ソフトバンク流再生エネ、1円単位のコスト競争へ種まき
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ソフトバンクグループ(SBG)系のSBエナジーが再生可能エネルギーとデータを掛け合わせる。2022年度から固定価格での買い取りではなく、一部で市場価格の連動で売買されるため、全国の発電、天候、卸売価格を予測する。再エネ参入から10年たち、需給調整やコストで競う時代が迫る。SBエナジーの深慮遠謀と課題を探る。

北海道南部の噴火湾に近い「ソフトバンク八雲ソーラーパーク」(八雲町)。東京ドーム30個分の牧草地には、雪が落ちやすいように角度が通常より5度ほど傾斜をつけた発電パネルのほか、50台超の大型蓄電コンテナが並ぶ。日本最大級の蓄電で1分間の出力変動を1%以下に抑える。
SBエナジーが20年秋に稼働し、北海道電力の要求条件に対応して蓄電能力は28メガワット時に上る。管理する東日本フィールドエンジニアの技術者である佐伯満氏は「蓄電池の充放電で、送電インフラへの負荷を最小限にしつつ、発電を最大限にできている」と説明する。
北電の変電所まで14キロメートルの自営線も敷き、「出力調整のデータや自治体との協力ノウハウは今後に生きる」(SBエナジー)。
世界では企業が発電事業者と長期契約を結び、再エネ電力を直接調達する「コーポレートPPA(電力購入契約)」が広がる。ブルームバーグNEFの調査では、20年の世界の新規のコーポレートPPAは発電能力ベースで15年比5倍に急増した。
FIPが主戦場
一方で日本は再生エネ電力の固定価格買い取り制度(FIT)があり、電力会社が長期間、一定価格で電気を買い取る仕組みに頼ってきた。
だが、12年に1キロワット時40円前後だった太陽光発電の買い取り価格は21年に10円程度に下がった。22年以降は新たな再エネ発電で、市場での電力売却後に一定額を政府が上乗せする制度(FIP)に移る。
SBエナジーの三輪茂基社長は「自営線での企業への再エネ供給、蓄電がカギのFIPが主戦場になり、発電+蓄電のコスト競争が始まる。経済安全保障でデータセンターの日本回帰も起き、ビジネスチャンスは大きい」と強調する。

日本の太陽光発電は広大な北海道や日照が長い九州に偏る。SBエナジーも11年秋の創業から発電容量を約700メガワットに増やし、北海道と九州で全体の6割を占めている。
だが「50カ所近い発電拠点を北から南まで分散してきたことにこそ意味がある。1メガワットでも、100メガワットでも得られるデータの価値は変わらない」(稲桝徳仁副社長)という。
地域ごとに多様なパネル、パワコン、送電管理、設計を試した発電効率データがある。コーポレートPPAで「エネルギーと情報の掛け合わせが重要だ。独自ノウハウで発電効率が3~4%は向上し地域ごとの1円単位のコスト競争力に生きる」(三輪社長)。
日本の再エネ普及の最大の課題は送電網のインフラだ。変動の大きい太陽光や風力を受け入れる能力に限りがあり、需給のロスが大きい。
ITの影の主役に
「再エネがいよいよIT社会の影の主役になる」。8月12日のSBエナジーの経営会議では、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が3日前に公表した報告書に衝撃が走った。平均気温の1.5度の上昇が従来予想より10年早くなり、海面上昇や台風で世界1億4千万人に水害が起きるといった予想を出し、「人間活動が原因」と断言した。

SBGの孫正義会長兼社長から「AIと再エネで何ができるか、解決策を頼む」との指示も飛んでいる。
21年度は全国の再エネ発電設備のビッグデータ、出資する米トゥモローの特定地域の高精度の天候予測、卸電力市場のデータをAIで分析し、翌日の発電や消費電力の予測をたてる実証を始めた。
「4時間分の充電料金0円」。三菱商事グループのMCリテールエナジー(東京・千代田)は電気自動車などを活用し、深夜や正午前後などの電気の安い時間帯の充電を促す実験を始め、25日までモニターを集める。
SBエナジーも参加し、余剰電力が大きい4時間を前日にLINEなどで利用者に通知する。その時間帯の充電の電気代は無料で、需給動向で価格を変える「ダイナミックプライシング」の実用化につなげる。
エネルギー政策に詳しい国際大の橘川武郎教授は「日本の再エネ導入は世界に比べて周回遅れで、特に送電網がボトルネックだ。今後はFITに依存していた事業者は経営が厳しくなり、余剰電力を調整できる企業が生き残る」と指摘する。
SBエナジーは全国20万カ所以上の携帯基地局の蓄電池を抱えるソフトバンク、数千万人の利用者がいるヤフーやLINEとも連携する。
コーポレートPPAの本格展開はこれからだ。SBエナジーは水面下で生活産業の大手メーカーなどと契約の交渉を進めているが、10年間で蓄えたデータや知見のコスト競争力、需給調整の実行力が問われる。
海外戦略、強まる停滞感
モンゴル、インド、サウジアラビア――。ソフトバンクグループは2011年以降、海外での再生可能エネルギーの大がかりな発電事業の構想も打ち上げてきた。だが着々と発電効率のデータやノウハウを積み上げる日本事業と違い、21年5月にはインドの再エネ事業子会社を地場の財閥に売却することを決め、海外戦略の停滞感は強まる。
孫氏の再エネへの関心
「孫さんは再エネへの関心を失ったのではないか」。エネルギー業界では人工知能(AI)の有力スタートアップ投資にまい進する孫氏の発言、インドの再エネ発電からの事実上の撤退をみて、こうした受け止めが増える。
インドでは15年に中央政府のメガソーラープロジェクトを落札し、太陽光発電を中心に5㌐㍗の発電能力まで拡大した。中長期的に20㌐㍗にする計画を掲げていたが、5月にインド新興財閥アダニ・グループ傘下の再エネ企業に売ることを決めた。
アダニ・グリーン・エナジーはSBGのインドの再エネ子会社の企業価値を35億㌦(約4000億円)と見積もり、SBG社内では「良い条件でイグジットできた」との声もある。孫氏も「(インドで再エネを立ち上げるという)初期の目標は達した。グローバルな投資会社に移行し、次の成長はアダニに託した方が良い」と話す。だが海外の再エネ事業への関与が薄まり、サウジアラビア政府との大規模な太陽光発電プロジェクトの停滞観測もくすぶる。
海外の再エネ事業から手を引くのか、再びアクセルを踏むかの焦点はモンゴルになる。孫氏は12年にモンゴルや韓国、16年にロシア、中国との連携を表明し、低価格の再エネ電力を海底ケーブルでアジア諸国につなぐ「アジアスーパーグリッド構想」の具体策を打ち出した。
大型構想も諦めず
現在はゴビ砂漠での50㍋㍗の風力発電にとどまるが、SBエナジーの三輪茂基社長は「荒唐無稽と言われるかもしれないが、まだ全く諦めていない。モンゴルのゴビ砂漠の風力や太陽光、ロシアの安い水力の再エネをもってくるというアイデアは温め続けている」という。
多国間での電力の融通の調整は法整備や安全保障もあり、一筋縄ではいかない。三輪社長は「エネルギーは国策もあるが、研究開発の調査や海外企業との協議は続く。通信の海底ケーブルはすでにつながっている。電力も公益で国同士でつながり再エネ導入を高めるべきだ」と強調する。
孫氏は東日本大震災の後、再エネ関係のプロジェクトで福島県や東京都内の生ごみ処理場、福岡の燃料電池施設、インドなどを訪れ構想を説く姿が目立った。だが17年の10兆円規模のビジョン・ファンドの運用以降、再エネの現場に立つ姿はめっきりと減った。
だが任期が2年のSBエナジーでの役員の改選で、孫氏は毎回「もちろん取締役会長をやる」と答えているという。通信事業会社のソフトバンク、Zホールディングスなどの子会社があるが、会長を務めている主要会社はない。
世界的に脱炭素、再エネの導入の動きが強まるなか、停滞感を払拭できるかどうか、モンゴルでの事業展開の進捗が試金石になる。

SBエナジー 三輪茂基社長
国内50拠点の生データ強み
ソフトバンクグループの歴史は孫正義会長兼社長が1981年、パソコンソフトの仲卸事業で創業したことに始まる。40年間でネット、通信、ファンドに事業を広げ、6月の定時株主総会で自らの役割を「人工知能(AI)情報革命の資本家」と明言した。エネルギー事業の位置づけ、課題、戦略について、三井物産の資源エネルギー関連やソフトバンクの経営戦略室長を担ったSBエナジーの三輪茂基社長に聞いた。
――震災後の2011年10月にSBエナジーが設立され、日本の太陽光発電容量の1%強を占めます。10年間の成果と課題は何でしょうか。
「過去25年間でネット業界の時価総額は2000倍になった。AIが全産業を再定義し、IT(情報技術)のデータセンターの消費電力はさらに膨らむ。世界的な『脱炭素』『経済安全保障』で、競争力のある再エネが欠かせない。10年間で蓄えた強みは700㍋㍗超の発電能力ではなく、日本の北から南まで50カ所近い拠点の発電の生データを得る体制だ。AIでコストを的確に予測し、企業に提供する」
「今までは固定価格買い取り制度(FIT)に守られ、電力会社に送配電で協力をもらう庇護(ひご)の世界だった。真の発電企業になるタイミングで、電力の需給バランスの調整力、周波数変動への対応力などが課題だ。16年度から仮想発電所(VPP)の実証を重ね、高精度の気象予測、蓄電技術なども活用し、知見を実践していく」
――FIT終了に備え、発電モデルをどう変えますか。
「今後は企業に直接売電するようになり、発電拠点は小型になる。新設ペースは加速し、風力や地熱にも力を入れたい。国際競争力で、火山国の日本が勝ちやすい身近な果実『ローハンギングフルーツ』は地熱発電だ。運転開始まで10年前後かかり、巨額投資もリスクだが、月面着陸と同じで国が普及時期と政策を出せば一気に進む」
――グループで天候予測や太陽電池セルのベンチャーと資本提携しました。
「再エネ導入の促進につながるかどうかが投資基準だ。北欧のエクセジャーは微弱な光に反応し、ヘッドホンなどで発電できる超薄型の太陽電池セルを持つ。脱炭素は企業で先行するが、環境配慮の服で人気の米パタゴニアのように、クリーンな電力につながる個人製品の需要も見込む」
――孫社長は再エネへの熱量を失ったという見方があります。
「孫社長からは『経済安全保障でデータセンターの日本回帰が始まる。IT、AI、再エネを組み合わせ、しっかり頼む』など適宜、指示がある。ファンド事業の時間が相対的に増えているが、再エネへの関心が後退したわけでは全くない。孫社長の慧眼(けいがん)で10年前に定款を変え、再エネに奔走したことが今の基盤につながっている」
――インドでの再エネ事業は事実上撤退しましたが、今後の海外戦略は。
「インドでの再エネ発電は15年に参入したが、金融システムや市場の商習慣などで特殊性があった。事業を広げるにはインドの新興財閥に任せる方がよいという結論で、グループ会社が売却された。だが海外事業は今後も力を入れる。太陽熱の発電が主なアフリカの再エネ事業に投資する中東ファンドに出資した。化石燃料が再エネに変わる中、中東の一次情報から未来を予知する狙いで、新たな知見を今後の海外展開に生かす」
(工藤正晃)
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