頂点捕食者シャチ、地球最大シロナガスクジラを襲撃

その狩りは追跡から始まった。12頭のシャチが、獲物が疲れ果てるまで追い回す。獲物の泳ぎが遅くなると、さらにほかのシャチたちが狩りに加わった。20頭のシャチの歯が獲物の肉を引き裂き、かぶりつく。数分後、シャチの群れが力を合わせて、獲物を水中に引きずりこんだ。獲物は、それきり浮かび上がらなかった。その獲物とは、なんと地球最大の動物シロナガスクジラだった。
この並外れた狩りの舞台となったのは、オーストラリア南西部、ブレマー湾の沖合。ここでシャチがシロナガスクジラを捕食した事例が、初めて学術誌に記録された。2022年1月21日付の「Marine Mammal Science」誌に掲載された論文は、19年3月、同年4月、21年3月に確認された3件の事例を報告している。
「世界最大の捕食行動です。最大級の頂点捕食者が、最大級の獲物を仕留めました」。論文の共著者で、米オレゴン州立大学海洋哺乳類研究所の海洋生態学者であるロバート・ピットマン氏はこう話している。
シャチがほかの大型クジラを捕食する例はこれまでにも報告されていた。ただし、襲撃の多くは子クジラが対象だ。こうした報告には、一般市民が携帯電話やドローンで撮影した例も増えている。ドローンで撮影された襲撃事例のひとつに、2017年、米カリフォルニア州モントレー湾沖でシャチがシロナガスクジラに体当たりする映像があるが、このときは捕食には至らなかった。
「今回のような観察結果がいつか発表されるだろうと予測していました」と、オーストラリアにあるイルカ研究所の海洋研究者デビッド・ドネリー氏は言う。ドネリー氏は「キラーホエールズ・オーストラリア」という市民参加型プロジェクトを運営している(シャチは英語で「キラーホエール」とも呼ばれる)。
「シャチは毎年、必ずブレマー湾に姿を見せるので、ここは捕食行動が目撃される可能性も高いのです」
ブレマー湾の海底には深い谷があり、ここから低温で栄養豊富な海水が上昇してくる。それが、植物プランクトンからサケ、クジラに至るこの海の多様な生態系を支えている。
ドネリー氏は今回の研究には参加していないが、「この海域を通過するあらゆる生き物は、シャチの胃袋に収まる可能性があります」と話している。
決め手はチームワーク
2件の捕食事例でシャチが標的としたシロナガスクジラは、子クジラや1歳未満とみられる幼いクジラなど、若い個体だった。だが、3番目の事例でシャチが襲ったのは、体長が18~21メートルの元気な成獣だ。シャチは、最大でも9メートルほどしかない。
捕食されたシロナガスクジラのサンプルを採取することはできなかったが、時期、場所、クジラの進行方向などを考慮すると、襲われたのは回遊中のピグミーシロナガスクジラと推測されている。ピグミーシロナガスクジラは、シロナガスクジラでは比較的小型の亜種だが、それでも体長約24メートルまで成長する。
それでは、シャチはどのようにして自分たちの倍以上の大きさの獲物を仕留めるのだろうか。決め手は家族の絆だ。シャチは、祖母、母親などが率いる結束の強い群れで生活している。シャチは生き延びるために、互いに学びあい協力しあう。たとえば、今回報告された狩りには、最大50頭のシャチが参加していた。複数の小規模なグループが連携し、獲物にかみついて溺死させるまで何度も役割を交代していた。
「こうしたシャチのグループは、人間と同程度か、それ以上に長生きします。ですから、何十年もの間、協力して狩りを続けています」。ピットマン氏はこう話し、シャチの捕食戦略をオオカミの狩りになぞらえている。「チームとして実際に行動することで、協力して成果を上げる多くの方法を習得できるのです」

双方にとって朗報?
このような捕食行動について、ピットマン氏は、シャチとシロナガスクジラ双方にとって好ましい兆候かもしれないと考えている。シャチは、世界中の海に広く生息しており、その個体数は把握されていない。一方、シロナガスクジラは、1900年代の集中的な捕鯨によって激減し、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで絶滅危惧種(Endangered)に指定された。だが、世界規模で保護に乗り出した1960年代以降、その個体数は着実に増加している。IUCNの推計によれば、現在、世界全体で5000頭から1万5000頭のシロナガスクジラが生息しているとみられる。
ピットマン氏の話では、もともとシャチはシロナガスクジラを捕食していたが、捕鯨でシロナガスクジラの個体数が急減したため、やむなくほかの獲物を捕食するようになった可能性がある。
したがって、新たな論文で発表された捕食行動は、昔のシャチの食料源が復活し、シャチが以前の習性を取り戻しつつある証拠かもしれないという。
双方の個体数が増加すれば、こうした捕食行動が増加することは予想されるが、シロナガスクジラの個体数回復を脅かすほどの実質的な影響はないだろうと、ピットマン氏はみている。
「捕鯨が始まる前の海がどのようなものであったか、現代の私たちは見たことがありません」とピットマン氏は言う。オーストラリアのシャチは、かつての海洋の様子を、その過酷さも含めて、私たちにのぞかせているのかもしれない。
(文 CLAUDIA GEIB、訳 稲永浩子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2022年1月28日付]
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