「金」を買いたがる日銀OBたち
これは実話である。
筆者は「団塊の世代」ゆえ、後輩たちから「資産運用」について個人的アドバイスを請われるケースが多い。
そのなかで、「金投資」に強い関心を示すのが知り合いの日銀OBたちのグループだ。既に金購入を決めているので、質問は具体的で「いつ、どこで買えばよいか」。
筆者が「なぜ金に興味を持つのか」を問うと「量的緩和政策に直接関与してきた。円はいくらでも刷れることを職場で実感してきたので、なにか刷れない資産を模索して通貨の原点である金に回帰した」と語る。「虎の子の退職金を円では持ちたくない」とまで言い切る。通貨の番人を40年務めあげた人物のコメントゆえ、筆者の背筋がヒンヤリする。
財務省OBの知り合いも、退官後、金を買いたがる傾向がある。
キャリア組として中核にいた人物が「日本はいつかジンバブエになる」と真顔で語る。トンデモ本に感化されたわけでもない。「自分は日本国のバランスシートを作成してきた。退職金を円で保有するリスクを痛感している」と平然と語る。
いずれも、親しい仲ゆえ、本音が飛び出す。「豊島さん、これからは金の時代ですよ」と彼らから言われると「アンタにいわれたくないよ」と返してしまう。有事の金、金価格の高値更新のニュースも、このおじさんたちのハートをわしづかみにしたようだ。筆者は資産運用で主役は株、金は脇役。有事の金のドカ買いは悪魔の選択、と冷ややかに諭す。
なんとも考えさせられる現象である。
これとは異次元だが、似たようなエピソードが米国にもある。
グリーンスパン元米連邦準備理事会(FRB)議長が、退官後、講演料が当時で10万ドル近くに跳ね上がった。あるヘッジファンドの国際会議で講演したとき、事務局が「先生、講演料ですが、どの通貨で送金しましょうか。ドル、ユーロ、円、どの通貨でも結構ですが」と持ち掛けると、一言「ゴールド」と言ったという。某著名キャスターが番組で紹介した話である。
金の世界では「量的緩和による通貨価値の希薄化」が金が買われる理由の一つとされるが、その実態を筆者は体験してきたわけだ。
今や、米国では量的引き締めの時代に入ったが、日本では量的緩和が継続されている。今後、中央銀行の資産圧縮が進めば、このような事例はなくなるのか。なくならなければ、量的引き締めの実効性がおぼつかないことになる。筆者にとっては金融政策の効果を判定するひとつの縁(よすが)になりそうだ。

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