伸びる大学発スタートアップの給料
SmartTimes 東京大学特任准教授 伊藤伸氏
スタートアップが上場企業の平均を上回る給与を提供する例が散見されるようになった。先端的な研究成果の活用で期待のかかる大学発スタートアップの傾向はどうなのか。上場企業の給与動向を調べてみた。

2021年度の経済産業省調査で把握された上場の大学発スタートアップのうち純粋持ち株会社や経営破綻した会社を除いた61社について21年度(21年4月期から22年3月期)の有価証券報告書から平均給与(年収)や平均年齢を拾った。平均給与の単純平均は約655万円、平均年齢は39.3歳になった。平均給与が1000万円を超える企業も3社存在した。
同じ21年度を対象に東京商工リサーチが調査した上場企業3213社の平均給与は約606万円。社数や従業員規模は大きく異なるとはいえ、上場大学発スタートアップの平均給与は、上場企業の全体より50万円程度も高い結果になった。
大学発スタートアップのうち11年度の時点で上場していた22社に限定すると平均給与の単純平均は約675万円に達し、10年間で約13%も伸びている。東京商工リサーチの調査を基にした同期間の上場企業全体の伸び率約6%を大きく上回った。長らく停滞が続く非上場を含む全産業の給与と比較すると一層際立つ。
大学発スタートアップの給与水準が上がった理由として資金調達環境の改善がある。上場による資金調達はもちろんだが、10年代後半以降、国内のベンチャーキャピタルによる投資が活発化し、上場前であっても、より多くの資金が大学発スタートアップに流れるようになった。
先行する一部の大規模大学は自らベンチャーキャピタルを立ち上げ、積極的なスタートアップ投資を展開している。
勤め先を選ぶ際に給与は重要な判断材料になる。大企業からの転職では給与の低下が障害になる場合が多い。給与水準の引き上げは大企業からの人材流入を促す。給与水準は人材投資への経営姿勢を反映しており、少なくとも上場に限れば、大学発スタートアップは年収面でも大企業に劣らない魅力を持ちつつある。実際に筆者の周りでも大学発スタートアップへの転職に向けた動きが垣間見られる。
一般にスタートアップの経営資源は乏しく、高給な従業員の雇い入れは経営者にとって大きな決断になる。資金調達環境の改善は、企業の発展に不可欠な人材を確保するチャンスを経営者にもたらす。
新たな市場における事業の成功は時間との戦いになる。特に研究開発型の多い大学発スタートアップでは製品・サービスの立ち上げまでの期間短縮が決定的な要因になる。調達した資金で優れた人材を確保し、迅速に成長に結び付けていく好循環を生み出せるか、経営者の手腕が一段と問われるだろう。
[日経産業新聞2022年9月14日付]
