Microsoftが狙う創薬テック16兆円市場 AIで開発支援 - 日本経済新聞
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Microsoftが狙う創薬テック16兆円市場 AIで開発支援

米マイクロソフトは製薬会社などと組み、人工知能(AI)を活用して医薬品開発の効率化・迅速化を進めている。ロボットを使って膨大な化合物の中から新薬候補を見つける技術など「創薬テクノロジー」の市場規模は1200億ドル(約16兆3000億円)ともいわれ、医薬品開発でもデジタル技術の重要性が高まっている。マイクロソフトがどんな企業と提携し、この分野でどのような商機を見いだしているのか、CBインサイツがまとめた。
日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週2回掲載しています。

製薬会社は遺伝的特徴や属性、病状に基づき、より対象を絞った患者層に向けた薬を開発しようと取り組んでいる。だが、この方法ではAIとアナリティクス(解析)技術を使って膨大なデータを解析する必要があり、多くの製薬会社はこれを自社で実行する体制が整っていない。

この状況はビッグテックにとって大きな商機となっている。創薬テクノロジーは1200億ドルの市場規模があり、各社の幹部はチャンスに気付きつつある。

マイクロソフトは既にこの分野で多くの取り組みに着手している。例えば、スイスの製薬大手ノバルティスと提携して生成AIを創薬に適用し、米アルファベット傘下の生命科学会社、米ベリリーと組んで誰でも利用できる生物医学研究プラットフォームを自社のクラウドサービス「Azure(アジュール)」上に展開している。

今回のリポートでは、マイクロソフトがデータセキュリティーやアクセシビリティー(利用しやすさ)、アナリティクス機能を創薬と臨床試験(治験)にどのようにもたらしているかについて取り上げる。

マイクロソフトは製薬業界で何をしているのか

マイクロソフトは新薬開発の加速、治験の効率化、患者の関与強化のために製品開発や他社との提携を進めている。

イノベーション(技術革新)の取り組みでは、AIと最先端のクラウドコンピューティングを組み合わせ、より正確で信頼性が高く、データに基づいた臨床判断が下せるようにすることに重点を置いている。

臨床データ&研究

マイクロソフトは製薬会社や生命科学会社が患者のデータを取得、保管、アクセスする新たな手段の開発に力を入れている。

テラ(Terra)

関係:提携

米マサチューセッツ工科大学(MIT)、米ハーバード大学、マイクロソフト、ベリリーが共同開発した安全な生物医学研究プラットフォーム「テラ(Terra)」はこのほど、アジュールで利用できるようになった。このツールを使うことで、あらゆる研究者は自分のデータをアップロードし、一般公開されているデータセットにアクセスし、計算ツールを使い、世界の科学者と協力できる。

テラがアジュールに導入されたことで、生命科学や製薬の大手各社はこのツールに安全かつ安定的にアクセスできるようになった。この提携は、地球上のあらゆる人がより健康な生活を送れるようにするという目標を掲げるマイクロソフトの研究・ムーンショット事業「ヘルスフューチャーズ(Health Futures)」の一環だ。

米ベラディム(Veradigm、米オールスクリプツ傘下)

関係:提携

マイクロソフトと米医療IT(情報技術)大手オールスクリプツ傘下のベラディムは、患者データを迅速かつ効率的に収集できる総合研究ソフトウエアの開発に取り組んでいる。

両社はマイクロソフトのクラウド基盤とオールスクリプツの電子健康記録(EHR)を組み合わせることで、治験と患者、医師の自動マッチングを実現したいと考えている。そこで、治験の参加資格の確認など治験の実施に伴う手作業を自動化するAIアルゴリズム(計算手法)の開発に取り組んでいる。

ベラディムはマイクロソフトと提携して以降、ここ数年は事業の軸足を製薬会社や生命科学会社への分析サービスに移しつつある。マイクロソフトとのEHRでの提携により、薬剤開発や治験の実施、臨床判断を補完するオルタナティブ(代替)データセット(例:診療で集めた情報であるリアルワールドデータ=RWD)を提供できるようになった。

英アイロフ(iLoF)

関係:出資

マイクロソフト傘下のベンチャーファンドM12は2022年7月、バイオマーカー(体内指標物質)分析のスタートアップ、アイロフのシードラウンドに参加した。アイロフはレーザーを使って血液サンプル内の特定の生体化合物を活性化させ、血液を分析する。さらにAIを活用し、その患者のデジタル分子プロファイル(体内物質の分子レベルでの特徴)を作成する。

こうしたプロファイルを患者や薬剤の既存ライブラリーと照合することで、個人に応じた治療方法の判断が下せるようにする。治験対象者もより正確に絞り込めるため、治験の患者数削減や、スピードアップ、コスト削減が果たせる。

創薬

マイクロソフトはここ数年、大手製薬会社との提携により創薬プログラムを拡充し続けている。マイクロソフトはAIに関する専門知識やクラウドコンピューティング機能、ソフトウエア開発人材を提供し、製薬会社は研究開発に関する深い知識を供給する。

ノボノルディスク(デンマーク)

関係:提携

マイクロソフトと製薬大手ノボノルディスクは科学論文、特許、公的報告書、患者のディスカッション・フォーラムにAIを活用している。科学や患者に関する非構造化データ(文章などの集計しにくいデータ)からの自動での分析や洞察を研究者に提供するのが狙いだ。

両社はアテローム性動脈硬化の発症リスクがある患者を特定し、この疾患の創薬ターゲットを見つけるためにもAIを使っている。

ノバルティス

関係:提携

ノバルティスは19年に設立した「AIイノベーションラボ」でマイクロソフトのAI機能を活用している。この複数年に及ぶ研究開発の提携には主に2つの目的がある。

・ノバルティスの社員が既存データセットを利活用できるAIモデルやアプリケーションの構築

・生成AIなどのアプローチを使い、細胞療法や遺伝子治療の最適化など医薬品設計の課題に対応

UCB(ベルギー)

関係:提携

マイクロソフトは当初、新型コロナウイルスの抗ウイルス性化合物を開発するために製薬大手のUCBと提携した。UCBはアジュールとマイクロソフトのAI機能の活用により、従来は6カ月かかっていた抗ウイルス剤候補のスクリーニングと設計期間をわずか3日に短縮した。

両社はその後、提携範囲を薬剤設計とスクリーニングから開発バリューチェーン全体に広げた。現在は患者が病気になって治療を受け、日常生活に戻るまでを示す「ペイシェントジャーニー」全体の改善、疾病原因の理解推進、データ主導の洞察による速やかな発見に力を入れ、臨床開発期間を短縮しようとしている。

米エンビサジェニクス(Envisagenics)

関係:出資

M12は21年9月、AI創薬スタートアップ、エンビサジェニクスのシリーズAに参加した。エンビサジェニクスはAIを使って患者のRNA(リボ核酸)配列を解析し、創薬に生かす。同社のクラウド型プラットフォームでは、たんぱく質を生成するためにRNAを編集する細胞プロセス「RNAスプライシング」を操作し、治療効果を上げることに重点を置いている。

エンビサジェニクスの研究は米国立衛生研究所(NIH)と米国立がん研究所(NCI)から助成を受けており、同社は多くの製薬会社と共同研究している。

今後の見通し

医療記録やゲノム情報など臨床データセットの急成長により、製薬会社による創薬でのAI活用を支援する大きなチャンスが生じている。

マイクロソフトは他のテック大手やスタートアップなどとの激しい競争にさらされている。だが、クラウドサービスの提供者とアナリティクス大手としての経験は、この分野で成長し続けるための強みになるだろう。

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