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老後2000万円問題の教訓と台頭するFIRE

知っ得・お金のトリセツ(60)

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総務省が毎年夏に前年分を総括して発表する「家計調査年報」といえば日本の家計のレントゲン写真のようなもの。収入がどのくらいで、それをどんな費目にどれだけ支出したか――職の有無や家族構成、年齢層のカテゴリーごとに足元の平均像を浮かび上がらせる重要統計だ。

変わった「年金暮らし夫婦」の定義

6日に発表された2020年分では、地味ながら見逃せない変化があった。ちょうど2年前の夏に燃え上がった「老後資金2000万円不足問題」で取り沙汰された「年金暮らしの高齢夫婦」の定義が微妙に変わったのだ。これまで年報でグラフ入りで紹介されていた代表的なモデル世帯は「高齢夫婦世帯」。これが今年発表分から「夫婦高齢者世帯」に変わったのだ。

なんのこっちゃ、とアタマに「?」マークが浮かんだと思うが、要は夫65歳以上・妻60歳以上の夫婦(=高齢夫婦世帯)に注目するか、2人とも65歳以上の夫婦(=夫婦高齢者世帯)に焦点を当てるかの違い。2000万円問題で使っていた前者の定義を今年から後者にした、というわけだ。

消滅した「赤字」 2000万円不足の幻

数字的には大差ないし、どちらの基準でも時系列データはたどれる。ではなぜわざわざ年報に収載するモデル世帯を変えたのか? 「2000万円問題の変遷を年報でたどる際の混乱の可能性も検討したが、様々な意見を踏まえ局で議論をして決めた」(総務省統計局)という。

細かいテクニカルな事情はさておき、注目すべきは2年前のリポートで指摘された多額の老後生活の不足額がついに「消滅」したファクトだ。2000万円問題の基データでは毎月5.5万円の赤字だった収支差が逆に1100円強の黒字になった。年にすると66万円、30年間にも及ぶ老後を考えると1980万円不足するので年金以外に2000万円ないと生活がたち行かない――。そんなロジックが新データを前にすると無意味だったことがよく分かる。

データは変わる 家計も変わる

ちなみに従前の「高齢夫婦世帯」の基準では月1500円強の赤字が残っている。要するにデータ次第で結果は変わるし、家計も変わる。若干の赤字、黒字という違いはあるが、いずれにしても20年の家計は新型コロナウイルス禍に翻弄された。収入面では特別定額給付金(世帯の月換算で1万7000円弱)の臨時収入があり、支出面では巣ごもり生活の影響で交際費や教養娯楽費、外食費を中心に大きく圧縮された。2000万円問題の議論が迷走し「国が年金だけでは暮らせないと認めた」という極端な論調が幅を利かせた時も「5万円強の不足額の大半は交際費や娯楽費で説明できる。そこまで公的年金に期待すべきでない」という冷静な指摘はあった。「入るを量りて出(い)ずるを為(な)す」のが家計。同額の赤字を30年間出し続けるのはあくまでシミュレーション上の話だ。

「生活費」基準のFIREの教え

2000万円問題の夏から2年。「老後にいくら必要かは自分で決める」ブームが台頭している。話題のFIRE(Financial Independence, Retire Early)だ。色々な変型や発展型があるが、いずれも人生に節約と投資というピースを標準装備する。基本形では早期退職するのに必要な資金を「年間生活費の25倍」と設定するので、収入は同じでも生活費が高額な人のゴールは遠く、節約家のゴールは近くなる。例えば生活費が月20万円なら必要資金は年240万円、掛ける25倍で6000万円の資金確保がゴールになり、月30万円生活なら9000万円がゴールだ。

さらに「4%ルール」という運用指針に従う。期待リターンが4%になるように米国の株と債券のインデックスファンドに半々ずつ投資し、生活費はためたFIRE資金の運用益で賄える仕組みづくりを目指す。すると「元本が枯渇する」という取り崩しの恐怖から逃れられる算段だ。

でも、取り崩しは悪ではない

2000万円でないとすると老後の必要額はいくら? FIREの教えは、一律の解などはなくカギを握るのが自分の生活であることに改めて気づかせてくれる。さらに運用という武器を味方に付ける重要性も浮き彫りにする点でパーソナルファイナンスの教科書だ。ただ、気になる点もある。

取り崩しは悪ではないということだ。もちろん老後2000万円問題とFIREとでは「主人公」が年金生活者と主に若者という違いはあるが、どちらも資産の取り崩しよりもフローの収入で生活を賄おうとする視点がある。だがマーケット環境は絶えず変化し、いくらたまったから安泰というゴールはありえない。将来に備えるのは重要だが、今のためにお金を使うことも等しく重要――。2000万円問題とFIREブームを考えながら、そう思った。

山本由里(やまもと・ゆり)
1993年日本経済新聞社入社。証券部、テレビ東京、日経ヴェリタスなど「お金周り」の担当が長い。2020年1月からマネー編集センターのマネー・エディター。「1円単位の節約から1兆円単位のマーケットまで」をキャッチフレーズに幅広くカバーする。

※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。

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