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米エクソン取締役に環境派 ESG対応はもうかるのか?

ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説

米石油大手エクソンモービルの定期株主総会で、同社の環境対策に批判的な「物言う株主」が推薦した取締役候補4人のうち3人が選任されました。会社推薦の候補をはねのけての投票結果は、投資家のESG(環境・社会・企業統治)重視の機運を象徴しています。こうした動きについて、グロービス経営大学院の嶋田毅教授が「企業価値」「資本コスト」の観点で解説します。

【解説のポイント】
・「ESG経営にかじを切ったからもうかった」と実証できる例は見当たらない
・企業価値が高まり資金調達が円滑になると、業績や株価の安定には資する

ESGを避けて通れず

ESGやESG投資という言葉が聞かれるようになってから久しいです。ESGとは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)の頭文字をとったもので、投資を通じて今後の社会をより良いものにしていこうという意図が込められています

大手機関投資家はESGを非常に重視しています。ニュースにも登場した世界最大級の資産運用会社ブラックロックはESGを重視する機関投資家として知られ、2020年には、投資先企業が気候変動リスクについての情報開示を怠った場合、その決定に株主として反対票を投じると発表しました。

ブラックロックが21年5月に発表した第1四半期の株主総会での投票行動に関する報告書によると、環境や社会関連の株主提案の4分の3に賛成したとのことです。20年同期はそれが10%程度だったということですから、ここにきて一気にアクセルを踏んでいることが分かります。

ブラックロックは日本ではソフトバンクグループ東芝西武ホールディングス住友ゴムなどの株式の5%超を保有していることでも知られます。他の投資家への影響力も大きく、ブラックロックの動きにならう機関投資家も少なくありません。いまや、ESGを戦略や組織運営の核に据えることは、日本の大手企業にとっても、避けて通れない条件になりつつあるのです。

「SDGs」と連関

さて、環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)は一体で語られることが多いですが、その内容は少し異なります。環境や社会は「国連の持続可能な開発目標(SDGs)」に強くひもづきます。

脱炭素による気候変動リスクの削減や貧困撲滅は典型的なEやS関連の取り組みと言えるでしょう。それに対してガバナンス(G)は、女性役員の多さなどSDGsと連関する項目もありますが、それ以上に情報開示などといった経営の透明性などにフォーカスしています。日本の年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)も、英指数算出会社FTSEラッセルが算出する「FTSE Blossom Japan Index」など複数のESG指数を採用しています。

今のところ「もうかる」とは言えない

さて、ESGに関する取り組みを進めることは、直感的には良いことのように思えますが、企業として、それは「もうけ」につながるのでしょうか。これについてはいろいろなサーベイがあるのですが、21年現在ではまだ決定的な結論は出ていません。ネガティブではないものの、決定的にポジティブな結果は出ていないようです。言い方を変えれば、ESGは「~すべきだ」といった「べき論」的な側面が強く、一定の結果から総括して「ESG経営にかじを切ったからもうかった」と実証できるような事例は見当たらないということです。

これは企業にとっては悩ましい話でしょう。社会的なアジェンダ(行動計画)に寄与することは、公的存在とも言える上場企業にとって避けて通れません。しかしそれがもうけにつながらないとしたら、インセンティブはやはり弱まります。一方で、ESGを重視する株主の声は強まっています。企業がESGにかじを切るうえで、もっと強くインセンティブになる要素はないのでしょうか。

資本コストを下げ、企業価値を上げる

ここで、もうひとつ別の側面に着目しましょう。株主が企業に望むことは、わかりやすく言えば企業価値の向上です。企業価値は図のような式で計算されます。

分子の「FCF(フリーキャッシュフロー)」は、企業に毎年入ってくるお金です。厳密には多少異なりますが「もうけ」と言い換えてもいいでしょう。一方、分母にある「1+WACC」は、割引率を表します。ファイナンスの世界では「未来のキャッシュはリスクや金利を踏まえると現在のキャッシュより価値が低い」と考えるので、未来のキャッシュフローは割り引いて考えます。その割引のレートが割引率です。「WACC(加重平均資本コスト)」は借り入れに対する利息の支払いや、株式投資に期待する利益率などから計算される、企業の資金調達に伴うコスト(=資本コスト)です。

仮に先の式の分子のFCFが同じだとしても、割引率が小さくなれば、企業価値は上がるわけです。そして、ESGへの取り組みは資本コストを下げ、割引率を小さくすることにつながるというのが、推進派の主張です。

「より良い経営→業績や株価のバラつき小さく」

なぜそうなるのかについては様々な論がありますが、現時点ではここで最も効果があるのは「G」の取り組みとされています。ガバナンスがしっかりしている会社は、ステークホルダーとの関係や情報開示を意識した「より良い経営」を行う可能性が高く、それが業績や株価の変動を抑えられると考えるのです。

ファイナンスでは業績や株価の数値がバラつくことをリスクと捉えます。バラつきが少なくなることは、リスクを減らし、資本コスト減につながり、仮に同じFCFしか生み出せなくても、相対的にみて企業価値が向上するというわけです。言い換えれば、資本コストを下げることができれば、業績あるいはFCFが多少下がっても、企業価値は向上するというのがESG推進派の論理的根拠のひとつです。

ファイナンスの知識をある程度持っている方のために、もう少し詳しく言い換えましょう。資本コストは、rDで表される負債のコスト(ほぼ借入金利と同じ。さらにはそこから節税効果分を引く)と、rEで表される株式のコストの合計から成ります。そのうちrEは理論的には下図のように計算されます。「G」の部分での「より良い経営」は、リスクを減らし、図の式のβを下げるのです。

21年時点では、本当に資本コストが下がったのかのエビデンスはまだ乏しいですが、ESGのうちGについてはその指標が上がればβが下がることは傾向としては見られるようです。

環境・社会では見方分かれる

一方で、「E」と「S」についてはまだ評価は微妙とされます。これについてはさまざまな見解があります。「まだ黎明(れいめい)期なので、おいおいEとSについても資本コストを下げるのみならず、FCF向上につながるだろう」という楽観的な予測もあれば、「ESGは社会全体として企業のパフォーマンスを上げることにこそ意味がある。1企業レベルで考えても仕方がない」といった見方もあります。

現時点ではどの予測が的中するかはわかりませんが、ESGが投資家や企業の動向に大きく影響を与えることは間違いないでしょう。特にエクソンのように、Eに直接的に関与している企業にとって、これは大きな経営上の論点となるのです。

記事によると「ウッズCEO(最高経営責任者)は既に低炭素への取り組みを進めており、収益も改善していると強調。エンジン・ナンバーワンが推薦する候補を承認しないよう株主に呼び掛けていた」とのことです。しかしそれは覆り、多くの株主はエクソンに「ノー」を突き付けました。1%にも満たない株主の提案に多くの機関投資家が賛意を示したという事実は大きいでしょう。もしエクソンがエンジンの力を過小評価していたのだとしたら、ESGの重要さを過小評価していたと言われても仕方ありません。

化石燃料に強烈な逆風

エクソンはつい10年ほど前は世界一の時価総額を誇る企業でした。「プラットフォーマー」と呼ばれる巨大IT(情報技術)企業が台頭するなか、これら「GAFAM」に大きく先を越されたのは仕方ないとしても、かつて100ドルを超えた株価も足元では60ドルを割っています。競合の英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルなどに対しても、環境対応で大きく遅れたと見られています。

シェルさえもオランダの裁判所から「30年までに45%の二酸化炭素削減」を突き付けられ、ニュースになりました。伊藤忠商事が石炭火力発電から撤退するというニュースも流れました。化石燃料業界に強烈な逆風が吹いているのは確かです。

この逆風は一過性のトレンドではないでしょう。機関投資家も、遡れば個人投資家の意向を受けます。投資家がESGを望むのであれば、企業はそこからは逃げられません

非専門家の影響拡大に懸念も

今回は株主にフォーカスを当てましたが、事業資金を融資する銀行についても、近年は「(武器製造など)好ましくない行動をとる企業に融資する銀行に預けるのはやめよう」といったけん制の動きが広まりつつあります。つまり、ESGをないがしろにする企業は、いざ資金が必要な時に調達できない可能性が増しているのです。これは資本コストを高め、企業価値を毀損することにもつながります

気候問題や社会問題の専門家でもない金融機関が、資金調達を通して企業の活動に影響を与えることについて懸念を示す向きもあります。シェルの経営に対する裁判所の介入も行き過ぎとの見方はあります。ただ、こうした動きはもはや世の中の常識になりつつあります。特にガバナンス問題などで遅れているとされる日本企業が、エクソンを他山の石として、投資家に納得してもらうべく企業価値を高めるために、どのような対応を取るのか、非常に注目されるところです。

しまだ・つよし
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。88年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修

「企業価値」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/38848dba(「グロービス学び放題」のサイトに飛びます)

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