苦境の仮想通貨 機関投資家向けサービス6種類を検証

FTXトレーディングの経営破綻は業界にとって痛手となった。同業バイナンスのチャンポン・ジャオ最高経営責任者(CEO)は「消費者の信頼が揺らいでいる」と指摘した。仮想通貨への投資で知られる米資産運用会社アーク・インベストメント・マネジメントは、今回の事態で「機関投資家による(仮想通貨の)採用は数年遅れるだろう」との見方を示した。
仮想通貨の機関投資家は2022年の市場の混乱を受け、主に質と信頼性の2つを重視している。質とはコンプライアンス(法令順守)やセキュリティー、投下資本利益率(ROI)の水準などで、信頼性とは仮想通貨各社の負債に対する自己資本比率の透明性や、顧客の資金が安全に引き出せるかどうかだ。
今回の記事では仮想通貨のプライムブローカレッジ(ヘッジファンドに取引機能を総合的に提供するサービス)やDeFi(分散型金融)プラットフォームなど6つの仮想通貨サービスについて、機関投資家が投資すべきかどうか、「優先すべきだ」「精査してから」「しばらく様子見」の3段階で評価した。機関投資家がそれらのサービスや提供企業を評価する際、質と信頼性に関して知っておくべき点もまとめた。

・横軸「市場の勢い」:市場全体の成長性を示す指標として、未公開株市場の活動を測定した。指標にはスタートアップの数、投資額、スタートアップの成熟度などがある。
・縦軸「業界大手の活動」:既存の業界プレーヤーがテック市場にどの程度関与しているかを評価した。指標にはコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)の活動、M&A(合併・買収)の件数、ビジネス関係(例:提携関係、顧客企業とベンダーの関係)などがある。
優先すべきだ――すぐに投資したい
機関投資家向けの仮想通貨トレーディング&プライムブローカレッジ
▽機関投資家向けの仮想通貨トレーディング&プライムブローカレッジとは:機関投資家やヘッジファンドを対象に仮想通貨の取引プラットフォームを手掛ける企業。安全な取引の執行や流動性を提供する。
多くは高度なトレーディング戦略、カストディー(資産の管理や保全)、清算、融資などを総合的に提供するプライムブローカーだ。
▽知っておくべきこと:この分野は最も活発な仮想通貨トレーダーにサービスを提供している。企業数は断トツで多く、過去6年の株式による資金調達総額は80億ドル近くに上る。ただし、選択肢が多いため「第2のFTX」と信頼できる企業との見分けが難しい。
取引相手の破綻などで生じる「カウンターパーティーリスク」を最小限に抑えたい機関投資家は、取引プラットフォームやプライムブローカーによる次の2つのサービスを優先的に導入すべきだ。
・認可を受けているカストディー
・準備金と負債の証明
認可を受けているカストディアンとは、連邦や州の規制当局から顧客の代わりに資産を保有する認可を得ている企業を指す。こうした企業は厳しいコンプライアンス要件を守り、定期的に監査を受けている。米大手投資ファンドのブラックロックとアポロ・グローバル・マネジメントは22年、認可を受けているカストディー企業との提携により、機関投資家向けの仮想通貨サービスに参入した。
FTX破綻を受け、業界では未上場の仮想通貨企業の預かり資産の安全性を示すために資産と負債を開示する「プルーフ・オブ・リザーブ(準備金証明)」を求める声が高まった。一部の交換業者はすでに主に外部の監査機関を採用して準備金証明を発行しているか、そうする方針を示している。ただし、準備金証明は本格的な金融監査ほど包括的ではなく、その時点でのスナップショットを提供しているだけにすぎない点に注意すべきだ。
精査してから:1~3年かけて評価
仮想通貨による資産運用
▽仮想通貨による資産運用とは:仮想通貨によるパッシブな(指数連動)投資戦略を機関投資家に提供する企業。シングルまたはマルチアセット型のインデックス(指数連動型)ファンド、信託、ETF(上場投資信託)、運用会社に運用を一任するSMA(セパレートリー・マネージド・アカウント)などがある。
▽知っておくべきこと:機関投資家はこのサービスを利用することで、仮想通貨に直接投資しなくても投資の機会を得られる。仮想通貨ファンドには従来の投資と同様の信頼性と親しみやすさがある。デジタル資産運用会社コインシェアーズによると、22年12月上旬時点の仮想通貨ファンドの運用資産残高(AUM)は計230億ドル近くに上る。
多くの投資家はなお米証券取引委員会(SEC)が米国で仮想通貨のスポットETFを承認するのを待っている。これが認められれば、この分野の需要はさらに高まるだろう。承認された商品はまだないが、信託や先物ETFの形で多くの商品が提供されている。
米金融大手バンク・オブ・ニューヨーク・メロン(BNYメロン)は21年7月、米グレースケール・インベストメンツ(Grayscale Investments)と提携し、公開市場で取引されている最大のビットコインファンド、グレースケール・ビットコイン・トラスト(GBTC)の会計と事務手続きのほか、いずれETFサービスを提供すると発表した。米金融大手ゴールドマン・サックスは22年3月、米ギャラクシー・デジタル(Galaxy Digital)と提携した。これによりゴールドマンの顧客はギャラクシーのイーサリアムファンドを利用できるようになった。
機関投資家が仮想通貨の運用会社を比較検討する際には、AUM、ファンドの運用成績、最低投資要件、基準価格、手数料を考慮すべきだ。GBTCは22年12月中旬時点では、ビットコイン価格を50%近く下回る記録的な安値で取引されている。これは割安に思えるかもしれないが、供給が需要を上回っており、スポットETFにならない限り価格は当面上がらない可能性を示している。投資家はGBTCの値動きと、SECによるスポットETFについての判断に注意すべきだ。
仮想通貨の市況データ&分析
▽仮想通貨の市況データ&分析とは:ブロックチェーンのデータと分析プラットフォームを機関投資家やトレーダーに提供する企業。顧客企業はこのサービスを使って仮想通貨のポートフォリオやトークン(電子証票)、プロトコル、交換所を追跡し、自社戦略の報告に活用できる。各社はリアルタイムのダッシュボード(一覧表示画面)やAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース=システム同士が相互に連携するための技術仕様)、調査リポート、リスク管理ツールを使ってデータや分析を提供している。
▽知っておくべきこと:仮想通貨の市況データ&分析企業は「仮想通貨業界のブルームバーグ」になろうとしのぎを削っている。マーケット分析サービスは機関投資家にとって不可欠だが、業界の歴史が浅く、扱うデータが特殊な仮想通貨には対応しきれていない。
米仮想通貨大手コインベース・グローバルが仮想通貨の現在の投資戦略や今後の計画について機関投資家に尋ねた調査によると、最も多かったのは「研究や知見の利用」で、44%が挙げた。「市況データの利用」は3番目に多く、36%が回答した。
市況データ&分析企業は米アクセル、米アンドリーセン・ホロウィッツ、米ユニオン・スクエア・ベンチャーズなどの有力ベンチャーキャピタル(VC)や、BNYメロン、米シティグループ、ゴールドマン・サックス、米フィデリティ・インベストメンツなど資産運用大手から多額の資金支援を受けている。
ゴールドマン・サックスは22年11月、デジタル資産の分類システムを開発するために指数算出会社MSCIおよび仮想通貨の市況調査会社コインメトリクスと提携した。このシステムの利用により、投資家は仮想通貨やトークン、様々な資産クラスや分野のトレンドを標準化された方法で追跡できる。
機関投資家がベンダーを選ぶ際には、各社のデータの複雑性と分析ニーズについて評価すべきだ。特にDeFiのデータセットの信頼性は企業によって様々だ。
仮想通貨の会計&税務
▽仮想通貨の会計&税務とは:仮想通貨を取引、投資する金融機関や資産運用会社に会計処理や税務、監査の準備や報告サービスを提供する企業。
機関投資家や仮想通貨企業に雇われている税の専門家に販売するケースが多い。
▽知っておくべきこと:日本の国税庁にあたる米内国歳入庁(IRS)は個人投資家や機関投資家、企業に対し、仮想通貨の売買で得た利益についてキャピタルゲイン税を支払うよう法律で義務付けている。損失は税控除として会計処理できる。仮想通貨の保有、移管、取引は全て課税対象であり、法律を守らなかった場合には多額の追徴税額を課される。
税法を守る必要性にもかかわらず、この分野の企業の過去6年間の株式による調達額は前述の分野よりも大幅に少ない。仮想通貨の税務分野で事業を手掛ける企業がそもそも少ない上に、その多くが個人投資家を対象にしていることが理由だろう。
機関投資家や税の専門家は各社を評価する際、価格設定の仕組み、既存の税務ソフトへの搭載状況、どのブローカーや交換所、ウォレット(電子財布)に対応しているかを比較検討すべきだ。規制改正や各社の対応状況などに目を光らせておく必要がある。
しばらく様子見――今後3~5年の見通し
機関投資家向けDeFi
▽機関投資家向けDeFiとは:厳しい法令順守が求められる金融機関向けに分散型の金融商品を提供する企業。
DeFiとはブロックチェーンの処理を自動化できるスマートコントラクトを活用し、銀行や信用組合、証券会社など従来の仲介者を使わずに個人間(PtoP)の金融サービスを提供するシステムを指す。
金融機関向けDeFiはあらかじめ登録されたプログラムのみの稼働を許可する「ホワイトリスティング」と、本人確認済みの参加者のプール(寄せ集め)作成により可能になった。コンプライアンスや追跡ツール、高度なカストディーやセキュリティー、DeFiのトークンに連動したインデックス商品もこの分野に含まれる。
▽知っておくべきこと:DeFiは比較的高い利回り、効率的な取引、FTXなど中央集権型企業からの独立を約束する。だが機関投資家はセキュリティーやコンプライアンスの懸念から利用を控えている。
JPモルガンのブロックチェーン基盤ネットワーク「オニックス・デジタル・アセッツ(Onyx Digital Assets)」の責任者は22年6月、金融機関向けDeFiの取引、借り入れ、融資向けに米国債とMMF(マネー・マーケット・ファンド)数兆ドル分をトークン化する計画を明らかにした。だが同行はFTX破綻後のリポートで、特に機関投資家向けの仮想通貨サービスでは中央集権型の取引所が引き続き大きな役割を担うとの観測を示した。このリポートでは価格発見やセキュリティーのリスクなど、DeFiの進展への懸念も指摘している。
とはいえ、機関投資家向けDeFiはここ6年で多額の支援を受けている。(他の分野とともに)この分野で事業を手掛けるスタートアップによる17年以降の調達総額は30億ドルに達している。BNYメロン、JPモルガン、英HSBC、スイスのUBSなどの金融機関はDeFiプロトコルに直接出資してはいないものの、大手テック企業に資金を投じている。米シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)グループと英CFベンチマークスは22年12月、トレーダーや機関投資家向けに新たにDeFiの基準金利とリアルタイム指数の提供を始めた。
機関投資家はセキュリティーの水準が最も高いDeFiプラットフォームやウォレットしか選んではならない。22年にDeFiプロトコルを狙ったハッキングが急増したが、セキュリティーが最もしっかりしているプロバイダーは被害を受けなかった。
機関投資家向けステーキング(保有対価の報酬)
▽機関投資家向けステーキングとは:取引を処理し、プロトコル(イーサリアムなど)維持に貢献した報酬として仮想通貨を配分する「ステーキング」を通じ、機関投資家に利回りを提供する企業。
ステーキング企業は顧客向けサービスとして、ステークに必要なノードを運営する。これにより投資家がノードを自ら用意し、管理する技術的費用が不要になる。
▽知っておくべきこと:ステーキングは仮想通貨からリターンを得るための受動的で環境に優しい手段だ。イーサリアムの仕様変更「マージ(統合)」は22年9月に正式に完了し、イーサリアムの合意形成メカニズムは仮想通貨採掘のために電力を大量消費する「プルーフ・オブ・ワーク」から、消費電力が大幅に少ない「プルーフ・オブ・ステーク」に移った。これは仮想通貨業界にとって画期的な出来事であり、ステーキングの需要急増につながった。
だがステークされるイーサが増えると、ステーキングの利回りは下がり、投資家のリターンも限定される。しかも、投資家は23年3月に暫定的に予定されている次のイーサリアムの更新まで、ステークしたイーサを引き出せない。
こうした制約にもかかわらず、多くの機関投資家がステーキングを有望視している。ゴールドマン・サックス、JPモルガン、米モルガン・スタンレーはいずれも機関投資家向けステーキング企業に出資している。資産運用会社フランクリン・テンプルトン・インベストメンツの上級バイスプレジデントは22年12月のインタビューで、ステーキングは機関投資家による仮想通貨の採用を推進すると評価した。
投資家が機関投資家向けステーキング企業を評価する際には、対応ブロックチェーンの数、取引量、ステーキングの換金(投資家が引き出せる)オプション、セキュリティー対策について比較検討すべきだ。
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