LINE・稲垣上級執行役員「10年先は分からない」
矢継ぎ早にサービスを開発しては市場に投入してきたLINEだが、Zホールディングスとの経営統合以降、鳴りを潜めていた。LINEは「らしさ」を取り戻せるのか。LINEで人事部門を担当する稲垣あゆみ上級執行役員に聞いた(取材は2023年1月24日)。
――2011年に対話アプリ「LINE」がリリースされてから10年以上がたちました。今後2030年に向けて、どのような人材戦略を取っていきますか。
「正直、先過ぎてよく分からないんですよね(笑)。LINEは16年に東証1部に上場しましたが(※日経ビジネス編集部注:20年12月に上場廃止)、その際も社内は大混乱。『1カ月後もどうなっているのか分からないのに、1年後なんて分かるわけない』って。1年後までの経営計画を発表しなくてはいけなかったのですが」
「今でこそ会社の規模も大きくなり、3年先くらいまでの計画は出すようになりましたが、それでも10年先を見据えて動くことはありません。おそらくこの業界特有のスピード、そしてLINEのカルチャーが背景にあるんだと思います」

――とても短いスパンで経営を回し続けているのですね。
「LINEはもともと数十人の小さなチームでした。私がNAVER Japanに入社したのが2010年。その翌年11年6月にLINEアプリが産声を上げたんですね。さらにはその翌年12年にNAVER Japanと親会社のNHN Japan、そしてポータルサイトを運営していたライブドアが経営統合を果たし、会社が一気に大きくなりました」
「それでも、統合後の社内では『少数派』。ベンチャーらしいスピード感や開発力を持っていたと感じています。それが現在の人材マネジメントに対する考え方にもつながっているんだと思います」
「例えば、LINE社員の平均勤続年数は4年程度ととても短い。これでも長くなったほうです。フットワークの軽い社員が多く、転職経験が1回だけという社員はほぼいないんじゃないかな。だからリスキリングなどの制度を設けたとしても、平均勤続年数が短すぎて対象となる社員が少ないといった話も社内でありました」
「社員全体の1割程度のみの新卒社員も、キャリア採用の社員に囲まれているうちに『外で自分の力を試してみたい』と、転職や起業を志すことも少なくありません」
「裏を返せば、新卒社員にとってはLINEで長くキャリアを築くというイメージが持ちにくい。それは課題だと感じます」

「LINEっぽい人」から企業文化を定義する
――新卒で入ってくる人材も、アグレッシブな人が多いんですね。ベンチャーらしさというか。
「ただ、会社の規模が大きくなるにつれて集う人材も変わってきたなと感じています」
「私自身、16年から企画職の採用責任者を務めました。驚いたのは、就職先をLINEか大企業かと迷う学生がいたこと。私は、LINEはまさにベンチャー企業だと思っていたので」
「CEO(最高経営責任者)の出沢剛と2名体制で代表取締役を務め、『LINEの父』とも呼ばれている慎ジュンホは、新卒者と話す機会があった時に『どうしてLINEに入社したのか』と聞いたそうなんです。すると、『LINEはみんなが使っていて有名だから』とか『安定してそうだから』という答えが返ってきたと」
「慎はかなり衝撃を受け、『LINEはそのような会社になっていくのか』という危機感を抱いたようでした。LINEが大切にする理念や方向性を発信し浸透させていかなければならないという思いを核に抱いています」
「同じマインドを持つ人材を採るのか、事業戦略上必要な人材を採るのか、そのバランスをいかに取るか。ただ、後者にしても、譲らないほうがよい『LINEらしいカルチャー』はあると私は思っています」
――LINEは21年、ヤフーを傘下に持つZホールディングスとの統合がありました。「LINEらしいカルチャー」が、外から見えにくくなっているんじゃないでしょうか。慎代表取締役などが登壇し事業について語るイベント「LINEカンファレンス」も、ここ最近は開かれなくなっています。
「難しいところですよね。慎や出沢を見ていても、方向性について本当に悩んでいるように見えました」
「LINEを始めたばかりの11年は、ユーザーがまだ50万人ほどでした。そこからサービスが急拡大するのを目の当たりにしました。そして上場に向けて大きな推進力で進み、成長を強く体感していました。会社が目指す方向性も、言語化する必要すらなかったと思います」
「そこから10年以上たち、ベンチャー企業やIT(情報技術)産業の社会における立ち位置も変わってきました。サービスの公共性が高まり、インフラのような役割を担うようになりました。LINEは台湾やタイなど海外各地域のユーザー比率も高く、経営には国際情勢のリスクといった視点も必要になってきています」

「事業規模も社会も、この10年で大きく変わってきた中で、小規模だった頃のLINEらしさを続けていくべきなのか、それとも大きく変わるべきか」
「その答えとして、『LINEらしさ』を明文化したコンセプト『LINE STYLE 3.0』を、23年4月に公開します」
事業規模が拡大しても主役は社員
「『LINE STYLE』第1段であるバージョン1.0は17年に、より具体化した2.0は18年に策定していました。3.0は、それらの延長線上にあります」
「これらはどうつくったかというと、『LINEっぽい人』を社内で探してインタビューして回り、共通するキーワードを抽出しました。1.0では、例えば『ニーズ』『スピード』『チームワーク』『エンジョイ』などを挙げました」
【LINEが求めたいこと、2030年をつくる人材】
・企業規模が大きくなった今でも、ベンチャー企業・LINEらしいスピード感、開発力を持つ人材
・会社の目指す方向性や企業文化を理解しつつ、自立して挑戦していく人材
――「こうあってほしい」という理想像ではなく、すでに社内にいる人材から「LINEらしさ」を定義したのですか。
「そうですね。つまり、LINEのカルチャーや人材に求めたいことは小規模だった頃と変わりません」
「だからこそ、LINEがふ化した頃から企業文化を体現してきた一人である私が、人事を担う意味があるのだと思います。外部人材のエキスパートに『なんとかして』って言うのではなくて」
「ただし、私は人事担当者として経営側に意思を示すことはありますが、主役はやはり各事業部の社員です。良い人材がそれぞれの事業に精いっぱい取り組めるベースをいかにつくれるか」
「私たち人事が担う仕事は、土を耕すようなものです。豊かな土壌をつくっていれば、良い種が集まり、やがて花を咲かせたり実を結んだりします。すぐに結果が出るものではありません。ただ、企画室でLINEスタンプを考えていた時とはまたひと味違う『育てる楽しさ』も感じています」
(日経ビジネス 中西舞子)
[日経ビジネス電子版 2023年2月27日の記事を再構成]
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