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米社買収「これで成長できないとパナソニックは駄目」

日経ビジネス電子版

パナソニックは9月17日、米ソフトウエア会社のブルーヨンダーを約71億ドル(約7700億円)で買収した。大型M&A(合併・買収)は、2011年の三洋電機、パナソニック電工の完全子会社化以来10年ぶり。1991年に米MCAを61億ドルで子会社化して以降、パナソニックはM&Aで辛酸をなめてきた。にもかかわらずなぜ、経営陣は巨費を投じる決断を下したのか。(敬称略、肩書は当時)

9月上旬、神戸市にあるパナソニックのノートパソコン「レッツノート」の工場。担当者が制御端末に表示されたボタンをクリックすると、部品ごとの在庫数がズラリと表示された。画面には、神戸工場だけでなく台湾工場のデータもある。このシステムを使えば、ボタン1つで、世界中の在庫を把握できる。

導入したのは、パナソニックが同17日に買収を完了した米ソフトウエア会社、ブルーヨンダーのシステムだ。同社はサプライチェーン管理に強く、米コカ・コーラや英ユニリーバなど世界に3000以上の優良顧客を持つ。神戸工場は2020年12月、このシステムを採用。導入前の準備から人材配置までブルーヨンダーの仕組みに合わせて実践し、使い方を習得してきた。

「属人的だった在庫管理が『見える化』された」

効果は予想以上だ。従来、エクセルシートを送って情報交換していた各工場の在庫管理が、クラウド経由で一元管理できるようになった。天候や交通情報、販促活動の状況など200の変数を用いた需要予測も可能だ。コネクティッドソリューションズ(CNS)社副社長の坂元寛明は「属人的だった在庫管理が、『見える化』され効率化された」とシステム導入の意義を強調する。

約半年前の21年3月。大阪府門真市にあるパナソニック本社の役員室。社長の津賀一宏を筆頭に、カンパニー長ら約10人の役員がグループ戦略会議、通称「G戦」の場でブルーヨンダーの買収の是非を議論していた。

「いくら何でも価格が高すぎます」

「買収してうまくいくと思いますか」

ブルーヨンダーの買収は、それまで幾度となくG戦で議論されてきた。この日も複数の役員から反対意見が相次いだ。新型コロナウイルス禍を受けてサプライチェーン管理を見直す企業が増えたため、20年5月に55億ドルと見積もられていたブルーヨンダーの企業価値は85億ドルまで上昇していた。年度末が間近に迫り、いよいよ決断できずに買収話は流れるかと思われた。

ところが、その後、会議の流れは変わる。それまで聞き役に徹していた津賀の言葉が部屋に響きわたった。

「反対するのなら、代案を」

「反対するのなら、ブルーヨンダー以外の成長戦略は何かあるのか。代案を出せるもんなら出してほしい」

津賀がそう言い放つと、役員室は一瞬にして静まり返った。そして続けた。

「これで成長できなければ、パナソニックはもう駄目だ」

津賀に、代わりの成長策を提示できる役員はいなかった。こうしてG戦を通過した後で取締役会でも決議され、21年4月、買収合意が発表された。

ブルーヨンダーの買収話が持ち上がったのは18年春。口火を切ったのは、マイクロソフト日本法人会長などを歴任し、25年ぶりにパナソニックに出戻った専務の樋口泰行だ。企業向けビジネスを手掛けるCNS社の経営を任され、担当する複数の事業から成長性が高いと目を付けたのがサプライチェーンだった。

当初、津賀は慎重な立場を崩さなかった。しかし、樋口が週報の廃止やフリーアドレス化などの改革を推進し、パナソニック社内に新風を吹かせ始めると見方が次第に変わっていく。津賀は樋口に「粘り強くやってほしい」と買収交渉を進めるよう指示。20年7月、約860億円を投じてブルーヨンダーの株式2割を取得した。

社長人事を前倒し、次期社長に与えた決断の時間

ブルーヨンダーへの出資と同じ頃、動き出していたのは、パナソニックとトヨタ自動車による車載電池の合弁会社だ。17年12月、両トップが出席した共同会見以降、この提携でパナソニック側の交渉の先頭に立ったのが当時、執行役員の楠見雄規だった。電池を含む車載関連事業は、津賀が12年の就任以来、自ら育ててきた肝いりの事業でもある。だが、後ろを振り返ると、勢いよく成長する中国企業がすぐそこまで来ていた。楠見は、パナソニックの車載電池事業を切り出してトヨタの事業と合弁をつくるというミッションを完遂。津賀はこの実績を評価し、楠見を次期社長に指名した。

津賀は20年11月、7カ月後の21年6月に社長を退くと発表した。パナソニックは慣例的に、社長交代人事を2月下旬に発表してきた。今回大幅に前倒ししたのは、次期社長の楠見にブルーヨンダー買収を検討する時間を与えるため。数千億円規模の大型買収の是非を、退任まで残りわずかの自分が決めるわけにはいかないと津賀は考えた。津賀は「楠見さんが反対するなら買収はしない」と決断を任せた。

自動車関連機器を担うオートモーティブ社を率いていた楠見も、たびたびG戦で議題に上がるブルーヨンダーの買収には「価格が高い」との思いを持っていた。それでも、次期社長に指名された後、神戸工場に足を運び、システムを目の当たりにすると疑念は晴れた。部品数や製品番号が毎年のように増え、在庫管理の難しさを感じていたのは担当事業が異なる楠見も同じ。年が明ける頃、楠見も買収が会社の成長に必要だと心に決めた。

「もうあきらめるしかない」。3月のG戦が開かれる前の週、樋口は津賀から切り出されていた。買収には、津賀と楠見、財務担当役員の梅田博和が賛同したが、過半数を占める残る役員は相変わらず首を縦に振らない。だが、長い間、外の風景を見てきた樋口には、伝統的なパナソニックの経営を根本から変えるには不可欠な買収との強い信念があった。「私が全責任を負います」。樋口は相対する津賀にそう宣言し、前出の津賀の発言につながっていく。

津賀が最後の一押しをしたのは、自身にも似た経験があったからだ。

津賀が最後に背中で見せたものとは

津賀は成長途上のスタートアップだった米テスラの潜在力を認め、提携関係を深めてきた。14年には、テスラの電池工場への出資にも踏み切った。物事を慎重に進める日本企業には、自由奔放なイーロン・マスク流の経営や振る舞いは危うく見えた。取締役会では幾度も「あんな会社と付き合い続けて大丈夫なのか」との声が出るなど津賀への風当たりは強くなっていた。津賀には、なかなか賛同を得られぬ樋口とかつての自分の姿が重なった。

テスラとの共同事業は、21年3月期に黒字に転換。今年3月末までには、取得額の100倍超となる約4000億円でテスラ株も売却した。事業は軌道に乗り始めたところだが、我慢の時期を経たからこそ果実を得られた。

テスラ株売却は、結果的にブルーヨンダーの買収を決めるトリガーになった。楠見は「テスラ株の売却資金がなければ、買収の決断はできなかったかもしれない」と振り返る。

津賀が社長を務めた9年間は、紆余曲折(うよきょくせつ)そのものだった。7000億円超の巨額赤字を計上したどん底のときに社長に就任、黒字転換したところまでは良かったが、その後は成長の柱となる事業を育成できなかった。そんな津賀が、社長在任中、やり残した最大の課題は現場の活力を取り戻すことだという。最後は、チャレンジすることの大切さを背中で見せた。

ただし、正念場はこれからだ。パナソニックは過去の買収で、文化や社風が異なる企業との相乗効果を十分に発揮してこれなかった。ブルーヨンダーへの巨額投資の成否は、パナソニック自身がどう変われるかにかかっている。

(日経ビジネス 中山玲子)

[日経ビジネス 2021年9月30日の記事を再構成]

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