インフレは長期戦に 資産防衛はどうする(澤上篤人)
「ゴキゲン長期投資」のススメ さわかみ投信創業者
世界的なインフレ圧力が増している。それに対し、マーケットなどでは、来年には沈静化し、金利も下がり始めるだろうといった楽観論が根強い。
恐らく、このインフレ圧力はそう簡単に沈静化しないだろう。なにしろ、コストプッシュ型の側面が強く、通常のデマンドプル型インフレのように自然と需給調整できていくのとは違う。とりわけ、脱グローバル化の流れが世界のコスト構造を根底から崩しつつある点には要警戒だ。
どういうことか? 第2次世界大戦後70年余、ずっと進化を続けてきた世界の自由貿易体制は、グローバルベースの生産コスト引き下げに多大な貢献をしてきた。そこへ、1991年のソ連崩壊によって東西融合が拍車をかけて、世界的に脱インフレが加速した。

ところが、トランプ前大統領が米国第一主義を打ち出し、米国内での生産体制強化に走り出した。そして、米中の貿易摩擦がズルズルと深刻化の道を歩み、世界の生産基地ともなっている中国製品の輸入に制限をかけた。
これらは、世界の自由貿易体制で築き上げてきたグローバルベースの適地生産体系を崩すことになる。その分は、間違いなくコスト上昇要因となっていく。そこへ、コロナ感染防止の国境閉鎖やロックダウン(都市封鎖)で、世界の生産・供給体制が分断された。新興国や途上国からの低賃金労働力も、自国へ戻ってしまった。これらのどれもがコストプッシュ要因となって、世界的なインフレ圧力を高めてきたわけだ。さらに、最近は各国で賃金上昇圧力が重くのしかかってきている。
この40年ほど、先進国中心に金融緩和政策がどんどん深掘りされてきた。その結果、一部の人々の金融所得が天文学的に高まった横で、大多数の人々の低所得化が進んだ。デジタル革命とかで、その波に乗れない人々の窮乏化は随分と深刻になっている。
インフレは、そうした人々への生活圧迫を危機的に強めてしまう。それが、世界中あちこちで、もういや応なしの賃金上昇圧力となってきているのだ。これらを勘案するに、世界的なインフレ圧力はそう簡単に収まりそうにない。そう考えるのが妥当だろう。
生活コストの上昇に対応を
インフレ進行に直面し、どう身を守っていくか。しっかりと考えておいた方がいい。
まずは、一定の収入源を持っている現役層だが、給与収入などの増加がインフレに追い付いてくるまでには、いつも1年半から2年の時間的なズレが生じる。その間の生活コスト急上昇に、どう対処していくかだ。生活水準をちょっと下げるなり、預貯金を取り崩して生活コスト上昇に対応するなり、それぞれの判断でいい。
一方、いつのインフレでも年金生活者には厳しい現実が待っている。もうこれといって収入源がないから、インフレによるコスト増加は、もろにのしかかってくる。すべて、自分で賄うしかない。 厄介なのは、将来どこかでインフレが収まっていくといっても、そこまでに上昇したコストはずっと続くことだ。上がってしまった諸物価はインフレ発生前までの水準に戻ることはない。従って、いくら生活を切り詰めるといっても、一時的な努力で収まるわけではなく、ずっと続くのだ。
かくして、年金生活者の間では預貯金の取り崩しが急速に進むことになる。インフレ進行でお金の価値が下がっているところでの預貯金の取り崩しだ。極めてつらい状況に追い込まれていこう。
選別した個別株で資産防衛
では、次に資産の防衛を考えよう。こちらは、インフレとそれによる金利上昇を、どう乗り切るかがキーポイントだ。インフレが進行しているのだから、預貯金の価値はどんどん目減りする。安全どころか、預貯金は絶対に避けなければならない資産配分となる。
債券投資もインフレ進行による金利上昇の餌食となる。債券価格の値動きは、金利動向と必ず反比例した動きをする。つまり、インフレによる金利上昇は債券相場の下落を呼ぶ。ということは、インフレ進行局面での債券保有などはあり得ない。価格下落による損失拡大を嘆くだけとなる。仕組み債などの金融商品も、金利時に何とか利回りを稼げるよう設計されたものばかり。金利上昇局面ではガタ崩れとなる。一刻も早く売ってしまうべきだ。
株式投資は唯一の選択肢だ。インフレの波に乗っていけそうな企業で、金利上昇に耐えられる経営基盤のしっかりした会社を厳しく選別しよう。徹底した個別株投資、アクティブ運用でいくのだ。
1973年ジュネーブ大学付属国際問題研究所国際経済学修士課程履修。ピクテ・ジャパン代表取締役を務めた後、96年あえてサラリーマン世帯を顧客対象とする、さわかみ投資顧問(現さわかみ投信)を設立。
著者 : 日経マネー
出版 : 日経BP(2022/9/21)
価格 : 750円(税込み)
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