジタルカメラ「QV-10」を発売し、その後のデジカメブームをけん引した。手軽さと高い機能を兼ね備える同社のカメラは多くのファンを獲得した。
デジカメ技術眠らせたくない
だが10年代に入ると状況は一変する。スマートフォンの普及のあおりでデジカメ事業は赤字に転落し、18年には消費者向け市場からの撤退を余儀なくされた。
だが「QVシリーズの技術を眠らせたくないという思いが社員にあった」(北條部長)。目を付けたのが医療への応用だ。伏線はその前からあった。
カシオは10年代初頭、デジカメの画像からアート作品のような画像を作成できるウェブサービスを提供していた。得意の画像変換技術を生かした遊び心あるサービスだ。すると、ある大学病院の皮膚科医からこの技術を学会発表に使いたいという申し出があった。皮膚の病変を光学的に詳しく調べる「ダーモスコピー」と呼ぶ検査に役立ちそうだという。

カシオはこれをきっかけにダーモスコピー検査の知識や診断のコツを効率よく学べるウェブサービスを開発し、15年6月に提供を始めた。皮膚科医の日常診療を支援するカメラを作るプロジェクトが立ち上がったのもほぼ同時期だった。
役に立ったのは、消費者向けに培ってきた連続撮影や画像合成のノウハウだ。ダーモカメラとコルポカメラは、ともにシャッターを一度切るだけで照明光やフィルターが切り替わり3枚の画像を連続撮影できる機能を備える。
ダーモカメラは通常光のほか、反射を抑えて皮膚内部を捉える「偏光」、シミなどを近紫外光で捉える「UV」という3種類の撮影モードがある。コルポカメラは近紫外光に代えて緑色光(グリーンライト)を使うことで、病変の観察に重要な血管の様子がよく分かるようにした。
皮膚表面の病変は、立体的でピンぼけしやすいという難しさもある。ダーモカメラは異なる高さにピントを合わせた複数の画像を合成し、画面全体でピントが合うようにした。この画像合成技術も消費者向けのカメラで磨いてきた。
複数の機種を短期間に開発するための工夫もした。画像センサーや半導体基板などのコア部分を共通化し、レンズと照明部分だけを用途ごとに作り分ける方式にしたことだ。開発期間を短くできコスト削減も見込める。QVシリーズの担当者もいつしか開発チームに加わり、カメラ開発の現場にかつてのような活気が戻った。
2機種とも価格は消費者向けコンパクトカメラの10倍以上だが、医師からの評価は高い。ダーモカメラは約20万円で、これまでに日本やオーストラリアで計2000台売れた。米国や欧州でも近く発売する。コルポカメラは専用のスタンド込みで約180万円するが「ダーモカメラに引けを取らない関心を寄せてもらっている」(北條部長)。
時計や電卓に次ぐ柱に
ハードウエアの完成度には徹底してこだわるが、カシオの医療分野での狙いはさらにその先にある。北條部長は「売り切り型でない現場支援の事業を育てたい」と話す。仕込んでいるのはダーモカメラやコルポカメラの撮影画像から、AIががんを見つけるクラウドサービスだ。
医師が見落としを防いだり診断の効率を高めたりできる。ダーモカメラ向けのAI開発はすでに佳境を迎えており、23~24年の事業化を目指す。
AIによるがん診断支援は市場成長が見込まれ、IT(情報技術)大手も参入を狙う。米グーグルはスマートフォンで撮影した皮膚画像から、がんを指摘するAIを開発している。北條部長は「ハードウエアの開発や生産を自ら手掛けられることが我々の強み。ソフトウエアやサービスで稼ぐためにこそ魅力的なハードウエアが必要だ」と譲る気はない。
カシオにとっては、主力の時計や関数電卓などに続く収益源の育成が急務だ。ダーモカメラやコルポカメラなど医療事業の売上高は22年3月期に約5億円、23年3月期には10億円を見込む。販売地域が欧米に広がり診断支援にも参入すれば、数十億円が視野に入る。新たな診療科の開拓にも力を入れる考えだ。(大下淳一)

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