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危機感共有すれば日本は変われる 真壁昭夫さんの提言

経済学者、法政大学大学院教授 真壁昭夫さん

――行動経済学の一線の研究者として知られる経済学者の真壁昭夫さん。昨年10月に上梓した『ゲームチェンジ日本』では、日本経済の現状と課題について行動経済学の視点を交えながら考察し、日本経済復活に必要な取り組みを提言しています。執筆のきっかけは。

世界経済は今、大きな転換点、いわば「ゲームチェンジ」の局面を迎えています。従来とは異なる発想や価値観が経済や産業を大きく変え、ゲームの勝ち方も変わろうとしている。そんな中で日本だけが変わろうとせず、世界から置いて行かれているという危機感を持っていました。何が新しいチャレンジを阻害し、日本経済の活力をそいでいるのかを行動経済学の観点から明らかにするとともに、未来に向けて何をすべきかについて多くの人に考えてほしいという思いで執筆しました。

――日本が変化できない要因の一つが、根強い「現状維持バイアス」。「これまで通りで何とかなるはず」と考えようとする心理があると分析しています。

安定志向が強く、改革に対してネガティブなのが日本人の特性です。強固な現状維持バイアスが社会の変化や経済成長を阻害してきた部分は大きいと思います。コロナ禍は、デジタル化の遅れや課題解決力の弱さなど日本社会の様々な問題をあぶり出しましたが、それらも、変化することを嫌い、従来のやり方を良しとする日本の特性と無関係ではないと考えます。

ゆでガエルのままだと30年代にインドに抜かれる

――中長期的な視点で意思決定を下すより、取りあえず目先の苦境や損失を避けることを優先する「近視眼的損失回避」のような政策が目立つとも指摘します。

例えばオンライン診療を考えてみましょう。米中など先進国ではコロナ前から普及が進んでいましたが、日本では医師会などへの配慮もあり、規制緩和が遅々として進みませんでした。少子高齢化や人口減が急速に進む日本こそ世界に先駆けて進めるべきだったのに、変革や既得権益の喪失を回避したいがために、長い目で見て社会の利益となることを取り入れてこなかったように映ります。

過去の行動様式やパターンに沿うように物事を考える傾向を行動経済学で「スキーマ」と言いますが、日本の経営者と話していると、スキーマにとらわれている人が少なくないと感じます。例えばコロナ下でのテレワーク。「仕事は会社でするもの」という考えに縛られていると、緊急事態宣言が明けたらすぐに「全員出社しろ」となる。

実際、そういう企業も多かったと聞きます。スキーマの打破は、日本の社会や企業にとって大きな課題だと思います。

――過去の成功体験に縛られがちになる背景には、失敗を許容しない社会の在り方も関係しているように思います。変化対応力を高めるには何が必要でしょうか。

「このままでは駄目だ」という強い危機感を、国全体で共有することしかないと思います。日本経済はバブル崩壊から30年も停滞を続け、労働者の賃金も上がらないままでしたが、一方で多くの人は豊かで安心安全な暮らしを享受してきました。「ゆでガエル」とはよく言ったもので、今の日本はまだ、多くの人が強い危機感を持つような状況にはなっていません。

しかし、このままいくと日本経済の実力は低下を続け、世界3位の経済大国の地位を維持することは難しくなると思います。

2020年の世界各国の名目GDP(国内総生産)を合計し、国別の経済規模のシェアを見ると、米国が25%、中国が17%、次いで日本で6%程度。続くドイツが4%台、さらに3%台で英国、インド、フランスが続きます。国際通貨基金(IMF)のデータを基に今後についてシミュレーションすると、過去の成長トレンドが続くと仮定した推計においても、人口増加要因などを加味した潜在成長率に基づく推計においても、30年代には日本はインドに抜かれるという結果になりました。

もちろんこれは推計結果にすぎませんが、日本社会が根本的に変わらない限り、今の地位を維持することは困難だと思います。

教育改革と民間からのイノベーションに道あり

――閉塞感を打破するために、どんな政策が必要だと考えますか?

二つあると思います。一つは教育です。画一的で、皆が同じ方を向いて同じことを考えることを良しとする今の教育の在り方を変え、人と違うこと、新しいことに挑戦する価値を認める社会に変えなくてはなりません。もう一つは、民間企業におけるイノベーションの創出です。企業が世界と戦える強みや技術を磨くことはもちろん必要ですが、国の役割も極めて重要です。財政政策や規制緩和を通じて、成長期待が高い産業を育て、そこに資金が回るような仕組みをつくらなければなりません。

――成長期待が大きい分野として、半導体、EV(電気自動車)、脱炭素を挙げています。

世界経済のゲームチェンジの中心分野であり、日本がモノづくりの技術で新たな価値を生み出す期待が大きい分野でもあります。短期的には半導体、中期的にはEV、長期的には脱炭素で、世界が求める新たな技術や製品を生み出すことこそ、日本経済復活の条件です。このゲームチェンジは、日本が世界市場の中で生き残るラストチャンスだと思います。

――米中対立が激化する半導体分野で日本が存在感を示すには、どんな戦略が有効でしょうか。

部材や半導体製造装置の分野で競争力を高めていくことです。部材ではシリコンウエハーで世界トップシェアの信越化学工業やフォトレジストを生産する東京応化工業など、世界で存在感を示す日本企業があります。企業が技術を一層磨き、外国企業が生産できない微細かつ高純度の素材を生み出すことによって、日本企業の競争力は一段と高まるはずです。素材の製造技術の高さは、米中をはじめとする世界の需要を取り込む大きな武器になると思います。

――EV分野では、欧州勢に後れを取っている印象です。

そうですね。日本はハイブリッド技術の開発で世界的なエコカーブームの火付け役となったにもかかわらず、EVシフトは遅れてしまいました。日本の自動車メーカーは強い危機感を持って、生き残りを図る必要があります。

世界の自動車業界は今、100年に1度というべき大変革の局面にあります。CASE(つながる・自動運転・シェア・電動化)の取り組みが進むことで、自動車は単なる移動手段から、「動くITデバイス」になる。クルマの電動化を支える社会インフラの整備や、収集データを活用した新たな産業など多くのビジネスチャンスが生まれる一方、従来の自動車部品需要の多くは消滅することになります。

重要産業は放任でなく国の後押しも必要

――大変革の波の中で日本の自動車メーカーが生き残るには?

EVだけでなく、FCV(燃料電池車)、PHV(プラグインハイブリッド車)など多様な電動化技術を磨くこと。さらに、社会インフラの側面から自動車と人々の暮らしの新しいモデルを提示し、持続可能な社会の在り方を示すことが重要です。トヨタ自動車が自動運転を実装した未来都市の建設を進めていますが、こうした取り組みをさらにスピードアップさせなくてはなりません。

そのためには、国の後押しが不可欠です。規制緩和や補助金の適切な交付などを通じて、技術開発やインフラ整備を強力に支援する必要があります。米国の半導体分野を見れば明らかなように、重要な産業は自由放任とせず、必要に応じて政府が市場に介入する「修正資本主義」が今のスタンダードです。日本政府が本格的に自動車産業の大変革をバックアップするかどうかで、自動車産業の未来は大きく変わってくるでしょう。

――脱炭素についても、日本の取り組みの遅れが指摘されています。

そこにも近視眼的損失回避の心理が見て取れます。化石燃料の消費によって経済成長を遂げてきた日本は、エネルギー政策も社会インフラもそれを前提に構成されており、既得権益も大きい。世界で温暖化対策の重要性が叫ばれるようになっても、日本では今の仕組みを変えたくない、今あるものを手放したくないとする心理が根強く、脱炭素シフトを阻んでいたのでしょう。しかし、今や脱炭素への取り組みは待ったなしです。日本はかなりの危機感をもって、洋上風力発電など再生可能エネルギーの普及を進め、電源構成の転換を進める必要があります。

――日本政府が掲げる50年カーボンニュートラル達成に向けては、どんな取り組みに期待しますか?

まだあと28年あります。日本の技術力をもってすれば、その間に二酸化炭素のリサイクルを可能にする装置など、新しい技術を生み出すことは可能だと思います。

イノベーションはゼロから突然生まれるわけではなく、個人やチームが磨き上げてきた技術やノウハウがつながり合うことによって生まれるもの。つまり一人ひとりの働き手が学び続け、技術やスキルを磨き、挑戦し続けることが、イノベーションの源泉になります。

コロナ禍をきっかけに、人々の働き方や暮らしは大きく変わりました。日本社会が大きな変革を迫られている今は、「人生のゲームチェンジ」のチャンスとも言えます。現状維持バイアスを捨て、自らを変革し続けることで、より良い人生の実現を目指す人が日本に増えることを願っています。

(撮影/工藤朋子 取材・文/佐藤珠希)

[日経マネー2022年1月号の記事を再構成]

真壁昭夫(まかべ・あきお)
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院修士課程修了。みずほ総合研究所主席研究員、信州大学教授などを経て2017年から法政大学大学院政策創造研究科教授。専門は行動ファイナンス理論、投資理論。「行動経済学会」創設メンバー。『行動経済学入門』『「中国VS米国」で漁夫の利を得るのは誰だ?』など著書多数。
『ゲームチェンジ日本』 真壁昭夫著/エムディエヌコーポレーション/1100円(税込み)

テクノロジーの急速な進展や脱炭素の流れにより、世界経済は大きな転換点を迎えている。その変化を目の当たりにしながらも、産業構造の転換や構造改革が進まない日本。その根底には、変革にネガティブで変化への対応を先送りしようとする「現状維持バイアス」があると経済学者の著者は分析する。ゲームチェンジを迎えた世界の中で日本が存在感を示し、新たな市場で競争力を高めるための戦略を提示。日本経済復活の道筋を説く。

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