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三井住友銀行会長、宮田孝一氏死去 旧住銀と融和に尽力

(更新)

三井住友銀行会長の宮田孝一(みやた・こういち)氏が10月24日午後0時37分、膵臓(すいぞう)がんのため死去した。67歳だった。喪主は妻の美紀子さん。「お別れの会」を開くが、日時や場所は未定。連絡先は同行秘書室。今月も出社する姿があり、急逝だった。

1976年(昭51年)に東大法学部を卒業後、三井銀行(現三井住友銀)入行。2011年に三井住友フィナンシャルグループ(FG)社長、17年から三井住友銀の会長をつとめてきた。三井銀出身者として、01年に経営統合した旧住友銀行との融和に尽力し、三井住友FGを一体感の強い金融グループにした立役者の一人だった。

宮田氏の死去に伴い、三井住友FGの国部毅会長が銀行会長を兼務する。

宮田氏は市場部門で頭角を現した。金融商品の売買を判断するうえで、実際に人と会って話を聞き、生の情報に接することを重視していたという。

08年のリーマン・ショックを含む金融危機時には、市場部門のトップとして米住宅ローン問題に対応した。サブプライムローンの証券化商品が不良債権化しつつあったことを見抜き、先手を打って一斉に売却する陣頭指揮をとった。当時を知る三井住友銀のOBは、「うちの傷が浅かったのは、宮田さんの存在があったからこそ」と振り返る。

普段は温厚で声を荒らげるタイプではない。若手にも分け隔てなく接し、部下を率いて食事に出かけることも多かった。「人を信用して、しっかり部下に任せる人だった」。故人を知る旧住友銀OBはこう話す。

一方、自分には厳しく「仕事の準備は完璧にこなしていた」(三井住友銀幹部)。絶えず勉強し「1歩や2歩、先を行く人だった」(旧三井銀OB)との評もある。

11年に三井住友FGの社長に就任してからも、現FG会長の国部氏と二人三脚で旧行意識の排除に汗をかき、「三井」と「住友」の融和につとめてきた。「我々の強みは経営の一体感が強いこと」と自負していた。スムーズな融和が、非金融分野にも裾野が広がる現在のグループ経営の基盤となっている。

(山下晃、三島大地)

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