経緯から読み解く つみたてNISAの改革案
積立王子への道(53)

金融所得倍増への一歩はリスクマネーへの転換だ
いろはちゃんの言う通り、岸田文雄首相が「インベスト・ イン・ キシダ」演説の中で言及した「資産所得倍増プラン」は唯一、具体性のあるメッセージとして海外メディアでも関心が高い。資産所得とは金融所得のことで、要するに日本の個人金融資産の過半を占める1000兆円超のお金の相当部分を投資に振り向けることを意味する。リスクとリターンは表裏一体だから、リスクマネーへのシフトはリターンの向上につながるわけだ。そのリターンこそが資産所得(金融所得)のことだ。そしてこれの倍増を目指す有効な仕組みとして岸田首相が提言したのが「NISA(少額投資非課税制度)の抜本的拡充」だ。
2つのNISAの存在には理由がある
さて岸田さんは単に「NISA」と表現したが、現状我が国には2種類のNISA制度がある。キミたち2人も参加している積み立て型の少額投資非課税制度「つみたてNISA」と、もう一つが「一般NISA」だ。歴史は後者の方が古く、2014年に始まった。実は、政府は当初からこの制度の導入による長期積み立て投資の普及を望んでいたにもかかわらず、うまくいかなかった経緯があるんだ。
一般NISAの非課税運用期間は5年と中途半端な上、個別株式をはじめ長期投資指向ではない様々なタイプの投資信託まで幅広く投資対象として認めたため、証券会社を経由して投機的商品の売買で短期間で勝負するといった制度の趣旨にそぐわぬ利用も頻発した。そこで金融庁は新たにつみたてNISAを制度化、18年からは2つのNISA制度が併存することになったのだ。
投資の基本は長期積み立て分散投資
政府は長期資産形成を国民の一般的な行動規範としてあまねく定着させたいとの強い意向を持っている。そのために金融庁は多くの人が取り組み可能な合理的な行動手段として「長期・積立・分散」という投資行動3原則を掲げ、強力にその実践を後押ししているわけだ。そのための制度として、つみたてNISAを立ち上げた経緯に鑑みても、首相発言の「NISAの抜本的拡充」はおそらく一般NISAではなく、つみたてNISAにフォーカスしたものになると思う。
つみたてNISAの上限額はなぜ40万円?
具体的にはつみたてNISAの発足当時にヒントがありそうだ。当時の森信親金融庁長官をはじめ金融庁としては、長期投資の成果を十分享受できる運用期間として非課税期間20年は譲れない一線だった。同時に年間拠出上限額は毎月5万円の積立投資を可能とする「年60万円」を推していた。だが税務当局との折り合いは難しく、それまで前例のなかった20年もの長きにわたる非課税期間を獲得しようとすれば、上限額の方では年40万円で妥結せざるを得なかったんだ。"刺し違え"みたいなものだね。
その結果「40万円÷12カ月=3万3333……円」という毎月定額の積立額が12で割り切れない不可思議感を醸す制度となり、しかも現状でも2042年までの時限立法なのだ。従って現実的で即効性のある改善案として予測できるのは、まず上限40万円の年間拠出額を当初案の60万円にすること。あるいはいずれ一般NISAに代わる制度として、つみたてNISAに一本化されることも想定すれば、一気に120万円(一般NISAの年間拠出上限額)への増額も期待できよう。
欠かせない制度の恒久化
そして世代を超えて長期投資が一般的になる成熟した社会を展望する上では、現状の時限立法から恒久制度化への変更はぜひ望まれるものだ。ちなみにNISAは、英国で広く普及している投資非課税制度「ISA」の日本版というコンセプトでNISAと名付けられた。本家・英国では非課税期間が無期限なのも成功の一因であることを踏まえれば、さらに20年という非課税期間の無期限化への期待も膨らむ。そこまで「NISAの抜本的拡充」が進めば、生活者主導の本格的長期投資が主軸となった日本の金融立国化が現実のものになってくるだろう。

積み立て投資には、複利効果やつみたてNISAの仕組みなど押さえておくべきポイントが多くあります。 このコラムでは「積立王子」のニックネームを持つセゾン投信会長兼CEOの中野晴啓さんが、これから資産形成を考える若い世代にむけて「長期・積立・分散」という3つの原則に沿って解説します。