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韓国BTS事務所はプラットフォーマーになれるか

ビジネススキルを学ぶ グロービス経営大学院教授が解説

BTSのファンは世界に広がっている=ロイター

K-POPスター「BTS(防弾少年団)」の所属事務所、HYBE(ハイブ)が注目を集めています。1月に自社のファン交流サイト「Weverse(ウィバース)」と競合するサイト「V LIVE(ブイライブ)」の買収を発表し、4月にはジャスティン・ビーバーさんらが所属する米芸能事務所イサカ・ホールディングスを10億5000万ドル(約1150億円)で傘下に収めました。果たしてハイブの成長戦略はうまくいくのでしょうか。グロービス経営大学院の金子浩明教授が「マルチサイドプラットフォーム」の概念を用いて解説します。

BTS依存脱却急ぐ

ハイブの売上高の9割近くはBTS関連が占めます。同社はBTS依存から脱却すべく2020年10月に韓国で上場し、成長戦略を加速させています。そこで注目すべきなのが、マルチサイドプラットフォームと呼ぶ概念です。

2つ以上の異なる集団の間をつなぐ仲介役のことで、プラットフォーム自体は新しい概念ではありません。例えば豊洲市場のような鮮魚市場や、証券取引所、アルバイト情報誌などもプラットフォームです

インターネットとスマートフォンの普及により、オンラインで異なる集団をつなげるコストが下がり、複数の集団をつなげることも容易になりました。アイドルのファン交流サイトもそのひとつです。ハイブは一連の提携や買収によって「ポップアイドル界のグローバルなプラットフォーマー」を目指しています

「自前の育成」と「垂直統合」

ハイブの成長戦略を評価する前に、K-POP業界の特徴を説明します。従来「ビッグ3」と呼ばれる大手芸能事務所のSMエンターテインメント、YGエンターテインメント、JYPエンターテインメントが支配的な存在で、いずれも2000年以前に設立されました。05年設立のハイブは後発です。

ハイブ創業者の房時赫(バン・シヒョク)氏=ロイター

これらの事務所には共通の特徴があります。ひとつ目は、育成システムです。オーディションで13~15歳の才能ある候補者を選抜し、数年間訓練し、有望な練習生を組み合わせてグループとして売り出します。育成には1人あたり年間10万ドル程度かかると言われています。韓国の法律の関係で独占契約の期間は最長で7年間です。更新することもありますが、より良い条件を求めて移籍や独立するミュージシャンが多いです。事務所は短い期間で投資を回収しなくてはなりません

ふたつ目は、芸能事務所がひとつ屋根の下に全ての機能を束ねる「垂直統合型」のビジネスモデルです。ハイブではこうした方法を「360度のアプローチ」と呼んでいます。このモデルの利点は、テレビ出演やSNSでの配信、コンテンツの配信やCDの流通、グッズ販売、コンサートなどを一元管理することにより、無駄のないマーケティングが可能になることです。限られた契約期間で最大限に稼いでもらうには、この方法が適しています

こうした定石を押さえているのはハイブだけではありません。それにもかかわらず、同社の時価総額はビッグ3に比べて突出しています。上場してから株価は2倍に上昇し、時価総額は1兆2000億円程度になりました。20年度の売上高は約800億円、純利益が約85億円であることを考えれば、株価は同社が展開するプラットフォームに対する期待の表れです。

ファン交流サイトをプラットフォームに

一方、BTSがいつまで今の人気を維持できるかは分かりません。メンバー最年長は21年に29歳になり、30歳で兵役があります。ハイブは兵役までに次の収益源を作らなければなりません。その軸が「プラットフォーム」の強化です。20年は多くのライブ公演が中止になったにもかかわらず、同社は増収増益を達成しました。オンラインの音楽・ライブ配信、ファンクラブからの収入が伸びたからです。

BTSとファンの間をつなぐプラットフォームになったのは、ハイブが19年に立ち上げたウィバースです。多言語に対応し、1~3月は月平均で490万人が利用しました。BTSのメンバーはインスタグラムやツイッターの公式アカウントに自由に投稿できませんが、ウィバースにはメンバーが個人でアカウントを持っており自由に投稿できます。短いビデオクリップやメンバーの自撮り写真、舞台裏の様子などを投稿し、ファンのコメントに返信することもあります。ファンにとって、他のSNSにはない魅力があります。

BTSのオンラインコンサートを楽しむファンら(ソウルのカフェ)=ロイター

ウィバースとブイライブは統合したので、プラットフォームも一元化される予定です。ブイライブにはビッグ3の人気グループが参加しており、K-POPの統一的なプラットフォームが誕生します。さらに、ハイブが買収したイサカにはジャスティン・ビーバーさんやアリアナ・グランデさん、デミ・ロヴァートさんらが在籍しています。こうしたスターがウィバースでライブを行い、ファンと交流することで会員増が期待できます。株価はこうした期待の表れです。しかし死角はないのでしょうか。

「クローズド」に限界も

ウィバースはネットフリックスのような「コンテンツ配信プラットフォーム」とツイッターなどのような「SNS」が融合したプラットフォームです。発信者と受信者がつながるだけでなく、受信者同士が交流できます。同じタイプのプラットフォームにはユーチューブ、インスタグラム、TikTok(ティックトック)があります。この3つに共通しているのは自前のコンテンツで稼ぐのではなく、プラットフォーマーに特化している点で、様々な企業や個人が利用する「オープンなプラットフォーム」です。経営統合したブイライブもそうです。親会社が韓国インターネット大手ネイバーだったこともあり、事務所の枠を超えてK-POPアーティストが参加しました。

しかし、ウィバースは自前のアーティストを中心に据えているため、オープンなプラットフォームにはなりにくいでしょう。競合事務所の立場で考えればわかります。自社のアーティストがウィバースのプラットフォームに参加した場合、ファンの年齢、性別、消費パターン、コアなファン層などのデータがハイブに収集されてしまいます。私が競合事務所の経営者なら、使いたくありません。

21年に入ってハイブがYGエンターテインメントと業務提携したのは、これが理由です。統合後のウィバースの目玉として、YG所属の人気女性グループ、ブラックピンクを確保したかったのだと思います。ウィバースがプラットフォームとして拡大するには、M&A(合併・買収)や業務提携で魅力的なアーティストをそろえ続ける必要があります。その象徴的な出来事がイサカの買収です。

イサカ買収の相乗効果には疑問

K-POP流と米国のスターの親和性は未知数だ(20年、ドキュメンタリーの発表会に出席したジャスティン・ビーバーさん)=ロイター

しかし、相乗効果には疑問が残ります。まずK-POP流のやり方が米国のポップスターに通用するか分かりません。ジャスティン・ビーバーさんはツイッターやインスタグラムの個人アカウントを禁止されていないので、ソーシャルメディアで自由に発信できます。また、K-POPのアイドルはデビューしたら7年間は立ち止まることが許されませんが、米国のスターは違います。常にカメラに追われるのもストレスになるかもしれません。BTSの場合、本人たちの許可と理解を得て、活動中は常にカメラをつけています。米国のスターはこれを受け入れるでしょうか。

以上のような懸念はあるものの、ハイブはK-POPの統一的なプラットフォーマーになれる可能性はあります。K-POPのビッグ3を買収するか、友好的に手を組めた場合です。K-POPの輸出は国策でもあるので、政府としても複数のプラットフォームが乱立するのは避けたいはずです。また、K-POP流の育成とマネジメントが米国のポップスターに受け入れられた場合、米国からK-POP流のグループが誕生する可能性もあります。ハイブの今後に注目です。

かねこ・ひろあき
グロービス経営大学院教授。東京理科大学院修了。リンクアンドモチベーションを経て05年グロービスに入社。コンサルティング部門を経て、カリキュラム開発、教員の採用・育成を担当。現在、科学技術振興機構(JST)プログラムマネジャー育成・活躍推進プログラム事業推進委員、信州大学学術研究・産学官連携推進機構信州OPERAアドバイザー。

「プラットフォーム」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/c516495b (「グロービス学び放題」のサイトに飛びます)

ビジネススキルをもっと学びたい方はこちら

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