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FIREは家計の氷を溶かしトラウマを癒やすか

知っ得・お金のトリセツ(51)

FIREといえば「火」。だが最近ではマネー界のバズワードとしての認知が急速に高まっている。Financial Independence, Retire Earlyの頭文字で、文字通り投資で経済的自立を達成して早期リタイアを目指す生き方を意味する。海外発のこの考え方が日本でも市民権を得て、投資に対してトラウマなく自然体で向き合える若き投資家が台頭すれば、永久凍土・ツンドラとも呼ばれガチガチに保守的な日本の預貯金中心の家計資産構成も変わるはず。FIREが家計の凍土を溶かし、国全体に爪痕を残した投資失敗へのトラウマを癒やすか、注目される。

FIREは支出と貯蓄と投資のバランス

FIREはもとはといえば米国で1990年代はじめから提唱されてきた息の長い考え方だ。大量消費へのアンチテーゼが背景にあるだけに「投資で一獲千金」とか「目指せ億り人」といった表層的アプローチとは一線を画する。闇雲な蓄財を推奨しない芯が特徴だ。最近、中国系カナダ人の女性が実践談をまとめた本「FIRE 最強の早期リタイア術 最速でお金から自由になれる究極メソッド」が日本でもベストセラーになったことで注目が高まっている。

土台となる考え方が「支出を減らし、貯金を増やし、投資を管理する」という3者のバランスにある。自分がどのくらいの支出を必要とし、それをムリのない投資収益で賄うにはいくらの投資元本が必要か、と逆算する。

例えば年200万円生活であれば、標準的な運用利回り4%の下では5000万円あればいい、というのが単純化した基本的な考え。月20万円生活なら6000万円必要だし、逆に1億円の元本なら年400万円、月約33万円生活も可能になる。つまりリスクを抑えながら、安定的にあげられる確率が高いリターンの範囲内に生活費の方をアジャストできれば、運用益だけで生活できる状態になるという考え方だ。

日本にもかつてあった「利息生活」 

目安として使われる4%という目標リターンは株式市場の収益率もインフレ率も日本より格段に高い米国の長期にわたるデータを基にはじかれた数字だが、日本に引き直してもそれほど違和感はない。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の基本ポートフォリオで使う日本株と海外株の実質リターンは3~5%程度だ。

日本でもかつては預金の利息だけでFIREを目指せる時代があった。日銀のデータによると90年の定期預金1年ものの金利は5.63%。これだけ水準が高ければ、4000万円もあれば年225万円の利息収入が生まれ月20万円弱の生活が送れた計算だ。それが現在では定期預金金利は年0.002%。計算するのもむなしいが、同じような上がりを預金利息で求めようと思えば、元本はなんと1125億円も必要になる。

家計金融資産約1950兆円の過半が現預金

そんなリターンを生まない資産にもかかわらず、依然としてお金が滞留しているのが日本の家計金融資産の現状だ。1948兆円と昨年末過去最高水準に達した資産額の54%が現預金に集中。株式の構成比率は投資信託を合わせても15%に満たず米国(45%)の3分の1以下にとどまる。

なぜか? 家計金融資産の3分の2を保有するのは60歳以上のシニア層。彼らにとって「預金は安全、投資は危険」がすり込まれているだけでなく、実際長引いたバブル崩壊後のデフレ下では「キャッシュ・イズ・キング」は合理的な選択でもあった。

年代によって異なる投資の「トラウママップ」

だが時代は巡り、今や投資をライフプランに組み込んだFIREが若い世代をひき付けている。岡三グローバル・リサーチ・センターの高田創理事長は日本における投資に対する世代差に注目。「円高・資産デフレという『雪の時代』のトラウマが大きくない20~30代は金融市場の変化を促すドライバーになりうる」とみる。

高田氏はこのほど過去40年のデータを基に「日本の株式市場のトラウママップ」を作成した。縦軸に投資開始年、横軸に投資期間を取り、その間の投資損益(毎月1万円を「日経平均株価」に継続投資した場合の利回り)が視覚的にわかるよう青(下落)~赤(上昇)で色分けをした。例えば83~92年に投資を始めた50代を中心とする投資家の長期運用利回りは1~2%強にとどまり、投資をしても報われない「トラウマ世代」を形成する。ところが20代を中心とする「アベノミクス世代」になると運用利回りは5~20%強に分布。投資へのトラウマがない赤い世代が登場していることが分かる。

マネーの現預金滞留は日本の閉塞感の象徴でもある。FIREが先か、トラウマ解消が先か――。卵と鶏の関係ではあるが、投資を人生に組み込んだ世代の台頭は凍土を溶かして経済の血液を回す起爆剤となる可能性を秘めている。

山本由里(やまもと・ゆり)
1993年日本経済新聞社入社。証券部、テレビ東京、日経ヴェリタスなど「お金周り」の担当が長い。2020年1月からマネー編集センターのマネー・エディター。「1円単位の節約から1兆円単位のマーケットまで」をキャッチフレーズに幅広くカバーする。

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