人生そのものが投資の選択の連続(茂木健一郎)
マネーの履歴書 脳科学者・茂木健一郎さん
最初に仕事をしたのは高校1年生の時です。近所の人に頼まれて、小学生の男の子の家庭教師をやっていました。以来、ずっと何かしらの仕事を行ってきたんです。大学院生の時にやった学習塾の模試の採点は大変でしたけれど、割が良かったのを覚えています。
僕が学生の時はバブル景気だったので、懸賞論文の募集がたくさんありました。文章を書くことは得意で、100万円の賞をもらったこともあります。そのお金は、オペラや歌舞伎などの芸術鑑賞に使いました。当時のアート体験は今の仕事につながっています。
31歳頃のある日、電車に乗っていたところ、「ガタンゴトン」という電車の音が「クオリア」だと気付いたのです。クオリアとは、人間の意識が感じ取る質感のことです。音と同時に人間が感じ取る生々しい質感があり、それは数理や物理では表現できない──という事実に興味を持ちました。以来、「脳から意識はどのように生まれるのか」を解明することが、僕のライフワークとなっています。
ケンブリッジ大学への留学は「ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム」という国際プロジェクトの一環だったので、向こうでの生活手当が出ました。ソニーコンピュータサイエンス研究所にスカウトされて就職してからは、給料制でお金をもらう生活に戻りました。
その時期に声が掛かり、テレビ出演や執筆といった研究以外の仕事も増えていったのです。NHKの「科学大好き土よう塾」や、同局の「プロフェッショナル 仕事の流儀」などといったテレビ番組にも出演するようになりました。

皆が知りたいのは、「どうすれば子供が勉強するのか」「ストレスなく他人とコミュニケーションを取るためにはどうすればいいのか」といったことです。自分の一番の関心事とは異なり、最初は戸惑いましたね。ただ、どんな現場でも求められていることを誠心誠意やるよう努めてきました。
一方で、自分の軸はぶらさないように意識しています。企業経営におけるパーパス(存在意義)のようなものです。どうやってクオリアが脳から生まれるのかを解明するという旗印は降ろしていませんし、降ろすつもりもありません。
複数の仕事をやっていることはリスクの分散につながっています。本は売れる時には売れるものだし、売れない時には売れない。自分では全く予期していない時にベストセラーになったりするのです。本の印税だけで食べていくのは大変です。
脳科学を研究していると、「死ぬ時には何も持って行けないものだな」と思います。生きている間にどんな体験をしたかが重要なのです。僕は年中同じような服を着ているぐらいで、物欲はほとんどないのですが、芸術鑑賞などにはお金を使います。
新型コロナウイルスが世界的に流行する前は米国のスピーチイベント「TED」を毎年聴きに行っていました。費用はかかるのですが、その価値があります。学生におごるなど、人のためにお金を使うことも好きです。どこに時間や努力、お金を注ぐか。そう考えると、人生そのものは投資の選択の連続なのかなと思います。
茂木健一郎さんのターニングポイント
●メディア出演依頼で仕事の幅が広がったこと
自然と様々なジャンルの仕事を手掛けるようになり、リスク分散につながった。「あらゆる仕事で学んだことは、回り回って研究にも役立つ」と茂木さん。
●31歳の頃、クオリア(人間の意識が感じ取る質感)の存在に気付いたこと
「脳から意識がどのように生まれるか」に強い興味を持つようになり、自身の活動の軸となっている。「様々な種類の仕事をしていても、自分のライフワークは見失わないようにしている」(茂木さん)
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(聞き手は大松佳代)
[日経マネー2022年7月号の記事を再構成]
著者 : 日経マネー
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