シニアでもフルタイムで働く 資格や前職のスキルを活用
長く働いて安心老後(3)

事例① 将来の年金額を見て不安に 資格を取りキャリアを転換

「定年以降の働き方やマネープランについては、ギリギリまで考えていなかった」という土矢常二さん(仮名・63歳)。59歳で年金事務所を訪れたことが、60代以降の働き方を考える契機となった。

ホテルや旅行業界でキャリアを積み、ある団体の旅行担当として働いていた50代後半。所属部門が縮小することを聞いた土矢さんは、60代からの仕事や自身の年金について急に不安になった。
最寄りの年金事務所を訪れて話を聞いたところ、64歳で受給する特別支給の老齢厚生年金が1年で約80万円、65歳からの受給額は年140万円ほど。思ったより金額が少なくショックを受けた。
「共働きとはいえ、妻にお金の苦労をかけたくない」と、土矢さんはキャリアチェンジに踏み切る。シニアになっても需要がある業界を調べ、出合ったのが「タクシー運行管理者」の仕事だった。
一念発起して資格の勉強を始め、「タクシー運行管理者試験」に見事合格。ハローワークやシニア向け人材サービス「マイナビミドルシニア」を通じて、資格を生かせる職を探し、タクシーやバスの運行管理者の経験を積んだ。
「業務は配車だけでなく、乗務員の健康状態の把握から勤怠管理、電話の対応まで多岐にわたる。やりがいはあるが、夜勤もあり60代には体力的に厳しい面も」と語る。
在職老齢年金改正もプラス

11月から大手タクシー会社に転職した。前職のバス会社はフルタイム勤務で、月収約28万円(額面)だった。定年となる63歳以降は同じ仕事で収入が2割強もダウンすると聞き、65歳まで正社員として働くことができる会社を探した。
新しく入社したタクシー会社の給与はこれまでの経験が考慮され、月26万円になった。今後は65歳まで1日8時間・週5日のフルタイムで働き、「65歳以降も雇用形態を変えながら、健康な限りは仕事を続けたい」と言う。
2022年4月からの在職老齢年金の見直しも、「フルタイムで稼ぎたい」という土矢さんにとっては朗報だった。1959年生まれの土矢さんは、64歳からの1年間、「特別支給の老齢厚生年金」を受給する予定だ。
60代前半で厚生年金に加入して働きながら年金を受け取る場合、これまでは年金月額と月収などの合計が28万円を超えると、年金の一部が減額されていた。しかし、22年4月から60代前半の基準額が47万円となったため、このままフルタイムで働いても、64歳から特別支給される厚生年金は全額受給できる見込みだ。
事例② 70歳の今もフルタイム 店舗での接客を続ける

2010年から家電量販店大手のノジマに勤務して12年。焼津店(静岡県)で働く松永芳明さん(70歳)は、今も1日8時間・週5日のフルタイムで働き、接客と販売に携わっている。

松永さんがノジマに転職したのは58歳の時。勤務していた地元企業が経営不振に陥り、「自分の市場価値を考えると、60歳を迎える前に転職した方がいいと考えた」。40代で結婚して授かった2人の子供の教育費のピークは60代。60歳を超えても給与があまり下がらず、長く働けることが条件だった。
当時のノジマの定年は60歳(現在は65歳)。65歳までは再雇用で嘱託社員として働いた。
「定年前に就いていた部門リーダーの役割も継続。同一労働・同一賃金が徹底されており、収入もあまり減らなかった」と振り返る。
2021年にノジマは雇用の年齢制限を撤廃。「65歳以上の社員が、本人の希望に添ったペースで働きたいだけ働ける」(ノジマ広報部)というシニア雇用の先進的な取り組みも、「なるべく長く働きたい」という松永さんの意欲を後押しした。
基礎年金は70歳まで受け取らない

ノジマの1日8時間・週5日勤務契約・時給1500円の社員の平均月収は約25万円。松永さんは65歳から老齢厚生年金と企業年金連合会の年金も受け取っている。基礎年金の受給は70歳に繰り下げることで、65歳からの受け取りと比べ、42%の受給額増を図った。
「立ち仕事はきつくないのか」とよく聞かれるが、「現役時代からペースを落とさず仕事を続けていることが、健康維持の秘訣かも」と笑う。店舗を異動した後も「松永さんに接客してほしい」と遠くから通う顧客がおり、働きがいは十分だ。体力が続く限り、今のペースで働きたいと思うが、大学院生の子供が独立したら、働き方を変えることも考えている。
プライベートでは40代から書道を始め、静岡県書道教授会認定の書道教授の資格も取得。老後も楽しめる趣味として続けている。「80歳頃までは今の仕事で働きたいが、リタイア後は書道の先生の道も考えている」と目を輝かせる。
(ライター 澤田聡子)
[日経マネー2023年1月号の記事を再構成]
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