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山根一眞さん「日本のものづくりは終わり、は間違い」

ノンフィクション作家

think!多様な観点からニュースを考える

――『メタルカラーの時代』や『小惑星探査機 はやぶさの大冒険』などを愛読してきましたが、山根さんがノンフィクション作家になられてから何年くらいたちますか?

僕がジャーナリズムの仕事を始めたのは1970年頃、大学時代です。午前中に大学に行って午後は国会取材という週刊誌のフリー記者がスタートでした。その後24歳から25歳にかけて南米を約8カ月1人で回る中で価値観が変わり、これを本業にして、以降およそ50年やっています。記者会見に行ってもこんなじじいは最高齢です(笑)。「はやぶさ」「はやぶさ2」の取材も19年になりますが、そんな作家は僕くらいでしょう。今は、福井県にある「福井県年縞(ねんこう)博物館」の特別館長も務めています。

――ものづくりや技術を取材テーマに選んだのは?

もともとラジオ工作などが好きだったこともありますが、後に横浜国立大学の学長も務めた家内の父が工学者だったんですね。退職後も正月には父の教え子たち、例えば日産、日野自動車、精工舎などの技術者が集まり飲み会をやるわけです。そこで彼らが語る技術開発の「自慢話」があまりに面白かったので、91年に週刊誌で始めたのが『メタルカラーの時代』の対談連載です。単なるものづくりを超えて明石海峡大橋やすばる望遠鏡、最初のH2ロケットなどインフラや宇宙関係の技術者たちと対談、一人に18時間聞いたことも。連載は約17年、718回続きました。

――なぜ終わったのでしょう?

2000年代末から「日本のものづくりはもう終わりだ」と言われ始め、バブル崩壊もあって週刊誌が勢いをなくしたからでしょう。

――本当に終わりなんでしょうか。

一言で製造業と言いますが、僕はものづくりを4つに分けて考えています。①8年消費財8年超消費財単寿命消費財インフラ系――の4つです。①は白物家電、テレビ、パソコン、スマホなどで、一般に耐久消費財と呼ばれるものです。ただこれらは本当に長く使えるわけではなく、交換用の部品があるのは8年ですから、8年消費財と呼ぶのが妥当かなと。自動車も法定耐用年数は6年です。

②は8年を超える耐久消費財で、例えば住宅、家具、インテリアなど。③はボールペンやコップなどで100円ショップで売っている日用品もこれ。せいぜい2~3年で買い替えるもので、ユニクロの衣料品もこれです。④はいわゆるインフラだけではなく土木建築やロケット、航空機、半導体の製造開発や医薬品、あるいはサイエンスを支えるハイテク技術も含めた、幅広いものがここに含まれます。

インフラ系ではすごい力があり、知られざる優良企業も多数

経済の牽引役でもあった①の8年消費財では確かに日本メーカーの影が薄くなり、スマホもパソコンも液晶テレビも中国などに席捲され「日本のものづくりは終わりだ」となっています。ここが駄目だから全部駄目と思われている節がありますが、違うんです。使用している高度技術部品は日本製ですし。また④では日本はまだものすごい技術力と潜在力を持っているし、一般の方が知らない優れた中小企業もたくさんあるからです。

――例えばどんな会社が?

最近取材した中ではサカセ化学工業(福井市)がいい例です。この会社の商品カタログはとんでもなく分厚くて、棚やカートなど数万点が載っています。これらの製品は、実は全部、病院用の設備品なんですよ。薬品棚、手術道具用カート、受付設備、ナースステーションなど病院に特化した設備品のものづくりで、日本のシェアの5割を占めています。医療や病院をテーマにした最近のテレビドラマや映画は、ほとんどこの会社がセットを提供したそうです。こういう会社は病院がある限りなくならない。ある特定の分野に絶対に必要なものを高度技術で作っている企業は強いんです。

――なるほど。④の例といえば?

④のインフラには鉄道、橋、発電所などの新設と、寿命が来たものを作り直すリニューアルがあります。後者の好例が東京電力福島第1原子力発電所の廃炉作業です。ここにある高さ120mの排気筒の撤去工事では、地元のエイブル(本社機能、工場は広野町)という中小のものづくり企業が入札で勝ちました。

大手企業でも「数年かかる」としり込みした撤去作業を、専用の特殊工事用ロボットを短期間に開発、上端部分から23のブロックに切り分けて解体していくことで、エイブルはわずか8カ月でやり遂げたんです。高層ビル30階分の高さがあり放射能汚染で人間が近づけないので、カメラも多数付け、地上からIT(情報技術)によるすごい精度で遠隔操縦してね。

僕も何度も取材していますが、この会社に行く度に感動しますよ。「あの事故で駄目になってしまった故郷を何とか元に戻したい」という志を持った地元の若者が集まって取り組んでいる会社なんです。

――素晴らしい志ですね。

「原発は駄目」でなく「なら半減期を短くしよう」がイノベーション

面白い取り組みはまだあります。放射性廃棄物の中には放射能が半分になる半減期が10万年、100万年と長いものがあり、どう処理するかが世界的な問題です。そこでその半減期を9年以下などに短縮し、早く無毒化する研究開発が理化学研究所を中心に進んでいるんです。「放射性廃棄物は処理が困難だから原発は駄目だ」ではなく、ならば半減期を10年にできないかというのが先端技術を踏まえた研究開発であり、それこそイノベーションと呼ぶにふさわしいのです。

――そんな研究があるとは!

企業による動きが出てきたら投資家もそういうところにお金を入れなければいけない。ものになるかどうか分からないところに投資してもらうことが、本来の株式投資の意味だと思うんですね。バブル以降、投資は「短期間に儲かる株を買い、利益を得る」ことだけになってしまい、本来の目的を外している気がします。経済活動を支える我々が日本の未来を支える投資も考えなきゃいけないと思う。

日本はアジアの中では早く高度文明社会を実現したので、寿命が来ているものも多くあります。それらを壊し、リニューアルしていく技術でも日本は強いんです。例えば13年に大成建設と西武建設は、超高層ビルを静かにそっと解体する大成建設の「テコレップシステム」という技術で旧グランドプリンスホテル赤坂を解体しました。今あるものを早く上手に壊して地震にも強く作り直すとか、原発の廃炉技術を輸出するなど、強みを生かす方法は色々考えられます。

――国の国土強靭(きょうじん)化計画もありますからね。

もう1つ、「超鉄鋼」という技術もあるんです。強度と寿命が2倍の鉄です。橋を造る時、通常1万トンの鉄が必要なら5000トンで済み、100年の寿命が200年もつ。リサイクルで出た100トンの鉄を超鉄鋼にすれば、強度と寿命を考えれば400トン分の鉄に変身できる。そうすると日本は21世紀中は鉄鉱石を買わずに済みます。物質・材料研究機構(NIMS)が中心に進めてきたこのプロジェクトは06年に終了しましたが、今も研究開発は続いています。日本がこういう分野でも本気になれば、日本のものづくりは終わりと嘆くことはないんですがね。

先ほどの8年消費財の製造は、かつて日本が米国から奪ってきたように、役割分担でアジアの国に任せるのでいい。日本はもっとハイテクでエコなもの、しかも儲かるものに特化してやっていくのが正しい道です。

――それができないのは何故?

日本企業では3年くらいで成果が出ないと社長が厳しく叱責されますが、そういう経営システムの弊害が大きい。また、日本人には英語力やプレゼン能力、マーケティング力、世界を相手にするという緊張感が欠けています。出来上がった製品は必要以上にオーバースペックだ(=高コスト)という問題もありますね。

例えば有人潜水調査船の「しんかい6500」は1989年の完成以来33年過ぎていますが、3重、4重の安全設計のため1600回を超える深海潜航でも一度の事故もありません。設計に余裕があるので実は8000mまで潜る能力があるんです。もっと深く潜れる船が必要な時期ですが、日本はそういうチャレンジを許さない面が強いのも問題です。しかし、ものづくりに対する誇り、とことん努力する技術魂という点では日本はまだまだ世界一だと思います。

馬鹿みたいなことをやろうという気概や遊び心も大事

――同感です。今後はどうすれば。

我々がお人よしだったために日本の技術はかなり後発工業国に取られてしまいましたが、他国にまねされたら、日本はその5年先、10年先を行く姿勢が大事です。そのための投資や技術開発も必要ですが、それは可能です。なぜなら我々は、「はやぶさ」「はやぶさ2」を3億kmも離れた小惑星に数cmの精度で下ろして、サンプルを取って帰還させ、カプセルを豪ウーメラ砂漠に誤差200mで着地させました。人類初の大快挙です。それだけのことをやれる人、若いエンジニアたちがいるんです。

企業では当然、そういうエンジニアを経営者が生かすことが重要。すごい技術を持った中小企業に、大企業が大きな課題の仕事を与えて育てていくのも大事です。

――それはエンジニアの賃金を上げることにもつながりますね。

その通りです。それと、こういうハイテク技術って軍事力と表裏一体の面も見逃せません。東京五輪の開会式では、約1800機のドローンを飛ばして空中に地球の形を作りましたよね。皆すごいと喜んだけど、中国はその前に政治イベントで5000機も飛ばしています。ならば1800機で喜んでいないで、中国の10倍の5万機のドローンを、例えば富士山の周りで飛ばすというのはどうでしょう(笑)。そういう馬鹿みたいなことをやろうという気概とか遊び心、今はそれがないですね。

――戦後しばらくの昭和時代には日本の製品にもそういう遊びがありましたよね。

そうです。冒頭の写真の超小型精密スパイカメラとか、「スパイ大作戦」に出てきた超小型テープレコーダーはいい例ですね。

今、車の乗車人数は1台当たり平均1.3人です。そこで2人乗りにすれば車の幅は半分で済む。さらに首都高速の1車線を「半分幅自動車専用」にすれば2車線は3車線にできる。加えてそれを超高速の自動運転にすれば、交通はものすごく円滑になりますよね。こういう発想が大事。僕はまだインターネットもない88年頃に今のiPadやiPhoneの祖型のような端末を考えついて、「こんな情報ツールが欲しい」と訴え、本にも書いたんですが、当時、携帯電話会社の社長に「そんなものは売れない。山根さんのような人を特殊なユーザーと呼んでいる」と笑われました。でも現実はこの通りです。今こそ、そういう自由な発想が必要なんじゃないでしょうか。

(撮影/大沼正彦 取材・文/大口克人)

[日経マネー2022年9月号の記事を再構成]

山根一眞(やまね・かずま)
1947年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。獨協大学外国語学部卒業。日本のものづくりの最先端を取材した『メタルカラーの時代』などで知られる。情報の仕事術、先端科学技術、地球環境問題、生物多様性、災害・防災などの分野で積極的に取材・執筆活動中。ベストセラー『小惑星探査機 はやぶさの大冒険』は渡辺謙主演で映画化(東映)された。NHKの外部キャスターの他、北九州博覧祭、愛知万博、国民文化祭・ふくいなどでプロデューサーも務めた。福井県立大学客員教授。

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