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年金制度、損得論・破綻論からの卒業を

正しく年金を理解する(4)

今月は年金制度をゆるめに理解しようという話をしてきました。年金制度の全体像はどういうものなのかを考えるほうが本質的な理解にとっては有効です。今月最後はそうした「適当な年金理解のビジョン」をまとめてみます。

年金制度については年金保養所の赤字運営の問題、年金記録不備の問題、運用環境の悪化などが相次いで顕在化し、年金不信キャンペーンが巻き起こりました。

年金保険料の負担増や厚生年金の受給開始年齢の65歳への段階的引き上げがあり、団塊世代のリタイア(つまり年金をもらい始める)時期に重なったことも、国民の年金制度に対する不安をかきたてたようです。

社会保障制度の中でも特異な年金制度

このとき、一部の経済学者やメディアは「損得論」を持ち出して年金制度を批判しました。世代によって損得の格差が拡大していくというものです。「個人勘定での事前積み立て方式」への変更を主張する意見もありました。

いずれも年金を「社会保障」として考えるとおかしな議論です。「ほとんどの人が年金をもらえる長寿社会」が実現し、社会保障制度の中でも年金は比較的、負担と給付の収支が計算しやすいことから、損得論が生まれたのでしょう。

しかし公的年金は国が行う社会的な助け合いの仕組みであって、そもそも損得を論じるものではありません。例えば健康保険の損得論があまり論じられないのは、保険給付は個人差が大きく、また病気にならないと「給付の得」が生じない制度だからです。でも、一生健康で人生を終えた人が「私は国の健康保険制度のせいで損を被った」と後悔するでしょうか?

平均寿命より早く亡くなればどんな世代でも年金制度では「損」です。とはいえ、その人の負担してきた分は平均より長生きをした人に回す財源にもなったり、残された配偶者の遺族年金に回ったりしています。給付を社会的に平準化し、社会全体での老後の安心に寄与しているわけです。

長生きをしてももらい続けられる定期収入

また、どんな世代でも男性より女性のほうが「得」です。これは男性より女性の方が平均寿命が長いからです。男性もあと5年長生きすれば社会保障給付の「損」を気にする必要がなくなります。最終的には年金の損得は個人的なものとなります。

こういった損得論ではなく、「働けなくなったときに定期収入が得られる」という安心料、「どんなに長生きをしてももらい続けられる定期収入である」という安心料に目を向けるべきで、これこそが年金制度の本質です。

それに、世代間の損得を声高に訴えるのも適切ではないでしょう。「得をしている」ように見える団塊世代は、現役のころ「自分の親に老後資金の仕送りをしつつ、自分の年金保険料を納めた」という人も多くいました。このような「家庭内扶養」の負担を加味せず、年長世代は「逃げ切り」と断じるのは変だと思います。

今の世代は「自分と妻の両親に月22万円ずつ仕送り」をする代わりに、公的年金制度がその役割を果たしているともいえるからです(ちなみに現役世代の夫婦がふたりで毎月80万円を稼いでも、厚生年金保険料は18.3%で14.64万円、しかも保険料の半分は会社が負担します。双方の親の年金額の負担にもなっていません)。

あなたの両親や祖父母に質問をしてみましょう。ほとんどの人は一生涯の固定収入がいかに助かるか、子や孫に仕送りを求めなくてもやりくりできることがどれだけ安心か、ということに年金の価値を見いだしているはずです。

もちろん「もうちょっと多いといいなあ」とは言うでしょうが。

年金破綻論はそろそろ忘れていい

一時期、「複数の現役世代が1人のお年寄りを支える"おみこし型"が少子高齢化の進展とともに、現役1人がお年寄り1人を支える"肩車型"の社会になります」という説明がありました。とてもインパクトがある図なので脳裏に焼き付いている人も多いでしょう。

実際、1990年代は厚生労働省(当時は厚生省)も年金改正の必要性を訴えるためにこの図を使っていました。「年金破綻は間違いなし」という説明でもこの図が使われたため話がややこしくなりましたが、現実はどうでしょうか。

今や60代も多くの人が働いています。60代前半に働く男性の割合は82.7%、65~69歳で働いている男性の割合は60.4%にもなるそうです。この20年で日本人の健康・体力は5歳以上若返っているという調査結果もあります。かつての60代後半の体力テストの数値を今は70代前半でクリアしている、といった具合です。

こうした元気で長寿な未来を考えるとき、今も未来も「65歳」を区切りとして現役世代と高齢者の比率を考えるのはおかしいことに気づきます。肩車論を主張する人は、未来永劫(えいごう)「65歳引退」が変わらないと考えているからです。

2020年の推計値では高齢者比率28.6%、生産年齢人口の割合は59.1%となっており、2.07人で1人の老後を支えています。区切りは65歳です。これが約40年後の2060年も「65歳」を区切りにすると高齢者比率が38.1%、生産年齢人口が51.6%となり、1.35人で1人の老後支えることになり、確かに肩車型に近づいています。

ところが「75歳」を区切りとして高齢者比率を計算してみると、25.7%となります。65~74歳までの人口が12.4%相当あり、15~64歳の生産年齢人口比率51.6%を足すと合計64%。2.34人で1人の老後と支えることを意味し、現在より高齢者の比率は小さくなります。

少子高齢化、長寿化、人口減少だけは「変化」を見ているのに、リタイア年齢だけは「固定」して論じているからこそ生じるミスリードです。

年金破綻論はかなり前から存在していた

年金破綻論は今も昔もあるようです。今、70歳前後になっている世代の人と話していると「私が若い頃は、年金破綻をセールストークに使うと金融商品がよく売れましたよ。ま、そういう自分が今は年金を頼みに老後を過ごしているんですがね(笑い)」というブラックジョークを聞かされたことがあります。

金融機関が金融商品の売り上げ競争のためのセールストークとして、あるいはメディアが視聴率や部数競争に勝ち抜くためのツールとして「年金破綻論」という不安をあおる情報を利用してきました。

日本の年金積立金は200兆円に達しました。この規模以上の積立金がある国は米国の他になく、経済協力開発機構(OECD)加盟国はもちろん、日本より人口の多い新興国も実現できていない額です。完全賦課方式で年金積立金を持たない先進国も多々あります。

10~15年前に流行した年金破綻論は、今では現実味はありません。しかし、私たちの意識には今も強く刻まれています。それでも、年金制度は維持され、おそらく批判をした人にも愚直に年金給付を一生涯払い続けることになるでしょう(もちろんその人が未納していなければ、ですが)。

もうちょっと、年金制度を信じてあげてもらえたらなと思います。

ゆるやかな国への信任を

そうなると、今の公的年金制度に必要なのは国に対する「ゆるやかな信任」なのかもしれません。まあ、破綻はしないだろうし、潤沢な給付をしてくれるわけでもないだろうけど、一生最低限度の食生活や日常生活費くらいは振り込み続けてくれるだろう、という理解です。

昔も、今も、国の年金が老後を左うちわで暮らせるほど潤沢に振り込まれた時代はありません。それでも、多くの人が年金を頼りに老後を暮らし、楽しんでいます。

今月は国の「ねんきん月間」ですが、ねんきん定期便のような情報開示が行われ、厚労省のウェブサイトにはこれに連動した年金額のシミュレーションページもあります。漫画も利用した制度理解のためのコンテンツも豊富です。アクセスしてみれば、少しは年金制度の理解も前向きに変わるのではないかと思います。

ゆるく信頼し、納めるべき保険料はしっかり納めてください。納めた人は制度について文句をいってもかまいませんが、全否定はしないでください。なんだかんだいって、あなたの老後を支える中核としてその年金制度が、数十年後に力を発揮することになるのですから。

◇  ◇  ◇

FP山崎のLife is MONEY」は毎週月曜日に掲載します。

山崎俊輔(やまさき・しゅんすけ)
フィナンシャル・ウィズダム代表。AFP、消費生活アドバイザー。1972年生まれ。中央大学法学部卒。企業年金研究所、FP総研を経て独立。退職金・企業年金制度と投資教育が専門。著書に「読んだら必ず『もっと早く教えてくれよ』と叫ぶお金の増やし方」(日経BP)、「日本版FIRE超入門」(ディスカバー21)など。http://financialwisdom.jp
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