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ANAスーパーアプリ構想 「航空一本足」脱却なるか

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日経ビジネス電子版
ANAホールディングス(HD)でマイレージ(マイル)事業などを手掛けるANA X(東京・中央)は10月20日、「ANAマイレージクラブ(AMC)」会員向けのスマートフォンアプリを大幅リニューアルすると発表した。航空券の購入などに限らず、電子商取引(EC)や決済機能などANAグループの様々なサービスへの「ゲートアプリ」として機能させるという。ANAHDは新型コロナウイルス禍でそのもろさを痛感した「航空一本足」の事業構造から脱却しようと、マイルなどの非航空事業の売上高を今後数年でコロナ禍前の2倍となる4000億円程度まで拡大する計画を示している。その中核になるのがANA Xであり、今回の「ゲートアプリ」だ。ただ、構想実現に向け先立って始めたサービスは必ずしも消費者の支持を得られているとはいえない。成功には外部企業との連携など大胆な発想も必要になってくる。

「新たなサービスを付け加えて、多くのお客様に様々な用途で使って頂けるアプリを育てていきたい」。20日、こう話したのはANA Xの轟木一博社長だ。AMC会員向けのアプリ(AMCアプリ)は従来、マイル残高の確認や会員向けの物理カードに代替するデジタルカード機能などを搭載してきたが、今回の大幅リニューアルで「ミニアプリ」として様々なANAグループのサービスを備え、利用の「入り口」として機能するアプリと変貌する。グループでは航空券の予約・購入ができるほか、搭乗券としての機能なども果たす「ANAアプリ」も運用しており、このアプリの方が利用者数も多いが、ANAアプリもAMCアプリと連携するミニアプリの一つ、という位置づけとなる。

必然性なき「スーパーアプリ」の必要性

「キーワードは『スーパーアプリ』」。コロナ禍で構造改革に迫られた20年秋、ANAHDの片野坂真哉社長(現・会長)は非航空事業の成長に関する説明の中でこうぶち上げた。スーパーアプリとは、チャットや配車、決済など日常生活で使うサービスを一括で提供するアプリのこと。決済機能を軸に金融全般にカバー範囲を広げる中国の「アリペイ」や、配車アプリから機能を拡大していったインドネシアの「ゴジェック」などが有名だ。轟木氏はAMCアプリを「ゆくゆくはスーパーアプリと評価されるようなアプリに育てたい」と話す。

ただ、国内でも「ヤフー」のZホールディングスとLINEが21年に控えていた経営統合の目的の一つとしてスーパーアプリの実現を掲げるなど、IT(情報技術)企業を中心に競争相手が多い領域だ。そんな中、なぜANAHDはスーパーアプリを構想しているのだろうか。実際のところ、ANAHDがスーパーアプリを手掛けることに「必然性」はない。技術面でも人材面でも、IT企業と同じ土俵で戦えば勝ち目はない。ただ、ANAHDが非航空事業の拡大に向けて掲げる戦略の中では、スーパーアプリの「必要性」が確かにある。非航空事業の拡大、そしてスーパーアプリ構想をけん引するANA Xの轟木社長の異色の経歴や考えをひもとくと、その一端が見える。

轟木氏はANA「プロパー」ではない。1998年に運輸省(現・国土交通省)に入省すると、羽田空港発着枠の拡大に向けた在日米軍との調整やソマリア沖海賊への対応に向けた自衛隊派遣法制定などに携わってきた。2010年からは国交省航空局、12年からは新関西国際空港で関西空港と伊丹空港の経営統合や公共施設の運営権を民間に売却するコンセッションの推進などに尽力した。16年には経営共創基盤に移り、コンセッションを手掛ける企業の支援などを手掛けた。

そして17年、轟木氏はANAHD傘下の格安航空会社(LCC)、ピーチ・アビエーションに執行役員として招へいされる。当時の井上慎一最高経営責任者(CEO)に請われてのことだった。

ピーチでの担当はブランド力の強化や顧客データベースを使ったマーケティング、就航空港の地元自治体や産業との連携、EC事業など多岐にわたる。「航空機を飛ばす以外の全て」(轟木氏)を統括してきた。なぜ航空事業以外なのか。その背景には航空行政や空港の運営などに携わる中で轟木氏が感じた航空会社への違和感がある。

同じ運輸産業である鉄道は、阪急グループや東急グループに代表されるように創成期から事業の多角化を進めてきた。沿線の不動産事業といった都市開発と鉄道事業の相乗効果を発揮しようと動いてきたわけだ。

鉄道に比べ多角化遅れる

一方、航空はどうか。多角化で企業価値が低く見積もられる「コングロマリット・ディスカウント」を懸念する海外の大手に比べれば、日本の航空会社は古くからホテル事業などを手掛けており、多角化が進んでいると言えるかもしれない。ただ、本業以外で全体の売上高の数割を稼ぎ出す企業も多い鉄道に比べれば、売上高全体に占める非航空事業の割合が大きくて1割ほどの航空会社は立ち遅れている。

これが意味するところは二つある。一つは航空の運賃を引き下げるための原資が限られてしまうこと。海外のLCCでは、ホテルの予約サービスなどの関連事業で生み出した利益を原資に「片道1ドル」といった圧倒的な低価格を実現している企業も多いとされる。鉄道でも、JR九州のように本業の脆弱な収益性を不動産などの周辺事業で補う例は多い。本業でしか稼げない事業構造だと、低価格の実現に向けた手段は「運航コストをギリギリまで下げる」といったアプローチに限られる。

もう一つは旅客需要を減退させる疫病や地政学上のリスク、さらに経済危機などへの耐性が限りなく低いこと。コロナ禍で青息吐息となった航空業界を見れば一目瞭然だ。

轟木氏が国交省時代から手掛けてきた空港のコンセッションはまさに、航空便の運航に必要な滑走路などの施設とターミナルビルなどの商業エリアを民間が一体経営して空港の持続可能性を高めるのが狙いの一つだった。同じように、航空会社も非航空事業を強化していけば企業としての強じん性が高まるのではないか──。そう考えていたからこそ轟木氏は、業界でも「異端児」として存在感を強めていた井上氏の誘いに乗り、ピーチで非航空事業を統べることになったわけだ。

そして21年、轟木氏は再び井上氏に呼ばれることとなる。20年にピーチのCEOを退き、全日本空輸(ANA)に代表取締役専務執行役員として復帰した井上氏は、非航空事業の中核としての役割が与えられたANA Xの社長に就く。その際に轟木氏を副社長に据えたのだ。

轟木氏としても、ANAHDという巨大航空会社の事業ポートフォリオ変革は重い任務ながらもやりがいがある。「新しい業界(非航空事業)のお作法や勝負勘を組織として取り入れていかないと今後の競争環境の中で取り残されかねない。航空会社の経験が長い人より短い人にアドバンテージがある」。そう考えた轟木氏は1年間、井上氏の右腕として奮闘し、22年春、井上氏のANA社長への「栄転」を受けてANA X社長を受け継いだ。

ANA Xに課せられた使命の一つがマイル・クレジットカード事業の強化だ。日常的なサービスを通じてマイルをためる人を指す「陸マイラー」という言葉があるほど、航空マイルには一定数のファンがいる。

その魅力は何といっても、「特典航空券」に交換して旅に出かけられること。競合の日本航空(JAL)の場合、航空券購入時のマイルの「還元率」は平均5%ほど。5万円の航空券を買えば2500マイルほどがたまる計算になる。その上で、マイルの価値は航空券に交換すると一番高くなる。国内線航空券でおよそ1マイル1.5円、国際線であれば1マイル2~8円ほどに跳ね上がる。「通常のポイントサービスだと1ポイント1円という扱いがほとんど。お得な使い道をあれこれ考えられるところもマイルの魅力ではないか」と航空大手のマイル事業元責任者は分析する。

轟木氏は「日常で何気なくためているマイルを使って非日常(旅行)を体験できるわくわく感がある。そして特典航空券を中核のサービスとして掲げられるのは航空会社だけだ」と話す。国内のマイルやポイントの年間発行額は少なくとも1兆円超に上るとの試算があるが、その中心にあるのは「Tポイント」「Ponta」といったいわゆる「共通ポイント」勢だ。経済圏の大きさでは太刀打ちできない。ただ、特典航空券という武器があれば一定の利益水準は確保できると見る。簡単に言えば、ポイントサービスを利用することで「お得感」を得られることが共通ポイント勢の売りであるならば、マイルは「わくわく感」を得られることを売りにして、経済圏を広げていこうというわけだ。

航空会社のマイルプログラムは1980年代に米国で先行して始まった。90年代に入ると、異なる国の航空会社同士が連合を組んで共同運航などを実施する例が増え、米国発のマイルサービスが世界に波及していった。ANAは航空連合「スターアライアンス」に加盟する2年前、97年に現行のAMCを始めている。

当初のマイルプログラムの狙いは顧客の囲い込みだった。搭乗距離に比例したポイントを「マイル」として付与し、それを特典航空券などの自社商品と交換できるようにしていた。航空利用の促進にこそつながるが、新たな収益を生み出すものではなかった。

ただ、AMCの会員はプログラム開始から7カ月後には200万人に達し、2000年には500万人、そして04年には1000万人へと増えていった。それにつれて、航空マイルが持つ「引力」を誘客に生かしたい異業種が増えていく。そこでANAはマイルを外部に販売するビジネスを広げていった。

マイル販売がビジネスに

AMCの場合、提携するホテルの利用時なら会員カードなどを提示すると1泊当たり数百マイル、あるいは利用金額100円ごとに1マイル、といった形でマイルをためられる。提携先はホテルやレンタカーといった旅行関連にとどまらない。アパレル店から引っ越し業者に至るまで、様々な商品やサービスの購入時にマイルをためられる。

このとき、多くの外部事業者はANAHDからマイルを仕入れて利用者に付与している。マイルを少しでも多くためてお得に旅行をしたいというAMC会員を自らのビジネスに引き込もうとしているわけだ。マイルの売値は共通ポイントなどに比べ高いとされる。使い道は自社商品の特典航空券が中心であり、その利幅は自然と大きくなる。

マイルプログラムの存在感が高まると、顧客管理などを狙いとして1980年代から進めてきたクレジットカード事業との相乗効果が生まれる。カードに「より多くのマイルをためるための手段」という役割が付与されたのだ。航空券の場合、運航する航空会社が発行するカードを利用して代金を決済すると通常のカードを使った際に比べマイルを多くためられる。また日常の買い物時の決済も航空系のカードに集約すれば、より効率的にマイルは積み上がる。マイルの効果で、カードの決済手数料が貴重な収益源となった。

航空利用者は所得が高い傾向にある。ANAHDの調査によると、利用客の5割が世帯年収1000万円以上だという。当然、購買力は高い。クレジットカードの年間決済額は1枚当たり平均数十万円が一般的だが、JALが発行するクレジットカードは100万円を超えるという。「ANAカード」も同様の傾向だ。

ANAHDのマイルビジネスは、端的に言えば「非日常」を演出する特典航空券の引力を生かし、マイルをためられる機会を増やしてマイル経済圏に多くの人々を引き込みながら事業規模を大きくしてきた。AMCの会員数は今や約3800万人に上り、ANAHDのマイル事業などの非航空事業の売上高はコロナ禍前で年間約2000億円に達した。ただ、グループ全体の売上高が2兆円に達していたANAHDにとって、非航空事業の割合は1割にすぎない。結果として、コロナ禍での航空事業の壊滅的な需要減がそのままANAHDに打撃を与えた。

度々危機が訪れる航空事業だけではなく、非航空事業もバランス良く育成し、リスクを分散していくことの重要性をANAHDはあらためて認識した。今後数年で非航空事業の売り上げ規模をコロナ禍前の2倍となる4000億円程度まで拡大する目標を打ち出した。

その中核であるマイル・カード事業で今までのやり方を踏襲していては、非連続的な成長はなし遂げられない。そこでANAHDが新たな構想として掲げたのが「マイルで生活できる世界」の実現だった。

「マイルの短所は使い道が限られるところ」。こう話すのはANA Xの経営戦略部経営企画チーム、金子和靖リーダーだ。特典航空券に換えられることがマイルの強みであることは変わらないが、航空利用の機会は人によっては年に1回あるかないか。「日常に焦点を当てていけば客との接点も深度も増す」と轟木氏は考える。

スーパーアプリを経済圏への入り口に

日常生活にマイルを浸透させるには、マイルをためられる機会を増やしていくと同時に、使う機会も多様化させる必要がある。その「使い道に『ANA色』を出していく」と金子氏は方針を明かす。全国に支店を抱えていることを強みに、支店網を活用してマイルを使える店舗を開拓する考えだ。高所得層が多い強みをアピールすれば、共通ポイントには見向きもしない高級飲食店などと組み、消費者が「わくわく」できる使い道を提供できるかもしれない。轟木氏は「ANAらしさ、魅力を感じてもらう商品(使い道)は十分に生み出せる。競争は激しいが勝ち目はある」と意気込む。

使い道が広がれば、旅行にあまり出かけない層もANA経済圏に取り込めるかもしれない。「ポイントビジネスは(競争の激しい)レッドオーシャン。むやみに顧客層を広げようとするのは危険」(ポイントサービスに詳しいコンサルタント)との声もあるが、非航空利用者の関心とANAHDのサービスラインアップが合致するポイントを集中的に攻め、裾野を広げていく方針だ。

こうして経済圏を広げ、それに伴いカード事業の決済手数料収入も増やしていくというのがマイル・カード事業の基本的な成長戦略となる。そしてANAHDはこうした経済圏への「入り口」として、スーパーアプリが必要だと考えたわけだ。この構想の実現に向け、ANA Xは既に布石を打ち始めている。

(日経ビジネス 高尾泰朗)

[日経ビジネス電子版 2022年11月1日の記事を再構成]

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