タイ・クボタの危機感、人手確保へイメチェン - 日本経済新聞
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タイ・クボタの危機感、人手確保へイメチェン

東南アジア屈指の工業国タイでは労働人口の先細りで、製造業で自動化が加速している。働き手の意識も変わり、東南アジアから日本への出稼ぎも減る。安価な労働力を前提にした事業モデルはアジアで通用しなくなりつつある。

バンコク中心部から東へ車を走らせること2時間弱。チョンブリ県の工業団地にある農業機械大手クボタの現地法人サイアムクボタのアマタシティ工場を訪れると、数え切れないほどの自動搬送車(AGV)が縦横無尽に走り回っていた。

新型コロナウイルス禍で職を失い、故郷に帰って就農する人々への支援策として、政府が農機導入への補助政策を打ち出したことによる「特需」もあって、トラクターやコンバインの販売は好調。その果実を年末の賞与という形で還元できていることから、サイアムクボタは現時点で人手不足には見舞われていないという。

それでも、タイ人幹部らを中心に「5年後、10年後には製造業の現場で人手を確保するのは相当厳しくなるだろうという危機感は強い」(岡田文宏工場長)。工場勤務につきまとう3K(きつい、汚い、危険)のイメージを払拭しようと、将来を見据えた手を着々と打ち始めている。大量のAGVはその表れだ。

東南アジア屈指の工業国タイでは少子高齢化が進行。同国政府が2022年5月に示した見通しによれば、総人口は28年の6719万人をピークに減少に転じる見通しだ。製造業の現場では将来の人手不足への備えが始まっている。

おしゃれな厚生施設を売り物に

工場内で人手で運んでいい物の重さの上限は法令で25キログラムと定められているが、サイアムクボタでは15キロに設定。さらに8キロまで下げるべくAGVなどの導入を進める。塗装や溶接のように有害物質が発生したり、大きな騒音が出たりする現場には順次ロボットを導入している。

AGVやロボットの開発を担うのは、社内に立ち上げた専任のローコスト・オペレーションチームだ。十数人体制で、作業者の働きやすさを考えた自動化に取り組んでいる。

将来の人手不足リスクを見据えたもう一つの布石が、21年に完成した厚生棟だ。木目を基調に黒がアクセントのスマートな内装で、食堂やコンビニエンスストアはもちろん、カフェやコワーキングスペース、ジム、さらにはバスケットボールコートが優に2面は取れそうな体育館まで備えている。

食堂や会議室を厚生棟に移すことで、事務所棟のソーシャルディスタンスも確保した。おいしいと評判の食堂では、基本的に15バーツで食事ができる。タイ人にとっても格安で、朝昼2食を取った上、自宅に晩ご飯として持ち帰る従業員も少なくない。

人口減少に直面し、タイ政府も手をこまぬいているわけではない。「タイランド4.0」と銘打った長期ビジョンで、自動化やデジタル化による生産性向上や付加価値創造を促す政策を展開している。

日本を上回る高単価の納入設備

こうした後押しもあって製造業の設備投資意欲も高まっている。三菱電機グループの現地法人で、工場設備を自動制御するシーケンサーや産業用ロボットを手掛ける三菱電機ファクトリーオートメーションタイランドの津田正一副社長は「電気電子系やEV(電気自動車)関連でとりわけ需要が旺盛だ」と話す。

工作機械大手のDMG森精機でアジア担当の最高執行責任者(COO)を務める橋本聡氏は「タイの製造業は労働集約型から価値創造型へと移行しつつある。今後15年、20年かけて、さらに高いレベルに上がるためには、どこと手を組んで、どんな機械を買う必要があるか。こうした発想をする地場企業は確実に増えてきている」と話す。現在、DMG森精機がタイで納入する設備の平均単価は日本よりも高いという。

設備投資意欲の高まりは製造業に限らない。ダイフクの信田浩志取締役(イントラロジスティクス事業部門長)によれば、コロナ禍で電子商取引(EC)が急拡大し、タイの流通業から搬送・保管システムへの引き合いが増えているという。

ECビジネスでは、指定した時間に商品が届かない、あるいは注文とは異なる商品が届いたとなれば、消費者からの信頼は即座に失われる。信田氏は「スピードと効率と品質が求められる。安い労働力では実現が難しく、そこにリスクが生じる」と、設備需要の高まりの背景を説明する。

異変が起きているのはタイだけではない。ベトナム人をどうつなぎ留めるか――。22年3月に現地法人が創業20年を迎えたTOTOはこの課題に挑み続けてきた。創業記念日、スポーツ大会、社長と社員との少人数の対話、社員からの寄付によるへき地での学校改修、歩留まり良品率更新パーティーに、売上高更新パーティー。とにかく社内イベントが目白押しだ。

こうして社員のエンゲージメント(会社への帰属意識)を高めるとともに、気温が37度を超える作業現場の猛暑対策にも取り組む。TOTOベトナムの浅田協二社長は「場合によっては日本国内以上に費用がかかることもあるが、必要な投資はきちんとする」と話す。こうした努力の積み重ねもあって、22年のベトナム法人創業記念日にはルー・ドク・アイン副社長をはじめ5人が勤続20年の表彰を受けた。

ベトナムで人材争奪戦が激しくなっている背景には、米アップルや韓国のサムスン電子、LG電子などが最先端の生産施設の整備を決めるなど求人が拡大していることがある。現地で長年操業してきたとはいえ、日本企業だけが有力な働き口というわけではなくなっている。

日本での仕事に魅力感じず

こうした変化はベトナムからの労働力に事実上依存してきた日本の国内産業にも影響を与えつつある。

「本当に人が集まらない。もうリクルートする国を変えた方がいいんじゃないかとも話し始めています」。こう話すのは、技能実習生ら外国人の人材を組合員企業に紹介している地域環境福祉事業協同組合(東京・中央)の横山泰洋法人事業部次長だ。コロナ禍前にはベトナムで技能実習生を募ると、募集人数の3倍以上が押し寄せたが、21年秋には2倍を確保するのもやっとだったという。

月額最低12万円の手取り保障を組合員企業に求めるなど、働き手の待遇には気を配っているが、「建設のような重労働で月に十数万円しかもらえないなら、行かなくてもいいという人が本当に増えた」(横山氏)という。

実際、日本の出入国在留管理庁の統計を見ても、22年4〜5月こそ入国制限緩和で、待機者が一斉に押し寄せ、技能実習生の新規流入はコロナ禍前を上回ったが、それ以降は以前の水準を取り戻していない。

伊藤忠総研マクロ経済センターの石川誠上席主任研究員はこうした現状を踏まえ、「(コロナ禍をくぐり抜けて)自国の将来に明るい兆しが見えてきた。国外にわざわざ出ることもないという空気が東南アジアに広がっているのではないか」と指摘する。

安い労働力を求めて日本企業が進出し、また日本国内の労働力不足を埋めるための人手を集めていた東南アジア。こうした姿は過去のものになりつつある。割安な労働力を当てにした労働集約型ビジネスが通用する余地が、アジアから消えつつある現実を日本企業は直視する必要があるだろう。

(日経BPバンコク支局長 奥平力)

[日経ビジネス電子版 2023年2月2日の記事を再構成]

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