NISA拡充 狙いはいいがタイミングが悪い(澤上篤人)
「ゴキゲン長期投資」のススメ
金融庁が中心となりNISA(少額投資非課税制度)の拡充や恒久化など、いろいろな方針が打ち出されている。その目的は、国民の「貯蓄から投資へ」を促進させることだ。
日本の国民に投資という文化を植え付けるという意味では、国も頑張ってくれているな、と評価できる。ただ、投資を身近なものにさせるのと資産形成とは、全くの別物である。

いくらNISAなどの税優遇でニンジンをぶら下げて投資への関心を高めたとしても、それが国民の資産形成に即つながるとは限らない。投資を始める人が増えてうれしいのは、手数料収入が増加する証券会社をはじめ業者だけかもしれない。
繰り返すが「貯蓄から投資へ」の目的は、国民の資産形成の促進。高齢化社会では、今の世代間扶養の年金制度では不安な面が多い。そのため個人個人が投資・運用で資産形成を進める必要がある。
そこで、国として税優遇などのインセンティブを与えながらも、国民の間に投資の文化を根付かせていきたい、となる。投資する文化を函養(かんよう)していくと言うが、あくまでゴールは、国民の間で投資による資産形成がどれだけ進むかだ。
その点、つまり資産形成という大目的からで言うと、今はタイミングが悪すぎる。もちろん、目先の相場観で言っているのではない。
相場動向など「神のみぞ知る」の世界。買う人が多ければ上がるし、売りが多く出れば下がる。従って相場観など、全くもって当てにならない。それをわきまえた上で、タイミングが悪すぎると言っているのだ。どういうことか?
金融緩和バブルの最終局面
世界的な金融緩和政策に乗って、とりわけリーマン・ショック以降、主要国の金融マーケットは拡大に次ぐ拡大で、大いに潤ってきた。世界的に空前のカネ余り相場で、株式市場は大活況を呈してきた。その流れに乗り、米GAFAMに象徴される「超」の付く出世銘柄も続出した。
さすがに、この1年半は世界的なインフレ圧力の台頭や、昨年からの金利上昇も手伝って、世界の株価は新高値追いの勢いはなくなってきている。その上、いよいよこれからインフレと金利上昇の影響が企業経営に及んでいく。つまりエネルギーや原材料の価格高騰に加え、金利上昇というコスト増加が企業経営の重荷となっていくわけだ。さらには、賃金上昇圧力もじわじわと効いてくる。
そしてインフレによる物価高は、人々の生活を圧迫する。それが消費需要の減退を招き、企業の売り上げ減にもつながりかねない。
となると、それらが株価動向にもマイナスの影響を及ぼすことを念頭に置いておきたい。ましてやゼロ金利で甘えてきた"ゾンビ"とも言える企業群は、淘汰の嵐に巻き込まれ、株価は大きな試練にさらされよう。
そのようなタイミングで、「貯蓄から投資へ」を全面的に推進しようと、国が力を入れている。それがNISAの拡充と恒久化の論議である。
「投資は初めて」の人たちからすると、これだけ国も力を入れているのだから、始めてみようかという動機付けになる。しかもGAFAMやらテスラやらの株価高騰を、新聞紙面などで散々目にしてきた。なら、ちょっと株式投資を始めてみようか、という気になりがちである。
そうやって「投資は初めて」の人たちが資産形成を始めたところで金融緩和バブルがはじけたら、大きな投資損失を被りかねない。
国に後押しされて投資を始めたものの、最初から痛い目に遭ってしまった――。そんな展開は想像するだけでもつらい。
その後に大きな影響も
大きな投資損失に泡を食って売り逃げに走ったら、その人たちは「投資はもうコリゴリだ」となろう。評価損を抱えて塩漬け投資となった人たちは、「投資は難しい」という思いを、これから長いこと引きずることになる。
では、どうしたらいいのか? NISAなどの税優遇制度を整備するのは構わない。それと並行して、「企業を応援する株式投資」という概念を大々的に啓蒙するのだ。応援するという以上は、応援すべきタイミングが重要となる。つまり、多くの投資家が売り逃げに走っている時ほど、企業の応援のしがいがある。
そう、いずれ来る株式市場の暴落を待って、応援買いに入っていこうという、大キャンペーンを張るのだ。それでこそ「投資は初めて」の人たちにも、絶好のタイミングで資産形成の旅に出発してもらえるはずだ。
1973年ジュネーブ大学付属国際問題研究所国際経済学修士課程履修。ピクテ・ジャパン代表取締役を務めた後、96年あえてサラリーマン世帯を顧客対象とする、さわかみ投資顧問(現さわかみ投信)を設立。
[日経マネー2023年4月号の記事を再構成]
著者 : 日経マネー
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